ケーキ購入
「ご主人様のおかげで簡単に勝てたニャ~」
リズは大人になっても興奮すると『ニャ~』が出るっぽい。
「今までは[スライム]だけでしたが、これからは敵が強くなるみたいです」
俺が加入したから、遊びは終わったのか?
「あの戦闘は毎日12時に行われます」
公園の時計の針が12時から変わっていないから、あの空間ではきっと時間は進まないのだろう。
「そしてこちらが先ほどの戦いで得たお金です」
確かあの世界の通貨は『モール』だったよな? なぜ日本のお金になっているんだ?
「『モール』じゃないから不思議なんですね。これは天が授けた試練とその報酬ですよ」
現実世界じゃない出来事に説明を付けることは無意味だな……。そういうことにしておこう。
お金以外は持ち帰れないのかな? モンスターが付いてきても困るか……。
「それではこのお金でデートに行きましょう」
リズが俺の右腕に抱きついてくる。
女性特有の甘いにおいで俺の理性が削られる。
「今日はリズのおごりか」
「いえ、これからはこのお金はご主人様の物です。私はご主人様と一緒にいられれば、それだけで幸せです」
「毎日『異空間』でアルバイトをして、リズとのデート資金を稼ぐのか……」
「その発想は楽しそうですね。私もご主人様とデートできるようにがんばります」
今回のデート代は1300円ぐらいだ。
「リズ、今回は電車賃だけでなくなっちゃいそうだが、どこかに出かけるか」
「お母様にご挨拶をしたいので、ケーキ屋に行きましょう。これから一緒に住むのです」
「リズは自分の家に帰れよ。通りはさんですぐなんだから……」
「せっかく会えたのに、夜にはお別れですか……」
これからケーキ屋にデートに行くのに、一気に泣きそうな顔になったリズを俺は抱きしめた。
「これからは毎日会えるんだ。寝る時だけ家に帰ればいいよ」
「きちんと部屋まで送って下さいよ」
「家までで勘弁して下さい」
俺たちは2人で公園をあとにした。
やはりリズは人目を引く。
すれ違う人がみんなリズの横顔を見ていく。
なぜ横顔かというと……。リズはずっと俺を見ているからだ。一切前を見ない。
だからたまに躓く。
そしてそのたびに俺はリズを抱きしめる。
狙ってやっていないか?
「リズ、躓きすぎじゃないか」
「私は赤さんのお荷物でしょうか……」
2人だけじゃない時は『赤さん』と呼んでくれるようだ。助かった。
これだけみんなが見ているのに、その上『ご主人様』とか言われたら警察が来ちゃうぞ……。
「歩く時は前を見ような」
リズはバッと前を向いた。
「きちんと前を向いていましたよ」
この『今までバレていなかったはずだ』『気がつかれているわけない』と思い込むところが、リズだ。あの頃のままだ。
とても懐かしい気分になったので、俺は笑みがこぼれた。
「赤さんが何だか嬉しそうです。赤さんが嬉しそうだと私も嬉しいです」
体中から『私は今幸せです』オーラが出ている。
恋する乙女ってすごいな……。
恋をすると周りが見えないというが、リズには本当に周りが見えていないようだ。
すでに目的地には着いていて、実はさっきからケーキ屋をグルグル回っている。
「ケーキ屋に着いたぞ」
「目的地に着いちゃいましたか……。隣町のケーキ屋まで歩きませんか」
これでも公園から3kmぐらいは歩いたんだぞ。 その上ケーキ屋を何周かした。
ケーキを買うのが目的じゃなくて、一緒に歩くことが目的だったようだ。
「いらっしゃいませ」
俺はケーキを選びたいのだが、リズがこの世の終わりみたいな顔をしている。
「家に帰れば、ゆっくり話ができるだろ」
リズの顔が一気に赤くなる。
「ちょっとお花を摘みに行ってきます」
リズはリズだな……。作戦を練る時はいつもトイレだ。
「連れが戻ってくるまで、ちょっと待ってくれ」
「大丈夫ですよ」
俺は仕方なく店員さんと会話をする。
オススメのケーキを聞いているとリズが怒って戻ってくる。
「浮気はダメです」
俺と店員さんが顔を見合わせて、リズを見る。
「オススメのケーキを聞いてただけだ。そう怒るな」
頭に手を置いてなだめる。俺はリズのしっぽが逆立つのを幻視した気がする。
「今日付き合い始めて、今日捨てられるかと思いました」
あまりにも注目を浴びたので、報酬で買えるケーキを4つ選んで、さっさとケーキ屋をあとにする。
恥ずかしくて、二度と来れないな……。次にケーキを買う時は本当に隣町まで行くことになりそうだ。
出会った頃の手のかかるリズが隣にいるようだ。
ケーキを左手で持って、右腕にリズを装着して帰宅した。
「ただいま」
「お邪魔します」
日本円が出てきますが、フィクションです。