第2話 現実世界
吸い込まれる。
そんな感じだった。
首の骨折により絶命する際に意識がどこかに吸い込まれていくように感じた。
景色が歪み、高いところから落ちるような感覚。
そんな感覚を抱きながら意識を失った。
何かが聞こえる。
「ーーーーたぞっ! ………おくの方は………だ!」
あ?
なに言ってるかわかんねぇーよ。
もっとはっきり発音しろと母ちゃんに教わらなかったのか。
「せい………ていだっ!!。 いますぐそ………くれ!」
だから聞こえないって。
ゴニョゴニョとうるさいので目を開けると衝撃の光景が広がっていた。
ボロい研究所と言ったらいいだろうか。
そこにあるレントゲン写真を撮る時に使うような機械の上に、俺は寝ていた。
およそ先程声をあげていたのであろう人が驚きの表情をしながらこちらを凝視している。
「五木くん! 無事で良かった!! よく帰ってきてくれたな!」
俺を五木くんと呼ぶその人が女の子だったなら良かったが、残念ながら無精髭を生やした中年のおっさんだった。
現実に落胆しながらも俺は起き上がる。
「あの、貴方は誰ですか? ってか此処どこ??」
問うと無精髭を生やしたおっさんは目を見開き、身体の動きをピタッと止めた。
なんだこいつ。
人の顔を凝視しながら驚愕の顔で固まるなよ。
俺の顔が酷いからそうなってるのか? そうなのか?
だとしたら自殺物だぞ。
などと考えていると、無精髭のおっさんは血相を変えて部屋から出て行った。
なんなんだ……アレ。
とにかく俺はこのボロい研究所のような狭い部屋をゆっくりと見渡す。
すると首の方が疲れているのか少しの痛みを感じたので、いつものように捻りながらコキッと音を鳴らす。
そこで俺は思い出した。
キミガミ2の存在を………じゃなくて!!
あれ、……俺死んだんじゃなかったっけ?
確か小石に躓いて首をボッキリとやってしまった筈だが……………。
まさかあの後俺は奇跡的に回復してなんちゃらって感じなのだろうか。
その経緯で行くと、ここは………病院……?
いや病院にしては汚いし、ボロすぎる。
何よりも俺が今寝ているのはベットなどではなく、無機質な機械の上だし。
どうやら俺が居る部屋は地下に位置するらしく、足音は上から聞こえて来る。
むぅーと唸りながら考え込んでいると扉を開ける音が聞こえた。
「岡部さーん? どうして電話に出ないんですかー?……って五木くんっっ!? 実験は終わったんですか!?」
そこにはレジ袋を持ちながら驚愕の表情をしている可愛い女の人の姿があった。
あれ?
この顔最近見たような…………ってか実験!?
えっ!? 何事!?
俺は知らないうちに人体実験とかそんな類の事をされてたの!?
腰にベルトが着いていて、変身とかしてしまうのはどうか勘弁願いたい。
可愛い女の人は俺の頭上にクエスチョンマークが浮かび上がっているのが見えたようで、心配そうな表情をしながらこちらに歩いてくる。
「五木………くん……? 大丈夫?」
彼女は俺との距離を急接近させ、表情を確認する。
近いっ!
近いですって!!
こんな可愛らしいくて、優しそうな女の人と距離が近いとか俺みたいな彼女いない歴史=年齢の奴らからしたらもう毒に値する程緊張をするんですよっ!
ってゆうか小さいお胸の谷間が見えています。
小さくても谷間はできるんだな。
俺の表情をじっくりと見ていた女の人は、ハッと何かに気がついた表情を作った。
そして額から汗を垂らしながら真剣にこちらを見据える。
「五木くん。 私が誰だかわかりますか? それと此処がどこなのかも。」
これはアレだろうか?
よくナンパの手段に使われる『あれ? どこかで会いましたよね?』的な感じだろうか。
って事は俺は今口説かれてるのか?
いやいや、確かに俺は男前だけどもいきなりは困るものだ。
冗談ですごめんなさい。
「いえ、分かりません。 俺は貴方と面識があるんですか?」
「えっ………まさか記憶障害…? 自分の名前は言えますか!?!?」
おいおいこの女は遠回しに頭が悪いと言いたいのか?
この歳になってボク?、なまえいえる?に遭遇するとは思わなかったわ。
「失礼ですね。 名前くらい言えますよ。 五木幸也です。」
「名前は覚えているんですね! じゃあ、五木くんの生まれた場所を言ってみて下さい!」
「あの………さっきから一体なんなんですか?」
「いいから答えてっ!」
あまりの必死さに俺は圧倒され、ビビった挙句大人しく質問に答える。
すると女の人は答えを聞き、難しい顔をして黙考する。
なんでも良いけどこの女の人が着ている白衣とスカートの組み合わせがたまらなくエロティックです…はい。
すると、俺は近くに置いてある大きなガラス瓶に視線を向ける。
その瓶は、自分の顔を確認する事が許される程に大きかった。
だが、そこに写っていたのは俺ではなく、他人が写し出されていた。
俺は一瞬幽霊を見たのではないかと思い、驚く。
がそれと同時に瓶の中に写る顔も驚愕の表情を表した。
そして俺は自分の顔へと手を当てる。
すると瓶に写る顔に同じように手が置かれた。
「こ……れは?」
俺は今日一番、いや、人生で一番驚いた。
なぜなら瓶に写し出された顔はブサメンのしけたツラをした俺ではなく、それなりのイケメンが写っていたのだ。
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!!!!!」
狭くボロい研究所の中で俺の大きな声は響き渡った。
× × × × ×
「いやぁ、さっきは本当にごめんな。 あまりにも驚いてしまって」
おどけた雰囲気をか持ち出している白衣を着たおっさんは無精髭を触りながら謝る。
「いえ、別に気にしてないですし。」
「そうかい?、ならいいや。 とりあえず記憶を失った君にはもう一度自己紹介が必要だからね。 岡部龍一だ。 改めてよろしく」
気さくな笑顔を見せてくる岡部は再度無精髭を手で触る。
この人の癖は無精髭を手で撫でることか。
俺の脳内にどうでもいい情報が入ってくる。
「はぁ………よろしくお願いします」
「んで、こいつが高梨優希だ」
岡部に肩を置かれた先程の可愛い女の人は頭を下げる。
「そしてここは我がloft社の研究兼ね実験所だ。 俺たちはゲーム機の開発を主にしている。 そして最近我が社で開発に成功したリアルワールドダイブゲーム、略してRWDGの試作プレイをする為君はここにいた。」
「えっ?……えっ? ちょっと待って下さい」
は?
えっと………?
日本語でおkです。
いや、岡部が言っている言葉は全然理解できるのだ。
だが経緯がぶっ飛び過ぎている。
俺はオタクで、25歳で、キミガミ2のゲームソフトを猛暑日に買いに行っていた筈だぞ?
「俺はそんな事した覚えが……」
俺の発言は遮られ、岡部が言葉を連ねる。
「それは今から俺が説明するから聞いてな? そして我が社に来た五木君はRWDGを装着して、ゲームをプレイした。 難なく起動は成功し、君は25分ほどプレイしていた。 ここまではいいかい?」
「は、はぁ。 大丈夫です」
何を言っているのか全く理解が出来ない俺はとりあえずそう答える。
「このRWDGが構成する仮想世界内の時間経過は現実の時間1分で、一年となる。 そして仮想世界内で命を落とすとプレイヤーは元の世界へと戻ることになる。 五木君は25分で起きたという事は仮想世界内で25歳の時に何かの事故で亡くなったって事だね。」
岡部は机に置いてあるコーヒーを一口飲むと再び説明を続ける。
「そしてこのRWDGはプレイする際にプレイヤーの記憶を読み取り、その目で見てきた情報を元に世界を構築する。 情報を読み取った後にRWDGは一時的にプレイヤーの記憶を消す事により臨場感を味わえるようになっている。 もちろんプレイが終了した時に記憶も元に戻るようにもなっている」
が、しかしと岡部は続けた。
「残念ながら実験は失敗し、五木君の記憶は戻らなかったみたいだ」
「……………は?」
何言ってんのこのおっさんは。
えっとつまり?
俺はこのゲームをプレイして、一旦記憶を失った。
そしてそのRWDGの仮想世界内で25年間を過ごし。
首を折って死ぬ事により、現実世界に戻された。
そしてそのままの意識で現実世界に戻り、ゲーム終了時に戻る筈だったRWDGを起動する前の記憶は戻らなかった………と?
いやいや、流石に無理がある。
「いや、あの。 まず、25分とか言ってますけど、俺はしっかりと25年間生きていきましたよ?」
俺の質問に岡部は淡々と答える。
「25年間を過ごしたように感じているだけだ。 RWDGはそう感じさせる為のゲーム機だからな」
「はぁ?… まぁ、いいです。 それを信じる証拠はあるんですか?」
岡部はため息をつくと、呆れたような表情で俺に手鏡を渡す。
「君は自分の顔を見て他人だと思ったんだろ? それは元の記憶が消え、仮想世界内の記憶が残っている証拠だ」
手鏡で自分の顔を確認する俺は納得せざるおえなかった。
にしても元の俺はこんなにイケメンだったのか。
これならきっとモテモテだったのかもしれない。
もしかして既にこの世界に彼女が居たりとか?
え? なにそれ最高なんですけど。
ってか何より、俺は何故このRWDGの実験体なんかになったのだろうか?
「あの岡部さん……」
「loft社代表岡部 龍一と呼べ。」
岡部はくしゃくしゃになった髪をかき上げながら示唆する。
ふざけんな。
何故俺がこんなに長ったらしい呼び方をせにゃアカンのだ。
「あの、岡部さん。 何故、元の俺はRWDGの実験体になったのか分かりますか?」
「おい、無視するな。 あぁ、それなら確か、どうしてもお金が必要だとか言っていたな。 しつこいので、バイトとして嫌々君を雇ったんだ。 だから五木君が記憶を失った所で、我々にはなんの賠償責任を発生しない」
と岡部は何が起きても自己責任などなど色々な事項が載っている契約書を見せてきた。
そしてそこにはしっかりと俺の承認印が押してあった。
どうしても必要な金? 元の俺はお金欲しさに実験体をする程追い詰められていたのか?
ヤバめな人達にお金でも借りていたのだろうか?
そこで俺はふと気になったので岡部に質問をする。
「ついでに実験体になった結果俺が貰えるお金はどのくらいなんですか?」
「ふむ、50万円という契約だった筈だが」
「ごッッ、50万円んッッ!?!?」
きっと今、俺の目は古いアニメに出てくるような銭マークになっているに違いない。
そういや今頃のアニメで銭マークの瞳をするキャラクターはいるのだろうか。
「あぁ、50万だ。 高校生の君には高過ぎる額だな。 」
いや、ちょっと待て、今さらりと凄い事を言わなかったか?………コイツ。
「いやいや、ちょ、高校生って。 俺は成人男性ですよ。」
岡部はため息をつくと気だるそうにあくびをする。
「ふぁぁーー。 それは仮想世界での話だろ。 君はれっきとした高校生だ。 俺はもう寝る、記憶障害以外にはなんの症状も見られないしな。 高梨っ!! あとは頼んだ!!」
そう言うと岡部は部屋の扉を開け、上へと登って行った。
おい、ほったらかしかよ。
あのクソ親父の脳内辞書に常識という言葉は載っているのだろうか。
「すいませんね、うちの岡部が。いつもあんな感じなんですよ。 後で叱っておきますね。」
高梨さんは申し訳なさそうにこちらを見上げる。
あー、この人は可愛い。
この人に言われたらもう色々な事が許せちゃうレベルでまである。
あれ、待てよ?。
何かを忘れているような気がする。
俺は高梨さんに『いえ、気にしないで下さい』と答えると、瞳を閉じて黙考する。
何を忘れてる?
物凄く大事な事だったような……………………あっ!!!!!
俺はそれに気が付いた途端に心の底から焦った。 動悸が激しくなり、過呼吸が起きそうになる。
そう、俺は最初に愛して止まないキミガミ2を買いに行った帰りに仮装世界内で死んでいる。
つまり、キミガミというゲーム自体がこの世界には無い可能性がある。
だが、岡部は言っていた。
RWDGはプレイヤーの記憶を元にして仮想世界を構築すると。
という事はキミガミにも元はあり、もしかしたらこの世界にも存在しているかもしれないという期待。
俺は焦りながら高梨さんへ向き直る。
「あのっ、高梨さん!! この世界にキミガミという恋愛シュミレーションゲームはありますか!?」
「へっ?? いや私は分からないですけど、今調べる事ならできますよ?」
「今すぐ調べてください!! なんでもします、しろと言うなら足も舐めます、お願いです!」
高梨さんは少し驚いた顔をして『いや、普通に無償でいいですよ』と答えると、白衣のポケットからスマホを取り出し、弄る。
俺は息を飲みながら高梨さんの回答を待つ。
その心境は宛ら、裁判所の前で判決を待っているようでもある。
そして高梨さんは『このゲームですか?』とスマホの画面を俺に見せてきた。
あった…………。
よかったよう……。
俺の瞳からは感動の涙がホロリと流れた。
人間は涙を流す時、本能的には誰かに自分が泣いている事を知らせるが為に泣くらしい。
そして俺はきっと誰でもない愛華たんにこの感情を知らせるが為に泣いているのだ。
ありがと愛華たん。
俺はそんな事を思いながら高梨さんの携帯を確認すると、動きが止まる。
あまりの衝撃に俺は目を見開いたまま立ち尽くす。
俺はキミガミのパッケージを見て、衝撃を受けた。
いや正確に言うなら、キミガミのキャラクターの中に愛しの愛華たんがいない事に衝撃を受けた。
立ち尽くす俺の姿を高梨さんはとても心配そうに見つめる。
ごめんね、高梨さん。
物凄くその表情は可愛くてキューティーだけど、今ばかりは頭に入って来ない。
………え? 愛華たんが居ないキミガミなんてキミガミじゃないだろ。
何考えてんの?
馬鹿なの?
いや、今はひと前だ。
落ち着け、俺!
深呼吸だ、焦った時程落ち着けと昔ママンが言っていた。
あっ、俺にそれを教えてくれたママンは仮想世界内の人なのか。
そこで何を勘違いしたのか高梨さんは焦りながらスマホを弄る、するとなにかを見つけたのか、嬉しそうにスマホをこちらに見せる。
「五木君!! このゲームの限定版ならまだ売ってる所がありますよ!?」
俺は高梨さんの発言を聞いて心の底で不思議に思っていた事が繋がった、何故、俺が最初にこの人を見た時にどこかで見た事がある様な気がしたのかを。
この人は、高梨さんは紛れもなく俺が仮想世界内でキミガミ2を購入した時にレジを担当していた女の人だった。
「あっ!?、 レジの女の子!?」
気付いた時には俺の口は開いていた。
高梨さんは『えっ、何言ってんのこの人?』みたいな視線をこちらに向けてくるので、皆を説明する。
すると彼女はしばらく悩んだ後、これは仮説ですが…、と前置きをして話を始めた。
「さっき、岡部さんが説明していたと思いますが、RWDGはプレイヤーの記憶から仮想世界を構築します。 なので元の五木君が現実世界で会った人なども仮想世界に現れるのではないでしょうか?」
あっ、なるほど。
つまり仮想世界で俺が出会った人達は元の俺が道端ですれ違ったり、どこかで見た事がある人な訳だ。
なんかますます信じられないな。
でも、鏡に写る俺が俺じゃない時点で信じられない事が起きているので、信じるしか道はないだろう。
などと考えていると、高梨さんはおもむろに立ち上がる。
するとどこかに歩いて行ったと思ったら厚みのある封筒を持って帰ってきた。
「もうこんな時間になっちゃったので今日は帰った方がいいですよ? それとこれは約束のお金です、手渡してすいません。」
高梨さんは俺に封筒を渡すと出口まで誘導する。
「何かあったら私にいつでも連絡下さい。 了承の上とはいえ、五木君に迷惑を掛けたのは本当に申し訳ないと思っています。 できる限り生活をサポートするので安心して下さい」
と言って高梨さんは自分の電話番号が書かれた紙を俺に渡してくる。
やった!
美人なお姉さんの電話番号ゲット!!
っていうかこの人は誰に対してもこんなに優しくしているのだろうか?
だとしたら童貞男達の為にも今すぐ辞めるべきである、彼女いない歴=年齢の童貞共は少しでも優しくされるだけで『コイツ、俺に気があるんじゃねぇの?』と勘違いしてしまうものだ。
そして暴走した童貞ほど手がつけられない。
告白してあぼーんである。
これは俺の実体験だ。
あっ、でもこの体験も仮想世界内で起こった事だからな。もしかしたらこの世界ではそうじゃないのかもしれない、と言っても望みは薄いが。
「なにから何までありがとうございます。 それじゃ、何かあったら連絡しますね」
と言うと、高梨さんは笑顔で頷いた後、研究室らしき所へと帰って行った。
いやぁー、いい人だった。
嫁に欲しい程である。
いや、むしろ婿に行きたいレベル。
高梨さんの事で頭が一杯になっていた俺はとある事に気がつく。
そういえば俺。
「………どこに帰ればいいんだ?」
どうも!
読んでくれてありがとうございます!!
良かったら感想などなどよろしくお願いします!!