不穏
6
百以上存在する部活動の名前を、すべて書くだけでも骨が折れると言うのに。
それを部のレベルを鑑みて、トーナメント表に書き込む場所を一々相談してから書いていったら、それだけで陽が暮れてしまう。
だが、それを男二人だけで黙々とやっていると、半分を書き込んだあたりで昼休みに突入した。
「とりあえずここで中断しよう。市浜くんは教室に戻るんだよね?」
佐伯がそう切り出したので、勇貴は教室に戻ってきた。
教室では、クラスメイト達が弁当を広げていた。
勇貴もそれに倣い、自分の席で弁当を広げて食べた。勇貴の後に教室に戻ってきた傍島と食事の時間を共にした。
昼休みが終わるころ、担任の松下みつばが教室にやってきて、午後の予定を告げた。
午後は、部を決めた生徒はその部に仮入部して、実際に体験できるという。
仮入部もなにも、勇貴は既に入部を果たしているので全く関係なかった。
部室に戻り、佐伯と日向と湊の四人でトーナメント表を書き込んで完成させた。
そろそろ終業のチャイムが鳴るかと言う頃、くぐもった爆音のような音が校舎に響いた。
何事かと校庭を見下ろすと、一階の端の方から煙のようなものが上がっていた。
「佐伯先輩、あれは?」
「うーん、どうやら異常な事態が起こったようだね」
佐伯は特に慌てている様子もなく言った。
「取りあえず、みんなで見に行こうか」
と三人を促し廊下へ出る。駆け足で階段を降りて、煙が上がっていたと思われる教室に到着すると、数名の野次馬が居たが、煙のようなものは既に晴れていた。
その教室の中に女子生徒が一人立っていた。
「やあ千堂さん、事態を収めてくれたのは君かな?」
佐伯がその生徒に話しかけた。
千堂と呼ばれた女子は、凛としたポニーテールを揺らして佐伯の方を振り向き、
「あら、佐伯くん遅かったじゃない。ここは我が魔法戦争部が預かっているわ」
と腕を組んで、仁王立ちのまま告げた。
「と言っても、私が来たころには既にこの状態よ」
千堂は教室をぐるりと見渡して言った。
教室の中央には、消えかけている魔法陣――それも複雑で、教室の床一面に広げられているほど巨大な――がある他には、特に変わったところは見えなかった。
「今から捜査をします。野次馬はここから消えて頂戴」
千堂がそう言うと、まるで権力者の言葉であるかのように野次馬は散り散りになった。
千堂は、腰につけているポーチから試験管のような物を取り出した。その中に入っている液体を魔法陣の中心に数滴垂らす。
床に落ちた液体は光の筋となり、消えかけている魔法陣を再現した。
ポーチからまた違う試験管を取り出し、中身を振りかけた。
その雫は魔法陣に触れると床の中に消え、数瞬後にミルククラウンの様に跳ね返ってきた。
クラウンの中心点の一際大きな雫は、千堂の頭を少し超えた辺りまで上昇し、消えた。
「うーん。この魔法陣が発動してから、まだ数分しか経っていないみたいね。魔法陣がどういう効果のものなのかはわからないけど」
液体の反応を見て千堂は一つの推理を導き出した。
「これほど大掛かりな魔法陣に使う魔力は少ないわけがない。たぶん私でも三人分の魔力が必要な大きさよ。これを生徒がやったとして、絶対に複数、術者がいるはず。問題は、その術者たちは何が目的で、何の魔法陣を描いたのか、よね」
千堂は自分の考えをまとめていった。しかし肝心の部分が分からない。
「たぶんこれは、異世界とのゲートとか、橋渡しみたいな意味の魔法陣だと思います」
そう答えたのは、勇貴だった。その場の全員の視線が自然と勇貴に集まる。
勇貴は魔法陣の外周を歩きながら説明を続けた。
「魔法陣のこの部分とこの部分、この世界と他の世界の繋がりを示すと同時に、この陣の中でのみ作用するような防護柵のような効果を持つ文字が書かれています。そしてこの部分は、恐らくその世界からの、移動を可能にしたものかと。 あ、ここは古代文字で使役とか服従って意味の単語が見えます。つまり、この魔法陣は、他の世界の何かを呼び出し、それを意のままに操ろうとしていた目的が見られます」
魔法陣を一周したと同時に説明を終えた。
教室は静寂に包まれている。
「凄い……。一年の君が、なんでそんな知識を持っているの?」
千堂は驚きを露わにした。
「君、良かったら私の魔法戦争部に入らない?」
千堂はいきなり勇貴を勧誘したが、勇貴はそれに答えなかった。代わりに佐伯が、
「残念だけど、この子はもううちの子なんです」
と、おちゃらけて答えた。
「うー! また佐伯に負けた……」
千堂は異様に悔しがる姿を見せた。
「そんなこと、今話している状況じゃないですよ」
しかし、当の本人は冷静に、しかし、逼迫した面持ちで続けた。
「あくまで仮説ですが、この魔法陣、魔族を――それもかなり高位なものを――召喚したものだと思います」
魔族。
あるいは悪魔と呼ばれ、お伽噺の中で、人間を恐怖に陥れる象徴的なものとして描かれている存在。
しかし、それは魔法を無断で使わないよう子供たちを躾けるために、大人たちが使う方便みたいなものだと思っていた。
でも魔法と魔界や魔族、悪魔と言ったものは密接な関係があることは周知の事実であり、魔法が使える現実は、魔界も魔族も存在するというが証明でもある。
魔族は、人間よりもはるかに高度な魔法を扱う。下級魔族ですら、一体体内の魔力レベルは百を超えると言われている。
文献にこそ残っていないが、遥か昔、魔族が世界の壁を越えてこちらの世界に災厄をまき散らしたという史実が残っている。
「バカな! 人間が高位な魔族を召喚するだけでも、国家規模の魔法陣作家が何人も、数週間もかけて魔力を送り続けなければならないと言われているんだぞ! それを従わせて、服従させるなんて不可能だ!」
声を荒げて否定したのは、意外にも佐伯だった。
「俺も不可能だと思います。だからこその仮説です。でも状況が、そう物語っているんです」
自分の考えが間違っていることを否定せずに、勇貴は自分の考えを押し通した。それが不正解の答えであることを望みながら。
「日向さんは、どう思う?」
佐伯が後ろにいる日向に問いかけた。
「私は、市浜くんの考えが全て間違っているとは思えません。私は古代文字には疎いですが、それでも理解できる節がこの魔法陣には含まれています。この陣は、古今東西の言語や文字や記号を用いて作られたかなり複雑なものだと思います。それが高度かどうかはわからないですが、その効果も、複雑なものであることに違いはないと思います」
日向の発言を聞いて、佐伯は黙り込んでしまった。まるで嫌な古い記憶を思い出したかのような顔をしている。
「それで、この場はどうするんです?」
湊が、恐怖を見せながら佐伯に問いかけた。
「……一先ず、この魔法陣を消しておく。そして、この陣を書いた人間を探し出す。事が終わるまで、この事は他言無用だ。七海も良いね?」
「ええ……」
千堂七海は、あっさり承諾した。
一同は魔法陣の痕跡を一切消去させ、各々の教室へと戻っていった。
7
魔力とは、魔法を扱う時に必要なエネルギーのことである。
通常体内に保有している魔力を、呪文や儀式などの形式に乗せて魔法に変換しながら、体外へと放出する。
それがこの世界における一般的な魔法の使い方。
しかし、魔族やそれと称される人間外の存在は、――体内魔力の保有量も大きいのだが――空気中に漂う、「体外魔力」――「空間魔力」とも呼ばれる――も使用して魔法を行う。
昔、魔族の使う強力な魔法の要因は、空間魔力を使用しているからであると言う発表がされたことがあった。
その発表の正しさは、各国の研究機関によって証明された。
すると今度は、国と国とで争うように、空間魔力を使用する方法の研究が進められた。
そんな中日本では、空気中に漂う魔力の濃度を高める研究が行われ、空間魔力を生み出す装置を完成させた。
十六年前に完成し、魔力吸収機と名付けられたその装置は、異世界――魔族の住む魔界――にゲートを開き、魔界の空間魔力をこちらの世界に転送させることに成功した。
空間魔力の濃度を上昇させることに成功したが、肝心の空間魔力を使役する方法が見つからなかったので、日本の研究は世界的に大きな成果を上げられなかった。
チョークが黒板を叩く音が響いて、教師が板書したものを、生徒たちが必死になって自分のノートに書き写す時間が続く。
一旦記憶の隅に追いやることになった魔法陣事件から、三週間。
勇貴たちは日常を過ごしていた。
と言っても、魔法知識の授業や魔法実習などは勇貴にとって初めての連続で、とても日常と呼べる実感は湧かなかったが、ひとまず高校生らしい生活を送っている。
現在は魔法制御学の授業中。担任の松下みつばの専攻であるため、教鞭を取っているのも彼女だ。
先週の授業では、魔力とは何ぞやと言う基本的な内容をおさらいしたが、 今週からは魔法制御の基礎に入る。
みつばは年度最初の授業で、「みなさんの現状の知識レベルを知っておきたいので、今から抜き打ちテストを行いまーす☆」と、スパルタ教師っぷりを発揮した。
魔法実技では魔力レベルの関係で、最低ランクのF組の中ですら最下位をキープしているが、座学では勇貴の右に出るものはいない事が分かった。
抜き打ちテストで勇貴が満点を取ると、みつばは「今日満点を取られてしまうと、今年先生が教えることが無くなってしまうので困ります」としょげていたが、クラスの平均点は二百点満点で九点にも満たなかったので、今は活き活きとした表情で板書している。
「いいですかみなさん。魔法の制御には、呪文詠唱だとか、儀式を行ったりだとか、実に様々な方法がありますが、魔法を使用する際に、必ず必要になってくるのが『イメージの固定』です。イメージを固定させるために、それぞれが一番やりやすい方法を見つけるのが、魔法を安定させて使える方法なのです」
黒板一面に板書し、皆がノートに書き写すのを終えたころ、板書した要所要所の説明を付け加えていくのが、みつばの授業スタイルだ。
板書されない重要な部分を、口説明でさらっと終わらせてしまうこともあるので、クラスメイト達はノートの写し以上に集中して、みつばの言葉に耳を傾けている。
勇貴も、自分の知識量に驕らず、全ての授業を真面目に聞いていた。
勇貴の目標は、授業で一位を取ることではなく、知識を集めたその先にあるのだから。
「先生が、魔法を使う際にしていることは……、は、説明しないでおきます☆」
みつばは、星がバッチーンと飛び出るようなウインクを生徒たちに飛ばした。
「なんでよー、教えてよせんせーい!」
とクラスでお調子者のポジションに付けた加間禎幸がみつばに強請ったが、
「先生は秘密主義なのです。それに、先生が見せた魔法で、変な先入観を持たれてしまうと、皆さんの今後に影響を与えてしまうかもしれないのです。なので今日お見せするのは止めておきます」
と理由を付け加えて却下した。
「じゃあいつか見せてくれるんですか?」
と加間ではない誰かが聞いた。
「みなさんが自分に合った方法で、正しく魔法を扱える日が来たとき、先生は喜んで魔法を皆さんにお見せしますよ」
皆の成長を願っています。とみつばは言外にエールを送った。
その後も授業が続き、みつばは一度黒板の文字を消し、もう一度黒板一面に板書をした。
「ここまで書き写した人からお昼休みに入っても構いません。次回はここから再開します」
みつばが書き終わると同時にチャイムが鳴り、生徒にちょっとした残業を科すと、教科書類を纏めて教室を出て行った。
勇貴はクラスで一番に書き終わったのだが、この空気でいきなり弁当を広げるのも気が引けるので、携帯電話でニュースのヘッドラインを見ていた。
空間魔力を伝導させて端末に情報を送る装置で、空間魔力の濃い国や地域でしか使えないものだったが、今はローマ字三文字の名称の、繋がりやすさナンバーワンの技術が確立されたので、日本全国どこでも使えるらしい。
ニュースの一番多いトピックスは、数日前から世界各地の魔法研究機関で相次いで起きている魔力暴走事故について。
ワイドショーなんかでは、事件性があるものとして騒ぎ立てられている。
古くもなく新しくもない研究所ばかりが事故を起こしているから。
全ての事故現場には、似たような魔法陣が残されているから。
中には、同一の研究所から派生した子・孫研究所であるという都市伝説まで持ち出して、昼夜問わず騒いでいる。
日本でもいくつもの研究所が暴走事故を起こしているが、国家警察――魔法能力に長けた超エリート――の腕にかかっても、未だに解決の兆しが見えていないらしい。
「よ」
ついに通例となった簡略された挨拶をしながら、勇貴の机にやってきたのは、これもお決まりになっている、傍島誠二だ。
「よ」
同じく返事を返し、弁当を持ってきた傍島を迎える。
「いやー、みっちゃん先生の授業しんどいわ。黒板書くスピードが追い付かねえんだもん」
勇貴の前の椅子を反転させて座り、勇貴の机に自分の弁当を広げながら傍島は不満を垂らした。ちなみに勇貴の前の席の鮎沢御籠は、毎日女子数名と学食で食事を取るので、この時間は不在となる。
「でもみっちゃん先生、全員書き終わるまで待ってくれてるでしょ?」
勇貴も弁当を広げながら、みつばを弁護した。
「それだけじゃないんだ。俺なんかもう授業の中身が理解出来なくなり始めている」
「え。まだ基礎の基くらいの部分しかやってなくない?」
勇貴は毎日弁当に入れられているブロッコリーを一番初めに食した。
嫌いという訳ではないが、どうも好きになれない弁当のおかずで一、二を争うものだから。
「もともと俺は、入試でカンニングしなければこの学校に入学することも出来なかった人間だぜ。普通の授業に付いていける訳がない!」
傍島は、肉の塊を口の中に入れながら、全く誉れにならないことを自信たっぷりに言い放った。
「じゃあ日々の予習復習が大切だよ」
勇貴はこれ以上ないほどの適切なアドバイスを友人に送ったが、
「いや、部活が忙しくて」
と言い訳をしてアドバイスを聞き入れなかった。
「魔法野球部どう?」
傍島が所属した部活動について詳しく聞いたことがなかったので、なんとはなしに聞いてみた。大して興味があるわけではないが。
「まぁなんというか地味だな。普通に野球してるし」
「魔法野球でしょ?」
勇貴は疑問を投げた。
野球と言う球技は、あの、九人のチーム二組がボールを投げてバットで打って点を取る球技である。魔法を一切使用せずに、己の肉体のみで行う野球競技を野球と呼び、野球競技に魔法を付加させて、燃える魔球とか消える魔球とかをベーシックに、ほとんど魔法合戦のような野球競技を、魔法野球と分別している。
プロ野球と呼ばれ、大衆娯楽となっているのは野球で、魔法野球よりもメジャーである。
この学園にも当然、野球部と魔法野球部がある。
「そうなんだ。やっぱりプロのある野球の方が人気なのかなー。そもそも、魔法レベルの高い奴ほど、スポーツ系の部に入らないし」
「まぁそうかもね。魔法研究とかの方が人気あるかもね」
勇貴はこの三週間で関わってきた、校内の魔法事故や事件について思い出していた。
規模の大きい事故や事件は、やはり魔法研究系の部活に多かった。運動系の部活でそう言ったことに関わったことは、入部してからはまだ一度もない。
「だからほとんど一人で練習してるよ。俺の考えた魔球、『飛ぶ三つ目』が完成すればきっと、魔法野球界に革命が起こる!」
傍島は箸を握りしめて意気込みを吐露した。しかし、
「魔法の構成理論は出来てるの? 構成式は? 飛ぶ三つ目って名前からして、属性混成魔法だよね? 魔法界の十属性もまだ覚えてないのに飛ぶ三つ目なんて魔法使えないでしょ」
「うっ」
勇貴の論理的すぎる反論に、言葉とご飯を詰まらせた傍島。慌ててお茶を飲んで喉の奥に流し込む。
「だったら尚更、みっちゃん先生の授業が大切になってくるんじゃないの?」
勇貴は志の高い友人に、もう一度アドバイスを掛けた。
「うぅぅぅ」
傍島は唸るように考えこんだ。
(これもお前のためだ。許せ)
と、思いとは裏腹に、大好物のウインナーをひょいと摘み上げ、味わって食べた。
傍島が結構意気消沈してしまったので、会話が止まってしまった。
勇貴は先程のニュースで気になる項目があったことを思い出したので、携帯電話を取り出して操作した。
魔力暴走事故発生の一部始終が録画されたと言う、映像投稿サイトへのリンクが張られた記事。現場を偶然録画していた一般市民が投稿した映像が、いまテレビで放送されているワイドショーの話題の種になっているとか。
勇貴はそのリンクを開き、視聴を開始した。
映像を記録しておく魔力量が非常に大きく、魔力の転送が通常の通信より遅い。映像が開始されるまで時間がかかった。
「何見てんの?」
絶望の淵から復帰した傍島が訪ねてきた。
勇貴は答えず、携帯電話を傍島にも見やすいように置いた。
映像は二分程度のものらしい。
ある程度編集されているのか、観光客と思われる男女がポーズを取ってアップで映っているところから動画が始まる。
男女の後ろで、広い敷地に建てられた平屋の建物の一部が突然爆発した。オレンジ色の閃光と爆炎が立ち込め、周囲の人間はパニックになり逃げ出している。
撮影者は逃げ惑う人々の間で、必死になって撮影を続けていたらしい。撮影者と思われる人物の悲鳴が爆発音に被って鮮明に聞こえる。
近くにいた有志の人々が、消火のための魔法を浴びせているが、炎の勢いは治まらない。
不意に、建物の上数メートルの空中に、光の魔法陣が顕れた。直径二~三メートルの大きさの魔法陣が、幾つも顕れて半球状に展開され、建物を包み込んだ。
魔法が完成したのか、組み合わされた魔法陣は一際強い光を放ち、消滅していった。
そのあとには建物など無く、唯、むき出しの地面が見えていた。
「な、なんだよ、これ」
映像が終わって呟いたのは傍島だった。
「最近頻発している魔力暴走の映像……だって」
「こんなことが起きてんのか?」
「傍島、お前もうちょっとニュースとか見た方がいいぞ?」
世間知らずの傍島に勇貴がまたもアドバイスを送った。
そのアドバイスに従ってか知らないが、傍島は自分の携帯電話で、関連ニュースの検索を始めた。
勇貴は、もう一度映像を見る。
(気になる点は二つ。最初の爆発の原因と、魔法陣の効果について)
そのことに注目して再生ボタンを押した。
観光客の二人の間から爆炎が上がる瞬間、一時停止ボタンを押してその状況を詳しく探る。
映像の魔力容量が大きいため、映像はある程度拡大しても細部まで見えるほど画質が良かった。
爆発の数瞬前、画面の左端から何かが飛んできている、ように見えた。黒い小さな――鳩より大きく、人間より小さい――何かが建物に触れたと同時に、爆発が起きたように見えた。
もちろん、遠近の関係で鳥が建物の裏手に降りたのかもしれない。
しかし勇貴には、これが全く関係のないものには思えなかった。
そして、魔法陣が顕れるまで映像を早送りし、一つ目の魔法陣が顕れたところでまた一時停止をした。
一つ目の魔法陣は、地面と平行になるように顕れたので、撮影された角度からは手前側の一部しかはっきり見えない。
広義で『転送』を意味する文字が使われている。どこからどこへ、何を転送するものかはこの魔法陣からは判断できないが、勇貴はその後に顕れた複数の魔法陣を転送するための魔法陣だと予想した。
その後に顕れる魔法陣は、すべて同時ではなく、まるでパラパラ漫画のコマを捲っているかのように、一つずつ顕れていた。それでも、一秒もしないうちに建物全体を包み込んだのだが。
(魔法陣の形成スピードがあまりにも早すぎる。予め準備をしていたとしても、ほとんど同時に転送するのは難しい業だ)
それに、と勇貴は考えを纏めていった。
(片面に見えているだけでも、およそ百。全部で二百を超える魔法陣を作るのは、一人では無理。これが何者かの仕業だと考えて、犯行グループは百人から二百人で構成されているはず。テロと同じじゃないか……)
一連の事件がテロだとしても、今日まで犯行声明のようなものが発表されていない。
さすがに無目的すぎるだろう。と考え、テロの可能性を排除しようとしたが、百人単位の人間が纏まって悪事を働く理由については、勇貴には見当もつかない。
そして、気が付いてしまった。
(この魔法陣、一つ一つが全て違う効力を放っている!)
映像に見えている魔法陣は百数個だが、その全てが違う言語、文字、文様、記号、図形を使っていた。
中には勇貴の見たこともない文様や、構成のものもあり、魔法連陣の作り出した最終的な効力や目的が、全く持って理解できなかった。
机の中からノートを取り出し、魔法陣の幾つかを書き写した。
勇貴は魔力を持たないので、万に一つも魔法が発動することはない。
(これは、あとで調べてみる必要がありそうだ)
勇貴は早速図書室に向かうべく、残っている弁当を胃の中に書き込んだ。
食べ終わって気が付いたが、既に傍島の姿は教室にはなかった。