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超能力者の魔法大戦  作者: 姫浴衣
3/13

「プリティウィッチきらは」



 全校生徒は魔法教育に対するモチベーションを上げて、それを維持し続けさせるために必ず校内に存在する――新規で部を立ち上げることもできるが――部活動に参加しなければならない。

 波乱の入学式から明けて次の日。桜光学園は毎年、部活紹介を兼ねたオリエンテーションを実施している。

 始業時間よりかなり早めに登校した勇貴は、校門を潜るなり唖然とした。

 校庭が既に戦場の様に陥没している。その中で繰り広げられる戦闘、爆発。そしてその横を笑顔で会話しながら校舎に向かう上級生達。

 どうやらこれが彼らの日常らしい。同じ時間に登校してきた湊はもちろん、同じ学年色の赤色のネクタイをした同級生数名も、初めての光景を眺めて記憶の整理を始めている。

「おはよう! 新入生たち! 我が魔法空手部に入らないか!?」

 やおら元気の良い声で現実に引き戻される一同。とてつもなく体格の良い上級生――二年の紺色のネクタイをした――がビラを渡してきた。

 勇貴は半ば押し付けられるようにビラを受け取り、湊と共に校舎に向かった。

 昨日、佐伯に部室に来るように言われていたため、部室校舎に足を踏み入れる。

 校舎の中は騒然としていた。

 まるで真夏の縁日会場のように縦横無尽に人々が行きかっている。

「ちょっと! 薬草部! マジックハーブ炊かないでよ! うちの料理に匂いが移るじゃない!」

 近くの教室に怒鳴り込んでいく女生徒が一人。

 その教室から返事が聞こえた。

「その殺人料理で新入生に死人が出ないようにハーブ炊いてんだ!」

「私の料理で死人が出るわけないじゃない!」

「てめぇ! 今年のバレンタイン忘れたのか! ノロウイルスすら潰して何人病院送りにしやがった!」

 魔法料理部、キケン。の認識を脳内に刻み付け、勇貴は三階を目指した。

 階段の踊り場が液状化していたり、灼熱の砂漠の様に干上がっていたりしていたが、そんなサバイバルを体験してどうにか目的の部室までたどり着いた。

 魔法大戦部と書かれているプレートを確認し、勇貴はその扉をノックした。

「失礼します」

 一声掛け、扉を開けた。扉の中は通常の教室と変わらなかった。

ただ机はコの字の逆向き――黒板側が開いている――に配置されていた。

 その奥、窓際黒板側の端の席に、女生徒が一人、腰を掛けて本を読んでいた。

 眼鏡をかけたナチュラルショートの髪形の小柄な、少女とも呼べる生徒が、ちらりと勇貴と湊を一瞥したが、すぐまた読書に戻った。

 それから数秒間、お互いに何の反応もなかった。

「あ、あのー。ここって魔法大戦部の部室で合ってます?」

 勇貴は静寂に耐えられなくなり、女生徒に話しかけた。

 女生徒は、今度は勇貴を見もせず、小さく頷くだけだった。

 いよいよ耐え切れない。佐伯が登校するころまた出直そうかと考えたが、タイミングよく佐伯が部室に入ってきた。

「おー、もう来てたんだ、早いね。おはよう市浜くん、横川さん」

「おはようございます」

「おはようございます」

 勇貴は挨拶を返した。湊も挨拶を返したことに意外性を感じたが、昨日負けたことで、ある種の尊敬の念でも抱いたのかもしれないし、部に入部するにあたって先輩後輩関係になるけじめをつけたのかもしれない。

「日向さんもおはよう。早いね」

 佐伯は、彼が来てもなお読書を続ける少女に目を向けて挨拶をした。

「紹介するよ。彼女は二年生の日向御星(ひゅうがみほし)。もう会話はしたかい?」

 問われて勇貴は焦った。

「い、いえ、まだ特には……」

「だろうね。彼女、もの凄くシャイで人見知りするから。新入生を嫌っている訳じゃないから仲良くしてあげてね」

 チラッと日向を見ると、顔を隠すように本を持ち上げている。横から見えている耳が少しだけ赤い。

「日向先輩。横川湊です。二年間、よろしくお願いします」

 湊が日向の隣まで行き、挨拶をした。

「よ、よろしく」

 と、蚊の鳴くような声で返事をしたが、扉近くにいた勇貴の耳には届かなかった。

(なんか、カワエェ)

 率直な感想を思い浮かべた勇貴だった。

 最近のマイブームは小さい系少女なのかもしれない。

 佐伯が日向の正面の席に荷物を置き、黒板の上に飾られている時計を見ながら、

「あと二人部員が居るんだけど、まだ来そうにないな。あ、二人も適当なところに座って」

 佐伯が席を勧めたので、二人は並んで、黒板を正面に見据える席に腰を掛けた。

「佐伯先輩、筑紫(つくし)は、兼部の方に係るから、今日は来れない、って言っていました」

 日向が佐伯の顔を見て言った。日向の、佐伯に対する人見知りレベルはゼロに近いようだ。

「筑紫……さん、って方が来られるんですか?」

 勇貴は、勇気を出して日向に話しかけたが、

「…………」

 日向は俯いて頷くだけだった。勇貴に対する人見知りレベルはマックスらしい。

(ひと月で佐伯さんのレベルまで落とさせる!)

 と、勇貴は無駄に意気込んだ。

「そうか、じゃあ今日全員紹介するのは無理そうだな……。それより李音はどうした。また生徒指導に捕まってるんじゃないだろうな」

「生徒会の役員が、生徒指導に引っかかるって良いんですか?」

 真面目っ子である湊が佐伯に食って掛かった。

「まぁ、そういうやつだから……」

 佐伯は言葉を濁した。

 勇貴も湊も、なんだか訳ありの様子を感じて深くは追求しないことにした。

「でも困ったな。二人も欠員が居たら、部の紹介どころじゃないな」

「そういえば、生徒会や魔法大戦部の活動については一切聞いてないんですが、どんな活動をするんですか?」

 勇貴はふと思いついたように佐伯に尋ねた。活動内容も知らずに入部を決めたのか、と佐伯は呆れたが、快く説明してくれた。

「まず、魔法大戦部としての活動はね。主だった活動はしていないんだ。と言うのも、この部は夏の全国高校魔法競技会、通称インターハイの団体戦に出場するために設立されたんだ。だから、部の目的としてはまず団体戦の校内代表に選ばれることなんだ」

「そのためだけの部活なんですか?」

「そう。でもそのためには弛まぬ努力をし続けているんだ。スカウトでのみ部員を増やせるって言う部則があるから、この時期は大忙しさ。二人が入ってくれてホントに助かったよー」

 ケタケタと笑う佐伯。その表情は一刻も早く面倒から解放されて良かったと言っている。

「それとは別に生徒会の仕事はね、学校行事の取り仕切りとか、いろいろ? やっていくうちに覚えられると思うよ。トラブルには事欠かない学園だから」

 言い終わったその時、中庭の付近で悲鳴が上がった。

 何事かと身構える勇貴と湊を横目に、佐伯が落ち着いた様子で、

「ほら、早速トラブルだ」

 と言った。

「日向さん、先行して見てきてくれない?」

「了解しました」

 日向は読んでいた本を鞄に仕舞って立ち上がり、廊下へと駆け出して行った。

「二人も付いてきてよ。運が良ければ色んなものが見られるよ」

 廊下に出ていった佐伯に付いていく。

 中庭に向かう道中、佐伯は二人に説明を続けた。

「今みたいな悲鳴とか結構あるんだ。魔法の研究とか練習とかのために、魔法の使用をあまり制限しない校風でね。大がかりな魔法に挑戦して失敗したり暴走したりする生徒が多数出るんだ。失敗ならその場でドカンとかなって終わるから良いんだけど、魔法が暴走すると、発動者のキャパシティ以上の魔力で災厄をまき散らし続けるからね。そのために生徒会には、『生徒会執行権限』が与えられてるんだ。要はそういうものの沈静化をしろっていうことだね。そのための生徒会長制度だったり、部活を丸ごと生徒会にしてしまう制度だったりするのかもしれない。まぁ、そういう事件を解決させていくのが生徒会の一番多い仕事かな」

 説明終わりと同時に中庭にたどり着く。

 中庭では異様な光景が見て取れた。

 まず、大きなヘドロの塊みたいなものが目に映った。その塊は時折奇声をあげながら、うねうねと蠢いている。

 校舎に張り付くように、遠目に様子を窺う生徒たち。

 そして、そのヘドロの塊の近くで対峙するように立つ日向御星。

「さぁ、一般の生徒はここを離れて。生徒会執行始めるよー」

 佐伯が手を二回叩きながら言った。

 大半の生徒は、生徒会の魔法を見に集まってきた野次馬だったので、しぶしぶと言った具合にその場を離れていく。

「この騒動を引き起こした人を知っている人、いるかな?」

 周囲を窺いながら問う佐伯に向かって一人の男子生徒が挙手をしながら現れた。

「すみません、僕です」

「君は?」

「魔法召喚部です」

「召喚部か……。召喚魔法の失敗か何か?」

「はい……。魔界との接触と、魔獣の召喚を試みたんですが、陣が完成していなくて……」

「魔獣か。最悪、アレは消滅させてしまってもいいかな?」

「僕の力では、魔界に返せないので……」

「わかった。そういうわけだ、日向さん! やっちゃって!」

 佐伯の合図を受けて、日向が動いた。

 制服の内ポケットから、ステッキを取り出す。

 日曜朝八時半から絶賛放映中の、少女向け魔法少女アニメの主人公が使う魔法のステッキのレプリカ。四千八百円(メーカー希望小売価格)。

 大きな星とハートのスパンコールが散りばめられたステッキを前後左右に振って、軽めのダンスを踊るようなステップを踏みながら、

「キラキラハート、でっかく(そっだ)てー!」

 と呪文詠唱を開始した。

 ステッキに付いている一際大きいハート型のスパンコールがポロッと取れて宙に浮き、人の頭ほどの大きさに肥大した。

『おおー!!』

 と二階の窓から歓声が上がった。

「あれはまさしく、プリティウィッチきらはたんの必殺魔法、ラヴメテオール!」

「この世界に再現できる人間がいるとは!」

 騒ぎ立てているのは、SF実現部。魔法モノのアニメや映画を、現実世界で実行したいと言う野望をもったゲテモノが大勢いる。

 そんな観衆に見られていると知り、シャイでナイーヴな日向御星は、顔を真っ赤に染めながらも魔法を続けた。

「わ、私の愛を、うけっ、受け止めなさい!」

 巨大化したハートは空高く飛び上がり、発熱しながらヘドロの塊に落ちていく。

 ハートは小爆発を起こして元の大きさに戻り、日向の持つステッキに戻っていった。

 爆炎はすぐに晴れ、その中にはもうヘドロの塊は存在しなかった。

「おおー!! 完・全・再・現ッ!!」

「最後の決めゼリフも言ってくれー!」

 日向は、もう恥ずかしさで茹で上がりそうだった。完全に真下を向いて顔を隠しながら、それでもアニメの決めポーズを取って最後の呪文をたどたどしく詠唱した。

「あ、あなたにはっ、わわ私の愛は重すぎたのね……」

 途中で声が裏返り、最後は尻すぼみになりながら、日向は精一杯演じきった。

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 SF実現部は歓喜に沸いた。

 一度はその場を立ち去ったものの、やはり野次馬根性を捨てきれなかった多くの生徒たちも二階の窓から身を乗り出して、拍手喝采を浴びせている。

 もう耐え切れない。と言った表情でその場を駆けて逃げ出す日向。

 その後ろ姿に、

「ありがとー!」

「良いもの見せてもらったよー!」

 と追い打ちをかけていく一同。

「こりゃ、日向さんに悪い事しちゃったかな……」

 佐伯は日向に対して申し訳なく言ったが、その顔は笑いを堪えていた。

「今のは……?」

 勇貴がこの一連の流れについての疑問を口にした。

「あぁ、日曜の朝にやってるアニメの魔法だって言ってたかな。最近の日向さんはあれにハマっているらしい」

「そうではなくて、今の事件は?」

「あぁ、そっちか。魔法召喚部が魔法実験に失敗して暴走した魔獣――と言ってもかなり下級の出来そこないだと思うけど――それが校内を徘徊して騒ぎになったってところかな」

「それで生徒会が事態を納めたという訳ですね」

「そうそう。こういう事件が後を絶たないんだ。二人には明日からでも研修をして、こう言った事件を担当してもらえると助かるんだ」

「これは……難しそうですね」

「まぁ、魔法の練習と思えば、やりがいもあると思うよ。僕も最初は不安だったしね」

 勇貴の心中を察してか引き立てるような発言をする。

 しかし勇貴は別のことを考えていた。

(これは、超能力だけでどうにかできる問題じゃないな)

「さて、日向さんが逃げてしまったので、僕がこの場を収めないといけないんだけど、二人には後でじっくり説明するね。今はもう教室に戻っていいよ」

「わかりました」

 佐伯にそう言われては、今の自分たちにできる事はないだろうと思い、勇貴はその場を立ち去ろうとした。

 踵を返したが、湊が付いて来る気配がない。

 振り返り、まだ呆然と爆発跡地を見つめている湊に声をかけた。

「湊? 戻ろうよ」

「…………」

 しかし返事はなかった。

「湊?」

 勇貴は湊の横まで戻って、もう一度声をかけた。

「……魔法で、あんなことが出来るなんて……」

 と、小声で呟いた湊の心が分からず、勇貴は首を傾げた。

「湊?」

 もう一度、肩を叩きながら声をかけると、湊はやっと反応を示した。

「え? なに?」

「あの、佐伯さんが教室に戻れってさ」

「そう、なら戻りましょう」

 何事も無かったかのようにやっと、いつもの湊に戻った。

 教室に戻る前に、鞄を部室に置いてきたことを思い出し、二人は部室へ戻った。

 部室には先程逃げ出した日向御星が居た。

 プリティウィッチきらはのステッキを握りしめ、自分の席で机に突っ伏してスンスン泣いている。

「あ、あの。お疲れ様です……」

 勇貴は声を掛けたが返事がない。

 なんとも居た堪れない気持ちになって、自分たちの鞄を持ってそっと部室を出た。

 一年校舎へ向かいながら、今あったことを思い出す。

「魔法ってすごいな」

「ええ。まさかプリティウィッチきらはの再現まで出来るなんて」

「なんだって?」

「へ? な、なんでもないわよ」

 突っ慳貪な口調で言い放ち、速足で勇貴の傍から離れていく湊。

 勇貴は訝るように首を大きく傾げ、その姿を目で追った。






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