捻じれていく桜嶺祭
9
奈落ステージではその後も試合が行われたのだが、風に飛ばされたり足場を飛び越えきれなかったりと、ステージに殺されていくチームばかりが続出し、大ブーイングとなった。
佐伯は、
「今回は魔法通信部にジャックされたので、生徒会には何の責任もありません」
と言い切り、責任転嫁を果たした。
ステージメイクは昨年の内に、昨年度の生徒会役員部が行っていたので、最初から魔法大戦部に責任などありはしないのだが、これを機に全ての責任を押し付けることに成功した佐伯は気分上々で一回戦を観戦していた。
ちなみに、森林ステージでは木属性、鉱山ステージでは地、鋼属性、凍土ステージでは水、氷属性、奈落ステージは風属性をイメージして作られ、運よく適合したステージで試合を組まれた部活が有利に事を運んで勝利を収めていった。
正午前に一回戦の全ての試合が終了した。
一回戦と二回戦の間に昼食休憩は設けられない。
皆、所属している部の試合の無い空き時間に、軽食を済ませていたようだ。
百三十二の参加部活は一回戦で三十三まで減らされた。二回戦は地上で行われ、学園の敷地内全てを使って、三十三チーム総当たりでの宝探しゲームが行われた。
校内全域を魔法戦の会場に使うので、参加者以外は地下競技場で中継を見ることになった。
百二十分の制限時間内に、校内に隠された十六個のアイテムを探し出して、制限時間終了時にアイテムを一つ以上持っている部が次の三回戦に進める。
一度見つけても保持し続けなければならず、奪われても奪い返すチャンスが残されているのが、二回戦の注意点だと戸斧戸春は言っていた。
二回戦が開始され、魔法大戦部はすぐにアイテムを手に入れると、その後部室で籠城を決め込んだ。
制限時間が無くなってくると、アイテムの位置が校内に表示されるようになるため、後半は戦闘続きだったが、一回戦の鬱憤を晴らすように湊が暴れたので、勇貴たちは部室でただ待っているだけとなった。
二回戦が終了し三回戦に進んだチーム、は驚くことにたったの四チームとなった。
魔法大戦部、魔法召喚部、魔法空手部、魔法戦争部。
上記のチームで驚くべき偉業を成し遂げたのは魔法空手部と魔法戦争部。
魔法空手部は部員一名で桜嶺祭に挑み、数多の難敵を蹴散らしてみせた。
そして魔法戦争部は、一つで十分であるアイテムを十一個保持し、ほぼ独占状態を作り出した。
二回戦で四チームまで落とされてしまうことを想定していなかった魔法通信部は、次の三回戦を決勝戦に変更する通知を出した。
決勝戦は小休憩を挟んで、また地下競技場で行われる。
魔法大戦部一同は召集場所に待機していた。この部屋は魔法大戦部にのみ割り当てられた召集場所で、他の部はそれぞれ別の部屋で待機しているのだろう。
「いやー、横川さんのさっきの魔法凄かったねー。辺り一面溶岩地帯みたいになってたもんねー」
二回戦の終盤に湊が見せた炎の魔法は、部室校舎の中庭の花壇すらも焦がすほどの大威力だった。それを思い出しながら佐伯は、
「いま入学式みたいに今対戦しろって言われたら負ける自信あるもん」
とケタケタ笑いながら言っている。
「あの時の佐伯先輩の土蛇対策で作った呪文ですから。でも、佐伯先輩はあの時の魔法が全力ではないのでしょう?」
湊は佐伯の言葉を真に受けなかった。彼の全力はまだ一度だって見ていない。
脂肪を魔力に変えたのか、炎で脂肪を燃やしたのか分からないが、湊はゴールデンウィーク前の体重に戻ったようだ。
「そんなことより、次の試合まだかよ。ってか、次はどんな競技なんだ?」
横から杉松が話を割いて入ってきた。
「決勝戦は魔王討伐、です」
「魔王討伐ってあれか? RPGみたいな冒険ファンタジーのやつか?」
杉松は、質問に答えた勇貴に再度質問を投げかけた。
「そうなんですけど、詳しいルールが確か……。 えっと……」
勇貴は、事前に貰ったルールブックをポケットから取り出そうとしたが見つからない。
勇貴が記憶を頼りにルールの説明をしようとしたが、先に日向が口を開いた。
「所属する部活は、勇者になって魔王を討伐しに行くようなゲームです。しかし役割は混在していて、他の部の部員も自分は勇者だと思っています。自分のチーム以外は皆魔物、みたいな設定だと思います。その為敵チームと遭遇した時に対戦が強制的に行われます。その対戦に勝利すればその部員を討伐できます。そして、討伐された部員は地獄と呼ばれる待機所に運ばれます。しかし、地獄に運ばれた部員は助け出すことが出来ます。地獄に設置されている、蘇生のオーブと呼ばれる装置に、必要量の魔力を放出すれば部員は生き返り、戦闘に復帰できます。オーブの魔力要求値は回数を追うごとに増えていきますので、何れ助け出せなくなり、最後に生き残っていた部員がいる部が優勝となります」
ルールを暗記して、要約して伝えてくれた日向。しかし淡々と喋るその姿は、ルールブックが服を着て歩いてるような違和感しか与えなかった。
「なるほど。つまり勝ち続ければいいんだな!」
日向の要約をさらに要約した杉松が、自分の拳を掌に打ち付けながら言った。
「李音はそれでいいかもしれないけど、一応決勝だからね。ある程度の作戦は立てておいた方が良いと思うんだ」
「あー、メンドクサイ事はパス。うちが特攻するから他は任せるわ」
佐伯の提案に杉松は手を振って佐伯の提案を蹴った。彼女は少し離れたベンチに横になり、目を瞑ってしまった。
「じゃあ李音は特攻させとくとして、みんなはどうする?」
三人を見ながら言った佐伯に湊は、
「私も、まだ暴れ足りないので、出来れば攻勢に回りたいのだけれど」
と自分の希望を吐露した。
(さっきあれだけぶっ壊してまだ足りないのか)
と言う勇貴の視線に気づき湊は一瞬勇貴を睨んだ。咄嗟に目を逸らして、何も思ってませんよ風な体裁を作り出した。
「勇貴は? どうしていたいの?」
湊が勇貴の希望を聞いたが、
「俺は地獄の門番をするよ」
と分かりきった答えを出した。
自チームの誰かが討伐された際は、自チームの管理する地獄に送られることになる。
「いや、門番は僕に任せてほしい。ゲームが進んだら、きっと彼女が動き出すはずだから」
しかし、佐伯が門番を買って出てしまったので、勇貴は引き下がるしかなかった。
「なら、勇貴は私と一緒に行きましょう」
「わかりました。わかった、行こう」
前半は佐伯に、後半は湊にそれぞれ答える勇貴。
「そして、日向さんは伝令を任せたいんだけど」
「わ、わかりました」
佐伯の要請に応じる日向。戦場を縦横無尽に駆け巡る杉松を追うのは大変そうだ。
日向は懐から、同じ絵柄のタロットカードを十枚取り出し、呪文を唱えた。
そしてそのカードを二枚ずつ全員に配りながら、
「このカードを額に当てて念じれば、カードを持つ人同士で会話ができます。でも、額に当てていないと会話ができないので、魔力の受信に気を配ってください」
「魔力の受信?」
体内魔力を持たない勇貴は何の事だか分らなかったが、
「了解」
佐伯があっさり頷いたので、聞き返す機会を失った。
さりげなく湊にアイコンタクトを送るが、湊も分かっていない様なので、まだ授業でやっていない事なのかと納得した。
勇貴はとりあえず、カードを取り出しやすいポケットに仕舞った。
『パンパカパーン! 決勝戦に出場する皆さん! 時間がやってまいりました! 準備は出来てますでしょうか⁉』
いきなり召集所のモニターが映り、戸斧戸春の甲高い声が響いた。
『観客は既に温まってますよ! なのでもう入場しちゃっても良いよね!?』
モニターが観客席の様子を映し出した。早くも興奮状態にある観客が熱気を帯びて騒いでいる。
『会場のみんなー! 出場者は準備出来てるってさ! いきなりだけど、カウントダウン始めよう! じゅーう! きゅーう!』
「僕ら、準備オーケーなんて言ってないのにね、全く困ったもんだよ」
佐伯が戸斧の自由奔放さに呆れて言った。
緩やかに会場でカウントをコールする声が、召集所まで届いてきた。
カウントダウンが五を切ったその時、いきなり、五人の黒服の集団が召集所に入ってきた。
「なんだお前らは!?」
最初に気が付いた杉松の声が響いた。
勇貴たちがそちらを見遣るころには、黒服の五人はそれぞれ一対一になるような構図で、魔法大戦部の面々の前に立ち、それぞれの体に触れた。
『さーん! にーい! いーち! ゼロ! 決勝戦スタート!』
暢気な雰囲気でカウントを終え、ゲーム開始を宣言した戸斧の声を最後に、勇貴の意識は遠のいた。
10
目を開けると、鬱蒼とした森の中が視界一面に広がった。
立ったまま目が覚めたような、不思議な感じがした。
体は起きているが頭は寝ているような、ボーっとした意識を少しずつ整えて、勇貴は状況を整理していく。
(桜嶺祭決勝戦で、スタートの直前に黒服の集団が押し入ってきて……、皆は⁉)
気付いて周囲に目を配る。しかし自分の他に誰の姿も見えなかった。
(そうだ、タロットカード)
勇貴は、連絡手段に渡されたタロットカードを取り出し、額に当てた。
誰かと繋がるように祈りながら、
「みんな、無事ですか!?」
呼びかけたが、返事がない。
(皆魔力受信に気が付かない……訳ないよな)
湊はともかく、日向や佐伯が気付かないわけがないと悟り、もう一度呼びかけた。
「みんな無事なら返事してください!」
やはり、繋がらない。歩いて探したほうが早いか、と考えていると、
『あ、市浜くん? 僕は無事だよ』
と、のほほんとした調子の声が返ってきた。
「佐伯さん? 良かった、繋がった」
『無事と言うかまた面倒くさい演出だよね。心配しなくてもこれは魔法りょ――』
会話途中で通信が途切れた。
「佐伯さん!? どうしました!?」
再度呼びかけるが、やはり反応は帰って来ないままだ。
その間も、他の三人からの連絡もない。
(やっぱり、探しに行かなきゃ)
勇貴は決心し、方角も分からない森の中を歩き出した。
(暖かかった日中の事を考えると、ここはやはり日本のどこかか)
体感気温は日中のそれとあまり変わらない気がしていた。
日は少し傾いているが、鬱蒼と生え茂る木々の所為で辺りは薄暗い。
取りあえず太陽の方向に向かって歩いていると、少しずつ靄がかってきた。
気温もすぐに落ちていくだろう。
(一体あの連中はなんだったんだろう? 佐伯さんは演出だと言っていた。やっぱりこれも決勝戦のイベントなのか?)
勇貴は答えの分からない問いを頭の中に浮かべながら歩いていたが、佐伯が見つかれば答えにたどり着くだろうと思い、考えるのを止めた。
(湊は、大人しくしていてくれると助かるんだけど)
次に勇貴は湊の心配――ではなく、自分の心配をした。
訳の分からない状況に放り込まれて炎魔法を乱発されたら、かなりの高確率で巻き込まれて死ぬ自信がある。
歩きながら時折、タロットカードを使って湊に呼びかけていたが、やはり応答はなかった。
五分ほど歩いていただろうか。前方斜め右方向から、爆発音が聞こえた。
勇貴は小走りで、しかし足音を極力殺しながら、爆発音のした場所に近づいていった。
爆発音は大きくなり、次第に他の音も聞こえていることに勇貴は気が付いた。
雷が鳴っているような轟音や、熱した鉄板に水を弾いたときに鳴るような蒸発音。
少し斜面を登った先で、閃光が瞬いた。勇貴は斜面に腹ばいになり、その先を覗く。
その下には盆地の様になっている空間があり、そこで一組の男女が戦闘を繰り広げていた。
一人は日向御星。もう一人は見知らぬ男。
(たしか魔法戦争部の……)
勇貴は頭の中から不確かな記憶を持ち出した。
魔法戦争部の男子部員は、両手を後ろ手に構えて呪文を詠唱している。
「――――破ー!」
前半は聞こえなかったが、後半の半ば絶叫になった技名を発して、両手を突くように前に出した。
呪文詠唱の途中から両手には光の球が浮かび上がっており、突き出された両手に呼応して光の球から光線が伸びていく。
日向は、自分に迫ってくる光線に対する迎撃準備を、既に終えていた。
タロットカードの「守り人」のカードを三枚取り出し、前方に投げ出した。
カードは三角形の位置で宙に浮き、光の線で辺を作る。
光の三角形となったカードは、そのまま日向を守る盾となり光線と接触した。
金属と金属がぶつかり合う様な、不快な音が鳴り響いた。しかし光線は盾を削ることが出来ず、力を失って消えた。
攻撃が止んで光の盾を消した日向は、新たに五枚の「妖精」のカードを取り出した。
「フェアリーダンス、ロンド!」
カードは回転して光を帯びていく。五枚の光の円盤になったカードは、敵に向かって直線的に飛んでいった。
敵の防御は間に合わない。成す術無く魔法をその身に受けて宙に浮いて、錐揉み回転をしながら倒れ伏した。
フリスビーの様に手元に戻ってきたカードを受け止めた日向は、敵の次の動きに備えた。しかし、敵は動かない。気を失ってしまっているようだ。
警戒態勢を解いて、安堵の表情を浮かべる日向。そこに、
「日向先輩!」
「ひゃっ!?」
勇貴が大きな声で話し掛けると、日向は驚いて飛び跳ねた。振り向き様にタロットカードを懐から取り出し、呪文詠唱を始めた。
「ま、待ってください! 俺です、市浜です!」
必死で呼びかけて、日向の動きを止めようとする勇貴。
「あ、市浜、くん?」
その甲斐あって日向は呪文詠唱を止めて後輩を認識した。
「驚かせてすみません。日向先輩の魔法、凄いですね」
勇貴は率直な感想を述べた。
「プリティウィッチの魔法とは違うみたいですけど、そんな何パターンも魔法って使えるもんなんですか?」
普通、自分に合ったスタイル――呪文や魔法陣、薬品、武具に魔法を付与したりと、多種多様な――の魔法を見つけ出し、それを極めることで己の魔法レベルを高めるのだが、日向は少し違うように勇貴には思えた。
「きらはの魔法は、もう忘れて……」
やはり恥ずかしさのあまり顔を赤く染めて、俯きながら日向は呟いた。
「今のカードの魔法はどんな魔法なんですか?」
そんな日向を気に留めないで勇貴は質問を続けた。気の強い女性ばかりが周りに居たので、内気な女性の扱いには慣れていない。
「今、タロットカードにハマってて、タロットカードの絵柄と意味を抽出して、魔法として顕現させているの。組み合わせ次第で、幾通りも生み出せるんだけど、まだ全てを試していないから、あまり使えない」
日向は話題が変わったことに安堵して、自分の魔法の説明をした。
「ハマってるって、それだけの理由でスタイルをコロコロ変えているんですか?」
理由はどうあれ、魔法のスタイルを変えることは普通はしない。よっぽど自分に不向きのスタイルだったと後悔でもしない限り、そのスタイルを貫く方が魔法の成長は早いからだ。
「じゃああの連絡用のカードは、どんな意味のカードなんですか?」
「あのカードは『矢文』と『赤い糸』の組み合わせで、同じカードで、同じ魔力を帯びたカード同士が共鳴し合うように…… あ、」
勇貴の矢継ぎ早に浴びせてきた質問に答えていた日向は、しまった、と言う様な表情で声を漏らした。
「どうしたんですか?」
何事か、と勇貴は不安になりながら日向の言葉を待った。
「私は伝令役をやるつもりでいたから、戦闘は無いと思って、あのカードを皆に渡したんだけど……」
「なんかマズイ事でもあるんですか?」
「マズイと言うより、戦闘で別の魔法を使ったから、あの連絡カードはもう効力を失っている筈なの」
げんなりとした様子で説明を付け加えた。
「日向先輩が戦闘を始めたのはいつくらいでした?」
もしかして、と考えながら勇貴は日向に別の質問をした。
「ここに飛ばされてから、直ぐだったと思う。カードの受信に気が付いて、取り出そうとしたら、あの人に見つかって、魔法で攻撃を仕掛けられたの」
「やっぱり、佐伯さんと連絡が途絶えたのも、その後誰とも連絡が取れなくなったのも、それが原因なんですね?」
勇貴の予想が確信に変わりその事実を日向に確認した。
「たぶんその筈。ごめんなさい」
日向は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いえいえ、日向先輩が悪い訳じゃありません! 全ては襲ってきた、アイツが悪いんですよ!」
そう言って、地面に倒れている男を指さして勇貴は日向を弁護をした。
しかし指さしたその先には、男は居なかった。
勇貴が首を傾げていると、
『ゲーム開始十五分が経ちました! 今まで討伐された魔物を発表します!』
いきなり、周囲の木々から、実況の戸斧戸春の声が聞こえてきた。
同時に、ファンファーレの様な音楽と共に、空にホログラムの映像が映し出される。
今しがた倒した魔法戦争部の男子生徒を筆頭に、他三名の戦死者の顔写真が浮かび上がった。
先の生徒は、地獄と呼ばれる場所に転送されたのだろう。
残りの生徒は、勇貴には見覚えはなかった。
「魔法戦争部二名、魔法召喚部二名、ね」
日向が死んだ生徒の所属している部を、映像を見ながらつぶやいた。
「うちは誰もまだ死んでいなくて良かったです」
部員の実力を考えれば、勇貴より先に死ぬような人間など居なさそうだが、それは口にしない。
「ってか、ホントに桜嶺祭の決勝なんですよね? 変な集団に襲われた時は何事かと思いましたよ」
「多分あれは、魔法旅行部の転移魔法を掛けに来た人たちだと思う。あんな機敏に動ける人たちを、どこから集めてきたのかはわからないけど。そして多分ここは、国立臨海魔法公園だと思う」
日向が勇貴の疑問を肯定した。勇貴は、実は不安でいっぱいだったのだ。
これがゲームだと分かれば、もう心配することはないだろう。と勇貴は考えた。
何かの陰謀に巻き込まれたわけではなく、訳の分からない異世界に飛ばされた訳でもない。
プログラム通りに進行されている事柄なら、自分も湊たちも、危険はないだろう。
「とは言え、佐伯さんたちと連絡が取れなくなっちゃったのはどうしよう?」
勇貴は次の自分の行動を考えるための情報を日向に確認した。
「日向先輩、臨海公園の地理は分かりますか?」
「詳しくは知らないけど、国立臨海魔法公園は首都沿岸部に建てられた、三キロメートル四方の広さの公園で、国内最高の敷地面積を誇るって言うのは、この前授業で先生が雑談してた」
授業中のちょっとした雑談まで記憶していることに、勇貴は驚かなかった。
雑談の全てまで記憶できない様では、無魔力で桜光学園に入学すること自体不可能だ。
「なら、皆を探して合流するのは難しそうですね……。日向先輩はどうしたら良いと思いますか?」
「もしかしたら、皆に渡したタロットカードを手繰って、居場所がわかるかも知れないけど、多分意味はないと思う」
「なぜです?」
「だって、合流する必要が無いもの。誰かが死んで、地獄の場所を探さなきゃいけない、って状況なら、その魔法を使って行けば良いけど……」
勇貴と日向では、決定的に価値観が違うらしかった。
こう見えても日向御星は、桜光学園二年の首席生徒なのだ。
チームが合流することに否定的は日向は、
「私たちも分かれて行動した方が良いと思う。その方が効率的だし。魔法戦争部も既に二人戦死者を出してるから、千堂さんが本格的に動き出す前に、魔法戦争部を攻略した方が良いと思うから。だからもし、市浜くんが、佐伯先輩の援護をすると言うなら、大体の居場所を検索するけど?」
日向の提案に勇貴は少し考えて、
「念のため、佐伯さんと合流します」
とだけ答えた。
「そう」
日向は一言だけ返すと、タロットカード「北極星」を取り出して呪文を唱えた。そしてそのカードを勇貴に渡しながら、
「多分、これで佐伯先輩のところを示していると思う。私が他の魔法を使うとまた効果が消えちゃうから、早めに見つけて」
と念を押した。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、あとでね」
日向は笑顔で言って、北の方へ駆け出して行った。
その姿を目で追い、木々の間に日向が消えていったのを確認した後、勇貴はカードに視線を落とした。
縦長のカードに描かれた一つの光点。北極星を意味するその光は、佐伯優の居場所であるだろう、右側に偏っていた。
そのまま右側に向き直ると、今度はカードの上側に光点が移動する。
「なるほど、こういう仕組みか」
その場で勇貴が回転すると、カードの光点もコンパスの針の様にくるくる回る。
光点がカードの頂点に来る方角を再度確認し、勇貴はそちらに向かって走り出した。
日向がまた戦闘に巻き込まれない保証はない。出来うる限り急いで佐伯と合流を果たしたかった。
(さっきから妙な胸騒ぎがする。決勝で緊張してるだけじゃなくて、もっと不愉快な何かがある気が……)
走りながら、未だ落ち着きを取り戻さない心情に、勇貴の不安感は大きくなる。