毒師─C7H16FO2P─
──────支配するは、耳を覆う無音。
研究室に一人残した私は、とある部屋へと足を向けていた。
ジャラジャラとダマになった鍵束から一つを選び出し、差し込んで、回す。
するとそこには小部屋がある。申し訳程度に予備の手袋や器具などが箱ごと放置されているが、殆ど何も入っていないと言って差し支えない。私は箱らを突っ切って、 部屋の角でしゃがみこんで窪みに指を置いた。それはそれは小さな、ネズミでもなければ気づかないような、そんな窪みは微かな駆動音を立てる。
ガコン。体が降下する感覚。
そう、これはエレベーターだ。それも、私以外に知る人のいない、正真正銘秘匿された部屋。
私だけの研究室。
そこだけは、焼け焦げたような跡や、ひしゃげた鉄骨や、そういったものが『遺されている』。
そしてその狭く冷たい部屋の中心には────一匹の蛇が。
「おう、お疲れさん」
「お疲れしたのはお前のせいだ!!!ナチュラルに高層ビル登ってくるんじゃねぇよ、壁面を!!?」
夜叉斗が無言で車を走らせはじめたので、路成は渋々シートベルトを締めた。そういった辺り、蛮性ではなく理知的に動いているのだな、と。
国道は相変わらずガラガラで、時たま見かけるスーツ姿も地下鉄の駅に吸い込まれていくばかりだ。
てろてろと気だるげに働く小型の空気清浄機。
「バーカ」
「俺は悪くない。悪くない。二回言ったからな。」
「バーカバーカ」
「いい加減にしろよ放り出すぞ」
今日は届け先がとある大企業の私書箱だったから、人がいないのを承知で悪ふざけに及んだだけなのだ。TPOは弁えている。
ミラー越しに路成の恨めしそうな顔を嗤っていたら、夜叉斗と目があってしまい黄信号で急ブレーキを踏まれたものだからヒヤッとした。無論、心配したのは身ではなく騒がれる事だが。
後続に車もおらず、幸いにも影響は無いようだった。
「─────生き物は心臓に悪いね」
彼の目は、いつもと変わらず、よく機微の読めない闇のようだ。だがその言葉には、明らかな侮蔑と、少しの自虐が含まれているように聞こえた。
「それでよく車の免許取ろうと思ったな」
「あー、たまに轢きたくなる」
「ダメじゃねぇか」
そう言いながらもルールの枠を遵守する彼の姿は多少滑稽だったが、笑う気もしなかったのでそれ以上せっつくのは止めにした。他人に過干渉して不利益被る義理などない。
と、その時、路成の携帯が鳴った。シンプルベルの音色。
「────はい、こちら─────あ、そうですか、はい。───────────今、ですか?」
少々お待ちください、と言って、電話をミュートにした路成は右を向いた。
「夜叉斗、どうしてもお前に頼みたい仕事があるらしい」
成る程、仕事の受け口はいつでも路成になっているのか。まぁ、直接隠匿人物に回線繋げるような真似を夢がさせる訳無いからな。
「ふーん…………これだけ急って事は、帝都病院の石川先生?」
路成は首を横に振る。
「や、別口だ。」
「そう。──────まぁ、いいよ、受けておいて」
手術内容も聞かず、ノータイムで首肯する夜叉斗。路成の電話を返す声に紛れ紛れだが、俺は思わず、呟かずにはいられなかった。
「バケモノは、やたら群れる生き物だな」




