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毒師  作者: にや
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毒師─C4H7Cl2O4P─

───前に食べたものより、少し気の抜けた味のグラタンをスプーンで掬い上げた。

「あふい」

「物を口に含む量すら調節できないヤブ医者なんて死刑ね、死刑」

「酷い」

溶けたチーズがあちこちにこびりついて酷い有り様になっている。幼稚園児のほうがまだおしとやかだと言えるくらいには。どうやったら頭頂部に付くんだよ。こいつの回りだけエントロピー捻じ曲がってんじゃねぇのか。

そんな百鬼夜行にも、すっかり、馴染んでしまった自分がいる。不思議なものだ。

「あー夢、コショウ寄越せ」

そして夢も、ぶつくさ文句は常に垂れているが基本的には俺が加わった事で不自由はしていないように見える。

もう二ヶ月になるだろうか。ここに来てから。

歩めると思っていなかった、日の当たる世界での暮らしは今日まで全く飽くことがない。どこにいても、何をしていても、帰る場所があるというだけで不思議と世界は違って見える。

「前回食った時よりは成長したんだろ」

「そうね、頭から被るやつがいるとは私の脳みそでも想像できなかったわ」

「ねぇそろそろ忘れてくれな痛い痛い痛い」

夢の全体重を足で受け止めながら夜叉斗は呻く。ここで重いとか言ったらどうなるんだろうか。死ぬんだろうか。反語的な意味でそう問いたい。

が、が、とコショウを削りながら、背もたれに深く倒れ込み、脚を思いきり伸ばす。

ちなみに席の正面には誰もいない。路成の席は、ここ数日空いたままだ。というのも、本業の方が忙しくなってしまったらしい。サミットやら首脳会議やらが立て込んでいれば、それは場を離れざるを得ないというものだ。

それに、だ。この状況には夢も一枚噛んでいる。

なんでも、当初来るはずだった代替の護衛を、夢が拒否したらしい。

そりゃそうだ。機密は漏らさないに越したことはないし、夜叉斗が死体になってしまう。こいつは一応、一応世界にまたとない逸材の一人なのだ。ミイラ好きがミイラに、なんてこいつの場合シャレにならない。

というわけで、最近は俺も外出できずにいる。まぁ、路成が帰ってくるまでの辛抱だ。そうしたらまた、いろいろな所に行こう。先ず本屋に行こう。駒鳥空先生のミステリー新刊が出たらしいから。

最後の一口をことさらゆっくり咀嚼して、匙を置いた。

「路成今日いねぇけど、皿洗いどうすんだ」

「夜叉斗がやるわ」

「酷い」

「異論はないわね?」

もちろん異論はない。皿は放置だ。

そのまま冷蔵庫を開けて、中に入っていたプリンをひとつくすねる。夢のを。自然な手つきで。

スプーンを持って、足早に退散しつつ、舌鼓をうつのだった。

……廊下の突き当たりひとつ手前、自室のドアノブを捻る。かつ、とドアにプラスチックのスプーンがぶつかった。まぁいい。

──そのまま着ていた白衣をハンガーにかけようとクローゼットに手をかけた俺は、突如背中に氷柱がつっこまれたような怖気に襲われた。

ひ、と思わず呼吸が乱れる。俺の勘は咄嗟に、右足を振り上げる選択をした。

ヒュ、と何かの残像がノイズのように景色に映りこむ。そのまま鋼鉄のような滑らかさで木のサイドテーブルを抉ったそれは。

「──縄?いや違う。これは」

疑問が。驚愕が。頭の中で数多の演算がなされ、それがすべて真の命題である、と。だがその結論は、あまりにも、あまりにも稚拙で。故に──あまりにも穴が大きすぎた故に見落としていた。

「本当に、バケモノみたいな奴だな……こえぇよ」

そこで、バツン、と。アナログテレビを消すように意識が暗転する。世界から、全てが、消えた。

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