第5話 もう一人の彼女
病院から自宅に着く頃には既に日は落ちていた。
自宅の鍵を開けて中に入ると、俺はある事に気付く。
朝に消していた筈の電気が付いていたのだ。
まさか…………もう一人の彼女!?
って、普通ここは『泥棒!?』とかじゃねぇーのかよ!!
どんだけ恋愛脳なんだ……俺の頭。
ってか、もしもう一人の彼女だったらどれだけ現実世界の俺はデンジャラスだったんだよ……。
俺は警戒しながら家の中を歩き回る。
すると、風呂場からシャワーを浴びる音がしていた。
シャワー入る泥棒っているのかな……などと思いながら俺は扉へと手を掛けるが、開けようかどうか迷っていると、扉は内側からカチャッと音を立てて開かれた。
不意に扉が開いた為、何も出来ず立ち尽くしていた俺は目を見開いた。
俺の視界に飛び込んできたのは全裸の女性(昔ヤンチャしてましたよ系お姉さん)だった。
その女性は俺の存在に気がつくと、ふんっと鼻を鳴らし、扉の前に置いてある服を着始める。
「お前、帰ってたのか。 お家に帰ったらただいまくらい言いなさい」
俺は、はっ、と気付いたように目を隠すと急いで俯く。
なんだこの状況!!!!???
まさか……本当にもう一人の彼女?。
「見えてます見えてますっ!!! 隠して下さい! そして貴方誰!?!?」
「はぁ? 何言ってるんだお前。 そういえば昨日優希の所へ行ったんだろ? どうだったんだ?」
優希………って、高梨さんの事か。
この人は高梨さんの知り合いだろうか?
黙考している俺を、服を着た彼女は睨みつける。
「おいっ! 無視をするな」
「いえ、無視も何も………えっと。 本当に貴方は誰ですか?」
彼女は一層機嫌の悪いような表情を露わにし、俺の胸ぐらを掴む。
「なんだ?その喋り方は? そういう冗談やめろ。 本当に怒るぞ?」
いやいや、冗談などではなく至って真剣である。
むしろ、胸ぐらを掴まれている事により俺は紛れもなくビビっている。
ここで『ビビってねぇーし』などと虚言を吐かないのが俺のプライドであり誇れる所だ。
弱い場所は克服するのではなく、認めて諦めるのが一番楽で手っ取り早い。
なので俺は彼女の説得を諦め、無言で彼女を見つめる。
すると、洗面台に置いてあった彼女の携帯が振動した。
俺を掴んでいた彼女は『チッ』と舌打ちをすると電話に出る。
あー怖かった!!!
殴られたらどうしようかと思ったぜ。
昔から俺はこうゆうヤンキー系の女は苦手なんだよな。
こうゆう奴に限って『あたし男としか性格合わないんだよねー。 女友達とかマジ無理』などと言い始めるんだ。
そんな奴に俺は一言いってやりたい事がある。
お前らが男としか性格が合わないと感じるのは、馬鹿な男が身体目当てでお前らに性格を合わせているからそうなる。
つまり、お前らは同性からも嫌われ、異性も体目的でしか寄ってこない……という事だ。
アイツらはそれに気付かず『あっ、やば、うちの性格まじ男だわ』などという意味不明な発言をしやがる。
勘違いも甚だしいもんだぜ。
などと脳内で悶々と考えていると彼女は電話が終わったみたいで、携帯をそこら辺にぶん投げた。
あっ、やっぱり怒っていらっしゃる………この人。
ふぇ〜、争い事は苦手ですぅ〜。
すると彼女は凄い勢いで俺の肩を掴んで激しく揺さぶる。
「幸也っ!? アンタ何も覚えてないの!? 大丈夫なの!? 他に何か障害は出てないの!?」
えっと…………どうゆう状況パートツー?
「あ、はい大丈夫です! 大丈夫なので激しく俺の肩を揺さぶるのはやめて下さい!!」
すると彼女は肩を揺さぶるのを止め、心底心配そうに俺の頬へ手を当てた。
「今から優希が家に来るから。 私も詳しい話はあの子から聞く」
「は、はぁ………そうですか」
どうやらさっきの電話は高梨さんだったらしい……………って高梨さんが今から来るのか!?!?
ヤッフォーーーイ!!!
白衣スカートお姉さんをまた拝めるぜ!!
あっ、カメラを用意しておかなくちゃな。
「ごめん……… あたしがあんな場所紹介したせいで………。 アンタが愛華ちゃんの為にお金が欲しいって言ってるの聞いて………」
その話に俺は食いついた。
その食いつき具合を表すなら、餓死寸前の川魚の目の前にルアーが現れた時のような速さだった。
「色んな事をすっ飛ばして聞きますけど! 俺はなんで愛華の為にお金が必要だったんですか!?」
彼女は少しの間キョトンとしていたが、やがて質問に答える。
「いや、愛華ちゃんの親御さんが不慮の事故で亡くなって、それで入院費用が払えなくなって病気の治療が出来なくなったからじゃないの?」
なるほど…………。
それで俺は彼女である愛華を助けるが為に、loft社のRWDGのアルバイトをこの人に紹介してもらった訳だ。
現実世界の俺は相当愛華の事を好いていたらしい。
まぁ、俺も仮想世界の愛華たんの事を心の底から愛していたがな。
とりあえず、今一番気になるのは目の前にいるこの人と俺の関係性だ。
愛華の存在を知っている以上、もう一人の彼女という事は無いだろうが………。
「あの、それで貴方は一体誰なんですか?」
それを聞くと、彼女はとても辛そうな、悲しそうな顔をした。
「本当に覚えてないんだな……。 私はお前の姉だ。 血は繋がっていないけどな」
なんと!!
現実世界の俺なんなの?
マジで、どれだけ幸せ者だよ…。
可愛らしい彼女が居て、そして血の繋がっていない綺麗な姉がいると。
え?
それなんてエロゲ?
あれ?
ってか高梨さん、俺には家族が居ないと言ってなかったか?
なんて考えていると、玄関の扉が勢いよく開かれた。
俺はその音に驚き、玄関へ視線を向けると、そこには息を切らしながら立っている高梨さんの姿があった。
「あっ、高梨さん!! こんばんは!」
「ハァ、ハァ、あっ、五木君。 こんばんは!! じゃなくて!! 祐美!! 本当にごめん!!」
高梨さんは息を切らしながら勢いよく我が姉に土下座をする。
ってか祐美って名前だったのね……お姉さん……。
すると祐美は機嫌が悪そうに高梨さんの元へ歩いて行き、目の前でしゃがむ。
「なんでそんな重要な事を真っ先に言わないの? あたしこれでもアイツの家族だよ?」
「本当にごめん!! 私達の所為で五木くんをこんな事にしてしまって!」
おい! こんな事、言うなよ。
これでも俺は正常のつもりですからね?
祐美は深くため息を吐くと、高梨さんの頭に優しく手を置いた。
「まぁ、とりあえず詳しい事を話して? ほら、早く上がりなよ」
「ごめんなさい。 五木くん、お邪魔しますね?」
「あっ、どーぞどーぞ」
ささっと高梨さんをエスコートする俺を、祐美はジト目で見つめる。
「お前ら随分仲いいな………アンタ愛華ちゃんはどうしたの?」
どうしたの……と聞かれてもな。
好きだけど、正直接し方が分からない……。
夢にまで見た愛華たんと実際に会えたのにどうしたらいいのか分からないといった感じだ。
むー、と悩む俺を尻目に祐美は高梨さんに視線を向ける。
「それじゃあ優希、全て包み隠さず説明して貰おうか」
「ひゃいっ!! 分かりました!」
高梨さんの説明は長い間続いて、暇な俺は高梨さんをどう盗撮しようか試行錯誤を重ねていた。
あっ、これ犯罪ですか?
ですよね…。
そして、全ての話を聞き終わった祐美はしばらく黙考していたが、ややあって口を開く。
「じゃあ、この子の記憶が戻る事はないんだな?」
「うん……残念だけど。 RWDGが彼の記憶をデリートしたまま壊れてしまったみたいで………。 本当にごめんなさい、こんな事になるとは思ってなくて…」
祐美はため息を吐くと、悲しそうな表情をしながら俺へ視線を向けた。
「お前は大丈夫なのか? 愛華ちゃんの記憶とか、全て飛んじゃったんだろ?」
「いや、あの。 多分大丈夫です」
祐美を相手取ると、どうも緊張してどもってしまう。
これは本能的に負けを認めているからなのだろうか………。
「幸也がそう言ってる以上、私ははもう何も言わない。 でもコイツに優希の所為で不幸があったら、許さないよ?」
祐美はギラギラした視線を高梨さんへと向けた。
やめたげてっ!!
高梨さんが小動物のようになってしまっているじゃないかっ!!
「話はもう終わりだ。 あとは好きにしてくれ。 私は仕事に行ってくる」
「うん………。 本当にごめんね」
祐美は『もういい』と言うと俺の元へ歩いてきた。
なんだ!?
俺何かされるのか!?
などと身構えていると祐美は優しく俺の事を抱きしめた。
「でも身体は無事で良かった……。 私を一人にさせないでよ……絶対に」
祐美は俺を抱き締めながらすんっと鼻を鳴らした。
その表情を見られたくないのか、彼女はそそくさと仕事に行ってしまった。
え…………と?
何今の?
ギャップ過ぎて惚れる所だったんですけど? 普通に!
祐美の突然のデレに赤面をしていると、高梨さんが微笑ましい物を見るような視線を向けてきた。
「祐美は本当に弟想いですね、あの人が他であんな表情した所は見た事ないですよ?」
「そうなんですか?」
「はい。 祐美は両親を失ってからずっと五木君と二人で暮らしていたみたいですからね。 きっと五木君の事が大好きなんだと思います」
あ、なんか途端に祐美さんの好感度が上がった。
さっきは男と性格合っちゃう系女子とか言ってすいませんでした。
今度ゆっくりと祐美さんと話してみよう……。
「…………………………」
「……………………………」
たまに訪れる急な無言である。
この時程逃げたしたくなる衝動に駆られる瞬間はない。
相手の気まずそうな顔を見ていると何故かこっちが話題を考えなければと焦ってしまう。
まぁ、焦った所で何も変わらないのが彼女いない歴=年齢の童貞である。
あっ、今は彼女居るのか……。
ってかよくよく考えれば、いい歳した男女が夜に部屋の中で二人きりと言うのはその………ちょっとまずいのではないだろうが?
俺には彼女がいる訳だし……。
俺は場を持たせるために気になっていた事を高梨さんに質問した。
「あの………」
「ははは、はいっ!? !? 何ですか!?」
えっ、?
なんでこの人こんなに顔を真っ赤にして緊張してるの?
そんな反応取られたら俺まで赤くなっちゃうよ? 自然の摂理的に!!
「高梨さん、俺に家族は居ないって言ってませんでしたっけ? なんで嘘付いたんですか?」
「いえ、私は家族が居ないとは言ってない筈ですけど………」
あれ?
言ってなかったっけ?
あっ、そういえば親御さんが居ないって言ってたような気がする。
確かにそれなら姉が居てもおかしくはないな……うん。
すると高梨さんは視線をあちらこちらに泳がせながら口を開く。
「あっ、その。 病院の友達はどうでしたか? ちゃんと会えました?」
「あっと、 会ってみたら友達じゃなくて現実世界の俺の彼女だったみたいです…… 」
「あっ、そうだったんですか。 五木君……恋人いたんですね」
その言い方だと、お前ごときに彼女居たの!?になるからやめて下さいね?
俺は頬をヒクつかせながら精一杯の苦笑いを作る。
「あっ、それと俺がお金を欲しがっていた理由も分かりましたよ」
すると高梨さんは興味深そうにこちらを見つめる。
「え? 本当に!? 一体どんな理由だったんですか?」
「えと………………」
俺は高梨さんに愛華の治療にお金が必要な事を話した。
「そうだったんですね……。 それで、五木くんは彼女さんを助けてあげるんですか?」
「もちろん。 現実世界の俺がした努力を踏みにじりたくないですからね………。 それに単純に俺があの子を助けたい……というのもあります」
すると高梨さんは優しく微笑む。
「五木くんは優しいですね…」
優しくなんて……ない。
俺のは優しさなんかじゃなく、ただ漠然と『こうしなきゃ』というものがあるからやってるだけだ。
優しさというのは本当に相手の事を思いやり、行動する事を言う。
だから……俺のは優しさなんかじゃない。
「あの…高梨さん。 俺、正直彼女にどう接したら分からなくて………」
俯きながら伝えると、高梨さんは優しい声音で答えた。
「なんでも話して下さい。 私でよければ話は聞きますよ」
この人は優しい。
こういう人の事を、人は優しいと称えるのだ。
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
俺は愛華との会話の内容や、自分自身の考えを全て高梨さんに話した。
彼女はとても丁寧に話を聞いてくれ、話が終わるとゆっくり口を開いた。
「つまり、五木くんは元の自分へ罪悪感を感じてしまっている訳ですね」
「………はい 。 その通りです」
高梨さんは自分の髪の毛をいじりながら、微笑んだ。
その笑顔には屈託がなく、とても綺麗で純粋な好感が持てる笑顔だった。
「五木君は難しく考え過ぎなんですよ。 世間は五木君が思っているほど綺麗で正しくない」
先程の優しい雰囲気とは一転して高梨さんはとても真面目な顔をしていた。
「五木君がしたい事、愛華さんがしたい事の利害は一致しているんですから、そんな時は難しい事は置いといて良いんです。 需要と供給なんですよ」
「って言われましても。 やっぱり俺は今、俺自身を俺だと思えないんです。 例えるなら、他の人がプレイしていたゲームのセーブデータを途中から続けるような………そんな感じがします。 だからその利益は本当に俺にとっての利益なのか怪しくもなる」
高梨さんは俺の言葉を聞いて、むぅーと考える素振りをした。
「まぁ、でも大きく分けてしまえば自分自身の事も他人と言えますよ。 だからそんなに深く考える必要はない…………じゃ納得しませんか?」
いやどんな分け方ですか…それ。
考えがぶっ飛び過ぎで大気圏突破しちゃってますよ、その論理。
なんなら月まで行っちゃうレベルである……。
自分は自分であり、他人は他人でしょ………などと本人に言う事などできないので、俺は代わりに高梨さんに訝しげな視線を送った。
俺の反応を見た高梨さんは『ですよね〜』と苦笑いをする。
彼女は再び黙考をし、ややあってから、はっ、と何かを思い付く素振りを見せた。
「じゃあ、一度全てリセットしてみたらどうかな? とりあえず愛華さんを一から好きになっていけば何も問題は無いと思いますよ」
確かに………。
俺は今までどうやってこの状況に適応するかを考えていたが、適応するのではなく状況の方を変えてしまえば……。
また新しく始めれば少なくとも俺の悩みは無くなる……と思う。
「高梨さん! ありがとうございます! ヒントにはなりました!!」
「ふぇっ? あっ、お力になる事が出来たなら良かったです」
高梨さんは、にぱ〜、とハピネスぎゃんカワスマイルを俺に向けるとおもむろに立ち上がる。
「それじゃあ私はもう帰りますね。 今日は見苦しい所をお見せしちゃってごめんなさい」
ここまで俺にしてくれて、更に謝るとか……この人どんだけ優しいんだよ。
その優しさはいつか俺のようなモテない男を不幸にするので、気を付けて下さいね……本当に。
マジで惚れちゃうからっ!!
「いやいや。 色々聞いてくれてありがとうございました。 気を付けて帰って下さいね」
彼女は天使のような笑顔をこちらに向けると、玄関へと歩いて行った。
高梨さん……本当に頼りになるな。
なんなら頼り過ぎて依存してしまう程だ。
あっ、もちろんそれはドラえもん的な意味じゃなくてね?
人を便利、不便利で判断するのはいけない事だよ?
ダメ、ゼッタイ。
高梨さんが靴を履いている所を見守りながら……もとい見送りながら俺はボケーっとしていた。
すると高梨さんは『あっ』と何かを思い出した素振りをすると、俺の元に顔を近づけてきた。
何事っ!?、と驚く俺を傍目に彼女の唇は俺の耳へ近づいてくる。
ブラウンの綺麗な髪の毛からはとてもいい匂いがした。
「私はご飯を食べる約束忘れていませんよ? ちゃんと連れて行くんで近いうちに予定空けといて下さいね」
「なっ!!!!」
顔を真っ赤にしながらしどろもどろになっている俺を尻目に、高梨さんはフフッと可愛らしく笑うと、玄関を出て行った。
惚れてまうやろぉぉーー!!!
だからこうゆうの本当に止めてっ!!
浮気になっちゃうっ!!!
本当に俺みたいな奴は簡単に勘違いしちゃうから!!
夜中に自宅で転げ回る男子高校生の姿が、そこにはあった。
どうも、みなさん!
牧野悠です!!
見て頂いてありがとうございます。