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第9話 偽物




次の日になり、俺はすぐさま病院へと向かった。病院に近づくにつれ、嫌な予感は次第に大きくなっていく。


病室へと入った俺は目を見開く。


病室には秋山の姿がなく、医療機器は全て無くなっていた。

その光景を見て、俺は立ち尽くす。


………………は?

どうゆうことだよ………これ。


「おい…………うそだろ………」


ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!

何だよこの状況は………。

すると、病室に誰かが入ってきた。


「秋山っ!?」


俺は勢いよく振り返ると、そこには昨日の先生が立っていた。


俺は先生に勢いよく掴みかかる。


「おいっ!? 秋山は……秋山は何処だ!?」


先生は俺に哀れむような目を向けると、やがて重そうに口を開く。


「今日の朝亡くなった…………」


………は?

何言ってんだコイツ?

頭のネジぶっ飛んでんじゃねぇの?


今はそんな冗談聞いてる場合じゃねぇんだよ、ぶっころすぞ。


「おいっ!! 冗談言ってる場合じゃねぇんだよクソ野郎っ!!!」


俺の言葉に、先生は何も返さなかった。


「…………おい………答えろって………。 おいっっ!!!!!」


先生は俺の手を振りほどくと、無言で歩いて行く。


俺はそれに無言で付いていく。

エレベーターに乗り地下3階と向かうと、そこには上に霊安室と書かれている大きな扉がある。


銀色の無機質な扉の鍵を開けるとそこには薄暗い中、ベットの上に寝かせられた秋山の姿があった。


「秋山!! お前どうして……こんな!!」


本当を言うと、病室を見た時に俺は既に気付いていた。


いや、気付かない方がどうかしてる。

彼女が既に他界していた事に。

俺は秋山の手を握る。


その手は冷たくなっており、身体は死後硬直のせいで固まってしまっていた。


「死後硬直だ……。 最後に顔を合わせてくれる遺族が居て良かった……」


先生は表情を暗くしながら言う。

俺は昨日言っていた秋山の言葉を思い出す。


『お願いだから、もう一回だけ名前を呼んで』


俺は、そんな最後の願いも叶えてあげる事ができなかった。


結局俺が彼女にしたあげた事ってなんだ?

何もしてない………何もしてやる事ができなかった。


ベットの上に寝かせられた秋山を見ていると視界が歪む。

大粒の涙が俺の頬を伝って地に落ちる。


「彼女は長く生きた方だ。 余命よりも1ヶ月は長く生き永らえた」


余命………。


あぁ、彼女は余命宣告を受けながらも無理して笑い、俺と毎日話していたのか。


そんな事も知らないで呑気に笑いながら話していた自分をぶん殴ってやりたい。


アホか俺は………。


これが、首を折って死んだクソオタクの末路か。


死んだ挙句記憶を失ったなどと意味の分からない事になり、大好きだった人が死んでしまうと。


「ッざけんなよクソ野郎がぁぁッッッ!!!!!!」


勢いよく床を殴りつけるが、そこには痛みしか残らない…。

神様というのは俺の事を馬鹿にしてるのか? こんな俺をみて嘲笑ってるのか?


そこからは何も覚えていない………。


気が付いたら俺は自宅の中で膝を抱えて座っていた。


もう何も考えたくない………。

何もかもどうでもいい…………。


あれから何時間経ったかも分からない………。

俺はただただ無心でいた。


すると、玄関の方からガチャッと扉を開ける音がした。


あぁ………祐美さんが帰ってきたのか……。

窓の外を見てみれば既に日は落ちて暗くなっていた。


あれ………でも何でこんな時間に?

いや、どうでもいいや。


「ただいまー。 ん?、誰もいないのか?」


祐美さんは靴を脱ぐと、部屋の電気を付けたと同時に驚きの表情を俺に向ける。


「どうしたんだお前、電気もつけないで」


俺はその問いに答える気力がなく、ただ一点を見つめた。


祐美さんはそんな俺にジト目を送っていると、やがて何かを見つけたのか真剣な表情で俺の元へ歩いてくる。


「おい、この手はどうした!? 何があったんだ!?」


彼女は、とても心配そうな表情をしながら真面目に訴えた。


…………手?

俺の手がどうかしたのか…?

俺は自分の右手を見ると痛々しく拳の皮が剥け、そこからは大量の血が流れていた。


あぁ、床を殴った時に出来た傷か……。


「幸也、黙ってないで理由を話せ」


だから面倒くさいんだって……こういうの。

俺は鋭い視線を祐美へと向けた。

目を合わせた祐美は一瞬驚いた顔をしたが、やがて困ったように笑うと俺の頭に手を乗せた。


「そんな事しても無駄だよ幸也。 私は何があったか聞くまでは諦めない、しつこいんだよ。 知らなかったか? 知らないなら今知れ」


彼女は豪快に笑うと、俺の頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でた。

そして胸ポケットからタバコを取り出して火を付けると、俺にもたれかかる形になって座る。


そこから長い間の無言が続く。


30分……いや、一時間程経った頃だろうか、祐美はおもむろに口を開く。


「私が若い頃、悩んでいたり落ち込んでたりしていた時に今のお前のように膝を抱えて部屋に篭っていた事があったんだ」


彼女は話しながらタバコを口に咥え、深く息を吸うと大量の煙を吐いた。


「そういう時はいつもお前が心配そうに、そして何も言わないで私の側にいてくれてな…。 私はそれが嬉しかったし安心した」


祐美は昔を懐かしむように微笑むと、俺の肩の上に頭を乗せた。


「だから、その時の恩を今返させろ。 お前の記憶が消えてようが、消えてなかろうが私からしたら幸也は幸也だ」


祐美は言い終えると、再び深い沈黙がやってくる。


俺はその沈黙の中、一言だけ言葉を発した。


「愛華が死んだ…………」


俺の言葉に祐美は目を見開き、しばらくの間俺を見つめると『そうか……』と答えた。


「……………………」


「………………………」


「幸也、お前はやれるだけの事はやった」


俺は祐美の言葉を聞き、一瞬で頭に血が上った。


「……はぁ? やれるだけの事はやった? 何を!?!? 俺が一体何をしてやれたって言うんだっ!! 答えろよっ!!!」


これは八つ当たりだ。

行き場のない怒りを、誰かにぶつけるという幼稚で稚拙で最低な行為だ。


祐美は俺に向き直り、真剣な表情で答える。


「お前は愛華ちゃんの為に記憶まで無くして助けようとした。 これを何もしてないと貶す奴がいるなら私が許さない」


あぁ!! 鬱陶しい!!

そんな慰め要らねぇんだよ!!


「俺が今欲しいのは慰めの言葉なんかじゃないっ!!! 自分に対する戒めの言葉だ!! 俺の事を慰めようとなんてするんじゃねぇっ!!」


無意識の内に声は張り上げられ、瞳からは涙が溢れ出す。


そんな俺の肩に手を置き、祐美は優しく諭すように呟く。


「私はお前に慰めの言葉なんて言っていない。 お前がそこまで頑張っても愛華ちゃんは救えなかった、この事実がお前を戒める。 私が掛けてる言葉は慰めなんかじゃなく、残酷な事実確認だ。 その言葉を慰めと捉えるな」


その言葉に俺は何も言えなかった………。

戒めの、事実確認の言葉を慰めの言葉として捉えた。


それは俺が慰めと同情の言葉を欲していたからだ…………。


口では慰めなんていらないなどと抜かしておきながら俺はそれを欲していた。

本当に惨めで滑稽だ……。


無意識の内に拳に力が入り、歯をくいしばる事で嗚咽を抑える。


「泣く事を我慢するな。 感情を抑えつける程その代償は後に大きい物となって襲いかかってくる。 だから泣け、この言葉がお前にとってどんなに苦しく思う言葉でも私が言い続けてやる。 お前は為すべきことを成した、自分を戒める事はあっても見限る事はするな」


祐美は俺を優しく抱きとめるとゆっくりと頭を撫でた。


俺は泣いた………………。

長い間祐美さんの腕の中で泣き続けた。

その間、祐美さんは無言で俺を抱きしめながらずっと頭を撫でてくれていた。


やがて大号泣した事により落ち着いた俺は、祐美さんの腕を優しく振りほどく。

祐美は優しい微笑を浮かべながら俺に向き直る。


「落ち着いたか?」


「うん………ちょっとは……」


子供みたいな受け答えになってしまった俺の言葉に祐美は困ったように笑う。


「そうか。 お前はこれから長い間愛華ちゃんの事を引きずると思う。 お前がそれに対する対処を考えに考えた結果、行動に移すなら私は何も口出しはしない。 お前がしたいようにしろ」


その言葉は、まるで遠回しに俺に何かをしろと示唆するような物言いだった。

対処もなにも、この事に対してはどうしようもできない。


どうあがいたって愛華は帰ってこない。


そんな俺の表情を察したのか祐美は俺の肩をポンッと叩いた。


「私にとってお前は紛れも無い本物だ。 だが、お前にとってお前は一体なんだ? ……… 偽物が偽物を望むのなら、それは偽物にとって本物になる…………ヒントはここまでだ。 私はお前を失いたくないからな」


祐美はそう言うとタバコを携帯灰皿の中へ放り込み、自室へと向かっていった。


俺は祐美さんの言った問いに対して思考を巡らせていた。


俺にとって俺は…………………。

俺は、偽物だ。


結論、結果が出た俺は携帯電話を取り出すと、高梨と登録してある連絡先指定し、通話ボタンを押した。


偽物である俺は、偽物を求める…………。





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