毒師─HF─
「おはよう、輝夜」
くぁっ、と欠伸をしてサイフォンから滴り落ちきったコーヒーを一気飲みすると、朝の景色が色を増して輝いた。
「バーカ、もう昼だ」
「皮肉で言ってるのよ」
こめかみを押すようなポーズでため息をつく夢。
朝起きて、言葉を自由に交わす人間がいるなんていつぶりだろう。まさに「夢」のような足取り。やけに朝日が眩しい。
このサイフォンだって懐かしい物だ。昔見たときですら古びていたのに、今も現役なんてついぞ思わなかった。
ふと見ぬうちに消えていた夢は、暫くしていくつかの小瓶を片手に戻ってきた。今の夢の手と比べれば、小瓶が小さく見える。
「What's your poison?」
ああ、本当に、俺たち以外は何一つ変わらない。これが俺のいた、日常の世界だ。感慨、とは違うが、自然と顔が綻ぶ。
「は、あの頃の黒歴史台詞まだ使ってんのな。いいぜ、全部寄越せ」
「何よ、言ってみただけじゃない」
「はいはい、そうだな─────っと」
中身は二つが粉で一つは液体。粉は両方白く、液体は微妙に粘着質で黄色みのある色をしている。
手始めに粉のビンを開け、コルクをゴミ箱へ投げ捨てる。どうせ俺に向けられた毒の付着したコルクなんて再利用しようがない。そんなことをしたらヘマしたら死体が溶け出してしまう。
ざーっと口に流し込む。一応、咀嚼も。うぇ、クソ苦い。
「相変わらず躊躇い無いんだから…………」
「酒のつまみには苦すぎる。あと苦すぎて実用性がない」
食堂を通るそれは、だがしかし何の変化ももたらさない。夢は落胆もせず、ビンのラベルに×をつけた。
二つ目の粉。渋い。灰汁だけ集めて煮込んだような味だ。
液体は真反対で、ただひたすらに甘い。喉を焼くような、とはこの事か。
以上。
…………言うこともない。特に何もなかったのだから。平常。それだけだ。
「………ん、じゃあ洗っといて頂戴」
レポートを取りながら夢は部屋の隅の流しを示した。気だるく立ち上がる。
「初仕事は雑用かよ」
「私死にたくないもの。だって死んだら私が困るから」
大袈裟に肩を竦め、換気扇をつける。
「そりゃまぁ、ゴミみたいな理屈だな」
軽口を叩きながら、やたら高級そうな器にビンを放り込み水を注ぐ。ジュッと音がして、白煙が上がる。気にせず洗う。
空を漂っていた羽虫が水に墜ちてくるや否や粉のような細かさになってやがて見えなくなる。
他人事だが怖いもんだな。
パンッとレポートファイルを閉じた夢は、俺をじっと見張っている。
「…………で、今日の仕事は終りか?」
夢は冷めた目をした。
「だと思ってるのかしら穀つぶし」
「俺は至極本気だ」
「死刑ね、死刑」
まぁ、そうだろうとは思っていたが。
一通り洗い終わると、夢は既に次の準備を整えつつあった。
気になってメモを覗き込めば、そこには無造作に依頼の特徴だけが書き連ねてあった。
後遺症は一生。痛みだけ。そんな感じの特徴が、線で区切り区切り20個は書き連ねてある。




