毒師─H2O─
ごぼ、と口から泡が溢れだした。
なるほど、どうやらここは『液体の中』であるらしい。液体は薄ら青く、粘度が高い。ガラスの容器の中に居る俺は、さながらホルマリン漬け標本といった所か。
まあいい。脱出よう。
身体を横倒しにして、足を壁に付ける。そして、拳を握りこみ、中指の骨一点に力を込め............後はただ、壁の一点を『押した』。
ビキッ、と縦一閃にヒビが入る。
鼻から、口から、液体が入ってくる。気持ち悪い。だがそれだけだ。
泡が水槽内に入り込んでくる。ピシ、ピシ、と壁は悲鳴を上げて撓み始める。
一際強く力を込めて壁を蹴った瞬間。
ガシャンッ!
床にガラス片が飛び散る。
液体に押されるまま身を外へ躍らせれば、足に破片の感触がする。肺までぎっちり詰まった液を吐き出して息をすれば、病院のような清潔な匂いが俺を包むのをやっと実感する。
ピキッ
背後からガラスを踏む音。
カン、カラン............
そして何かを落としたような音がした。
振り返ると、なるほど、そこには俺と同い年くらいの背丈の男が立っている。地面には治療などに用いる鋏に血がべっとりついたものが転がっていて、だが彼は俺の方を凝視している。
下手に危害を加えても状況が悪化するだけだ。ここは、話を聞くのが先決。
「おい、お前」
「ひっ!?」
近づいただけで後ずさりながら涙目で震えている。よく見れば、着ている白衣にもあちこち血の跡が残っている彼は.........さて何者だろう?
逃げないように胸ぐらを掴みあげる。
そして、話しかけようと浅く息を吸った。その瞬間。
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああああぁッ!?!?」
轟哭した彼は、気を失って倒れた。