毒師─C2H2AsCl3─
帰りの車。
「ガタガタガタガタガタガタ」
夜叉斗は、後部座席(というか、荷物の透き間)で震え上がっていた。
「看護師に出くわした位で大袈裟な」
手術後、血のついた器具などが放置されていては衛生上かなり問題がある。本来は同伴した助手が片付けるそれを、急いで片付けようとして待っていたのがいけなかった。開いたドア。固まる夜叉斗。首をかしげる看護師。
手術台の影に隠れた夜叉斗を無理矢理車に詰め込んで、今に至る。
運転席の路成が、本日何度目かも分からないため息をつく。
「輝夜、いちいちつっこんでると語彙が持たねぇぞ放っておけ」
「酷い」
苦笑いして夜叉斗を見やる。目がバチリと合った瞬間、白目を剥いて気絶した。なるほど、ツッコミが追い付かないわけだ。キリがない。
少し車通りの多くなった国道を、流されるように車は走っていく。青信号が黄色に変わって、俺達を見送った。
「今日の夕飯は」
「グラタンだった気がする」
まるで家族みたいな、そんな、緩やかな言葉を投げ掛けあって。
人知れず俺は、緩んだ口を意識して咀嚼してみることにした。
「ん………めんっどくさいわね、死刑ね死刑」
珍しく脳をフル回転させて紙に組成図を書きなぐっていた私は、丁度50枚目の紙をゴミ箱へ放り込んだところだった。
こんな面倒な仕事はそうそうあるものじゃない。あるとしたら、私の事を神か魔法使いと勘違いしたバカからの依頼くらいのものだ。
だが、なおタチが悪い──今回はそのパターンだ──のは、知識を、限界を、知った上でそれを超えた要求をしてくる奴等だ。こればかりは、腹が立つ以外の何者でもない。
後で報酬をもっと要求しよう。そう言い聞かせて、ふと時計を見やると、もうすぐ三人が帰ってくる時間となっていた。
「あー、ダメね、こういうときは」
時間だ。時間はいつも私の邪魔をする。
でも、これは仕方の無いことだ。なんの因果か恵まれすぎてしまった自分の、あまりにも茶々な罪滅ぼし。それで許されたつもりになっている自分は、いつまでたっても許さない。許したくもない………
舌打ちもそこそこに、私はふらふらとした足取りでキッチンに立つのだった。




