芝生にて_その2
「ご主人様そういえば、ご主人様のお名前は何て名前なのでしょうか」
「名乗ってなかったか? 緑野家の長男で名前は赤だ」
「それではこれからは赤様とお呼びしますね」
「ここは日本で恋人同士だし、呼び捨てでいいだろう。そもそも今はリズの方が年上だ」
「そうはいきません。それでは『赤さん』と呼ぶことにします。赤さん。赤さん」
「なんだ」
「ご主人様の名前を口にするだけで、幸せです」
「へんな奴だな……」
「子供ができたらどうしましょうか? 赤ちゃん……」
う……。子供の頃から言われ続けてきた。黒歴史が……。
「リズ、それ以上言ったら、別れるからな」
「えええええええええええ。まだお付き合いして5分も経っていませんよ。これからご主人様のお母様にご挨拶をして引越しをしなくちゃいけないのに……」
「リズさん? 展開早くない? まだ付き合って5分だよ?」
「はい。付き合って5分。抱き合ったまま10分ほどです」
※まだ芝生の上です。
「私はこちらの世界に来る前から、この日を待っていたのです。ファーストキスもあげることができました。責任はとってもらいます」
「やっぱりファーストキスだったのか。俺と同じだな」
言ってから急に恥ずかしくなって2人で赤面した。
キスで結婚って……、リズってこんなにウブだったか?
「どこか移動するか」
「もう少しだけご主人様とこのままでいたいのですが……、ダメですか。今、ご主人様の心臓の音が早くなりました」
キレイな女性に上目遣いで『ダメですか』って言われたら、誰だって鼓動が早くなるだろ。
「もう少しだけな。リズをなでるといいにおいがするな」
急にリズが固まった……。
「におい大丈夫でしょうか……。昨日興奮して眠れなくて、寝坊して走ってきたんです……。汗臭くないでしょうか……」
「リズは昔と一緒でいいにおいがするぞ」
「ご主人様はにおいフェチでしたか」
「リズもそうじゃないのか」
「私はご主人様のにおいが好きなだけです。他の男には触られるのも嫌です。これでも潔癖症なんですよ」
これだけ抱きついてきて、潔癖症とか……。芝生で日向ぼっこはアウトなんじゃ……?
「リズの家はどこにあるんだ」
「ご主人様の家の隣になります」
え?
「リズはそもそも俺の家を知っているのか。俺はリズが隣に住んでいたなんて知らなかったぞ」
「ご主人様が病院に入ってから引っ越してきましたから」
「なるほど。一歩間違えたらストーカーだな」
リズが固まった。
「ずっと我慢していたのに、ご主人様は意地悪です」
「でもこんなにキレイな女性なら大歓迎だな」
リズが一気に顔をゆでダコにした。
俺はその隙にリズをお姫様抱っこしようとするが、退院したばかりの俺にはそんな筋力はなかった。
突然、頭の中に声が聞こえる。
【あなたはまだあの世界の住人です。体はこちらへ飛ばされましたが、並行世界を信じれば力は蘇ります】
俺はこのソプラノボイスを覚えている。
またこの声が聞こえて嬉しくなった。あの罠たっぷりの世界の声だ。
今の俺はあの時のワープを思い出した。あの頃を信じられる。
リズの体が急に軽くなったような錯覚を覚えた。そして俺はあっさりお姫様抱っこをすることができた。
リズは首に腕を回して耳元で。
「おかえりなさいませ。ご主人様」