毒師─CCIN─
「………バケモノじみた真似を」
隣にいる夜叉斗が、感動を通り越して呆れているようにすら見える声でその光景を表した。
器具が、薬瓶が、匙が、宙を舞う。そんな光景を。
「輝夜、046と733」
「ん」
夢が指示した数字の入れ物を、輝夜が棚を飛び越えたりスライディングしたりしながら手早く回収して投げ渡す。それを目視もせずに手を伸ばして夢が受け取り、機械のような正確な手さばきで混ぜたり反応させたりしていく。終わるとそれを無造作に放り、輝夜がキャッチして元の場所へと。
まるで工場の生産ラインのような流れ作業に、俺たちはただ言葉を失っていた。
通常、材料と呼べる粉や液体などは隠匿と盗難防止の意味を兼ねて逆さにした箱のような形の天井側に開いた小部屋、その壁一面の棚に並べられている。つまりは、脚立や昇降器具などを使って回収するほかなくなっているのだ。
それを、輝夜は使わずに、純粋な身体能力だけでハチドリのように自在に飛び回る。壁を、机を。
「なんつーか、あれだな、生き物離れしてるな」
「………そう考えたら少し慣れるかもしれないね」
「死んでるようには見えないけどな」
俺も職業柄こういった体さばきはやってきたつもりだが、この動き──息も切らさず、できるかと言われたら正直怪しい。部隊的にもなおさらだ。輝夜には、体操選手やバレエダンサーのようにしなやかな、最も稼働に適しただけの筋量しか付いていない。計算し尽くされたその体躯に、戦闘人としての怖気が走る。
と、いつの間にか目の前に夢が立っている。ゴム手袋と試験管をぶら下げて。
「輝夜が居ると、不本意、不本意だけど仕事が早いわ。」
「じゃあボーナス寄越せよ」
「ヒモは死刑ね、死刑」
ずい、と差し出された試験管を、夜叉斗とスーツケースに詰めていく。無論、スーツケースは見せかけで中身は楽器のケースのようになっているのだが。
パチン。留め具が打つ音。
「夜叉斗、先行って車出してるからそれを駐車場に」
「ん、分かった」
その場を後にした時なぜか、読み込んでいた本から顔をあげたような奇妙な感覚がした。
車内。平日のラッシュも明け、幹線道路に目立った渋滞は無い。
「………で、なんで、君ひゃ、いるのきゃな」
「わざとらしい」
「えぇ……………」
噛み噛みのお小言を受け流しつつ、俺は後部座席で脚を組んだ。
答えて減るわけでもないのだが、何となくはぐらかす。それが俺の癖なのだと、昔、毎日のように言われていたのをふと思い出す。
「お、警察署」
やけにご立派で尊大な建造物。つい最近まで居たが、ここにはあまり懐かしさを感じない。
「一課も不憫だよなぁ…………何回事件起こしても犯人が懲りないんだから」
「不憫でいることを選んだのは奴らだぞ?心外だな」
「バカボンみたいな開き直りしやがって」
赤信号に引っ掛かった所で、路成が缶コーヒーを飲みほした。ふわりと香りがする。
青。走り出す。