バトルロイヤル入学式
電撃大賞落選に付き投稿しました。
お読みいただけたなら、皆さまのアツいダメ出しを頂きたいです。
よろしくお願いいたします。
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深夜の神社に人影が三つ。
男と女。そして女に抱きかかえられた赤子。
男は魔法陣を描き、儀式を行っている。
女は完成した魔法陣の中央に、赤子を置いた。
「この子が、偉大な魔法使いになりますように」
「この子が、優しい魔法使いになりますように」
男女はそれぞれ、我が子への希望を口にした。
魔法陣が発動し、祈りの魔法が赤子に注がれる。
しかし、魔法陣は暴走した。
赤子の持つ膨大な魔力を浴びて、制御が効かなくなる。
赤子が宙に浮かんだ。
赤子の泣き叫ぶ声が木霊する。
耳鳴りの様な音が響き閃光が満ち、その後、何かが弾けた。
魔法陣は消え去り、赤子が落ちた。
母親は赤子に駆け寄り、抱きかかえ、頭に出来た大きな瘤以外大きな怪我をしていない事を確認して、我が子をあやした。
「いったい、何が起こったというんだ」
呆然と立ち尽くす父親は、今の現象について答えの出ない回答を模索する。
そして、
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露に濡れた桜が朝日で輝く。
桜が丘と光が丘の頂点に位置する、私立桜光学園。
平坦な道はほとんど無いような通学路を、最寄り駅から延々四十分も歩かされる。
まだ冷え込みの残る春の朝でさえ、この道程を歩き終えるころには汗ばむというのに、これから毎日この道を通うことになるという憂鬱感は、本日からこの高校に通う少年少女たちには一切なかった。
皆の表情は期待と希望に満ち溢れている。
それもそのはず。つまらなかった義務教育期間が終了し、高校課程で初めて、そして本格的に魔法教育が始まるからだ。
魔法教育は、魔法的な二次成長に入る直前に行われ、高校入学頃が一番適する時期となるため、高校過程で魔法教育が行われるように政府に組み込まれた。
基礎の基礎くらいは義務教育期間に学ぶが、実際に魔法を使い、将来の夢や目標を見据えた三年間が始まる。
そんな期待や希望を胸に、新たに学園に足を運ぶ集団の中に一人の少年がいた。
周囲同様、顔面をキラキラと輝かせて登校する少年。身長百七十二センチメートル、体重六十三キログラム。天然パーマだか寝癖だかわからない様な癖のついた髪形以外には特筆するべきところは、美人の幼馴染がいると言うことしか無いような少年。名は市浜勇貴。十六歳。
希望でキラキラ輝いているうちに校門に到着した勇貴は、校庭に張り出されたクラス分け表と、それに群がる新入生の姿を見つけた。
足取り早くそこへ近づく。一年はA組からF組までの六つにクラス分けされているようだ。
A組から順に自分の名前を探していく。苗字は市浜なので、探すのは前半だけで済むのが楽だと勇貴はいつも語る。A組に自分の名は無く、B組、C組にはア行の生徒はいなかった。D組、E組を探しているうちに勇貴の顔面キラキラは輝きを無くし、F組の出席番号二番に自分の名前を発見した時は期待も希望も消え失せ、現実感だけが訪れた。
「まぁ、そりゃ当然最下位クラスだわな」
当然、クラス分けを見てこの日のイベントは終了ではない。一先ず勇貴は一年F組の教室に向かって歩き出した。
親切にも近くに校内の案内板が出ていたので、迷うことなく下駄箱を抜け、教室へとたどり着く。
教室の扉を開けると、クラスメイトと思しき男女が十数人教室にいた。勇貴は黒板に張られた座席表を見て、自分の席に腰掛けた。出席番号順に教室の一番奥、窓際前から二列目と言う中途半端な位置。勇貴がぐるりと教室を見渡すと、もう既に幾つかのグループが出来上がっていた。大きなグループは女子のグループ。八人固まって教室後方の扉付近に集まって軽く自己紹介をし合っている。他には二~三人のグループが三つ。どれも男子のみで構成されていた。他の人間は自分の席に座って本を読んでいたり、どこかのグループに入ろうかを物色していたりしていた。
教室の中央の座席にいた二人のグループの一人が勇貴に近づいてきた。
「よう、同じクラスになったんだな」
それなりに長身のスポーツマンだった。と言っても、スポーツマンだと勇貴が思ったのは、五厘刈りにしている坊主頭を見たからだが。
「えっと、誰?」
とりあえず勇貴はお約束の失礼な質問をしてみる。
「入試の時に隣だったろ?」
そのスポーツマンは失礼と言う言葉が通じない性格なのか、平然と答えた。
「……ああ、桜が丘第一中学の」
癖で頭の古傷を掻きながら、勇貴は記憶を探った。
「お、思い出したか。あの時は世話になったぜ! こうして俺が桜光に入れたのはお前のお陰だからな!」
「俺は何もしてないよ。問題解き終わって寝てたら、いつの間にかカンニングされていただけだから」
入試の日、試験が終わり解答用紙の回収が終わった段階で、隣に座っていた名前も知らない男にカンニングされた事を直接暴露されたのは、今では良い思い出である。
「あの時は自己紹介してなかったな。俺は傍島誠二。一年間よろしくな」
「よろしく」
そんな会話をしていると校内にチャイムが鳴り響いた。小学校でも中学校でも聞いてきた馴染みのある、代わり映えのしない音。
チャイムが鳴り終わると同時に教室の戸が開き、教師が入ってきた。
「はーい、皆さーん。席に着いてくださーい」
どこか間延びした高音で生徒に呼び掛ける声の主は、教壇の上に立った。教壇の上に立つと、勇貴の座席のアングルからは、教卓の上に生首が置かれているようにしか見えないほど小柄な女性教師。丸い大縁の眼鏡も強烈なインパクトを与えてくる。
「自分の席はわかりますかー? 分からなかったら先生のところにきてくださーい」
生徒全員が自分の席に着いたことを確認し、教師は背伸びをしながら黒板に――可愛らしい丸文字で――自分の名前を書き出した。
「先生の名前は松下みつばです。皆さんの担任を務めさせていただきます。みんなはみっちゃん先生って呼んでくださいね☆」
ウインクと共に可愛らしく自己紹介をした。
「それではみなさん、入学おめでとうございます。本日はこれより体育館で入学式が執り行われます。式の準備が整うまでまだ時間がありますので、今日から一年間、苦楽を共にする仲間たちで自己紹介をしてもらいます!」
お約束の自己紹介大会が開催されることになった。
「それじゃあ、出席番号一番の人からお願いします☆」
みっちゃん先生から指名を受け出席番号一番の生徒が立ち上がり、教室中を見渡しながら自己紹介を始めた。
「初めまして、鮎沢御籠といいます。出身中学は光が丘第三中学です。好きな食べ物は菓子パンです。一年間よろしくおねがいします」
(なんとも真面目な自己紹介。これでテンプレートは確立された。この次でテンプレ破壊をする勇気は、俺にはまだない!)
と考えた勇貴は勢いよく立ち上がり、
「初めまして、市浜勇貴と言います。出身は桜が丘第四中学です。好きな食べ物はラーメンです。よろしくお願いします」
テンプレに倣って無難に自己紹介を終えた。
二人がテンプレの自己紹介を続けると、それを瓦解させることは困難になる。時折、お調子者がテンプレに無いことを言い、ウケを誘ったり誘わなかったりしたが、クラス三十名が全員自己紹介を終えたタイミングで、単音のチャイムが鳴った。
『えー、新入生のみなさん。長らくお待たせいたしました。これより入学式を行います。担任の先生に従って、体育館までお越しください』
デパートの店内放送の様にゆったりとした話し方で校内放送が流れた。
「丁度良いタイミングで先生は嬉しいです。それでは皆さん、体育館へ移動しましょう。出席番号順に並んで、先生に付いてきてください」
整列した一同は、担任に連れられて廊下を歩く。担任は出来そこないのスキップをしているかのようにピョコピョコ跳ねて歩いている。こうして近くで担任を見下ろすと、本当に身長の低さが窺える。
(このロリ先生、良いなぁ)
と危ない思考を持つ勇貴だが、後方で、
「うわ、小さい先生萌えるわ……」
と小声で呟いた男子生徒が居たので、勇貴の異常性は本人の中で薄れていった。
一年校舎と呼ばれるこの棟の一番北側に体育館があり、F組の教室からは一番遠い。
したがって、体育館に到着したのもF組が最後だった。
体育館は一年生全員――三十名六クラスの百八十人――が入ってもまだ広かった。おそらくクラスがもう一ダースほどあっても収容できるだろう。
「はい、F組のみなさんは向かって左側に二列で整列してくださいね」
担任の指示に従って、列を作る。F組が整列を終えたと同時に、後方の大きな扉が音を立てて閉じられた。
体育館は広大である以外には特筆すべきことはないように思えた。収納式のバスケットゴールに、舞台に、音響装置。小学校中学校で見てきた体育館とは何も違わない。ただし、二階部分の窓には余すところなく、暗幕がかけられていた。
天井もかなり高いので、照明の光が体育館全体に行き渡らず、微かに薄暗さを感じる。
やがて壇上にて靴音が響いた。リズミカルな音を鳴らして、中年の男性が歩いている。
異様な威圧感を放ちながら歩いてくる男を見て、体育館全体を包んでいた喧噪がピタリと止んだ。
男は、中央に設えられた演台の前まで来ると、マイクに向かって話し出した。
「新入生諸君、入学おめでとう。諸君らはこれから晴れやかな三年間をこの桜光学園にて過ごしてもらうわけだが、この学園がどのような学園か、それを知ってもらうために一つ、余興を用意した。と、言うわけで諸君」
男はここまでを一息に言い切って、大きく息を吸い込んで、続けた。
「皆で殺し合いを始めてくれ」
(………………は?)
勇貴は頭の中でクエスチョンを浮かべるので精一杯だった。それは体育館にいるほとんどの生徒もそうであったらしく、次第に体育館はザワつき始めた。
いきなり、二階の暗幕が全て一斉に開けられた。暗幕で遮られていた日の光が突如として体育館を照らし出す。
そして暗幕の裏にずっと潜んでいたのか、百数人もの男女が二階部分に現れた。
そのタイミングで壇上の男が補足の説明を加えた。
「殺し合うと言っても、現状の諸君らの魔法能力を見せてもらうだけだ。諸君らの今ある知識を使っての、バトルロイヤルのオリエンテーションだと思ってもらっていい。諸君らの身の安全は、今現れた上級生諸君らが守る。上級生諸君らは一年、或いは二年も魔法教育を受けてきた強者だ。諸君らは何も気にせず、互いを殺すつもりで戦ってくれたまえ」
カン、と分かりやすい音が鳴り響いた。それが殺し合い始まりの合図だと理解した人間は少なかっただろう。
多くの人間は、壇上の男の言葉を噛み砕いて理解し、死ぬような危険がないと安堵感を抱いた。
しかしその一瞬が命取り、F組のいる列の反対側から、体育館全体を吹き飛ばすような大きな爆発が起きた。
轟音を響かせ、爆炎が勇貴の前まで迫ってくる。
勇貴は身を守るため、勢い良く床に伏せた。
勢いが付きすぎて鼻を床にぶつけたが、その痛みよりも頭上を通り抜けた熱風の方が何倍も痛い。
後頭部を焦がしながら爆発が収まるのを待った。
(これはたぶんアイツの仕業だろ……。 喧嘩っ早いにもほどがある。でもアイツに任せておけばこれで結構脱落者が出るだろうな)
勇貴はこの爆炎がしばらく残るだろうと考えたが、勇貴の予想を裏切って、熱した鉄板に水をかけたような音が鳴り爆炎が蒸発した。
伏せたまま横目で音のした方を見遣ると、遠くの方で、水風船のような膜につつまれた男子生徒が立っていた。
恐らく、彼の魔法が爆炎を蒸発させたのだろう。
(あれ? あの水風船男と俺の間にいた人たちは? まさか爆発で全員吹っ飛んで……っ?)
勇貴は立ち上がりながら周りを見渡すと、気を失った女生徒が宙に浮いているのを見つけた。浮いた女生徒は二階の上級生に介抱され、治癒魔法をかけられている。
(なるほど。ああやって俺らの安全を守るのね。てか一回危害加えられてるじゃん……)
学園の教育理念のスパルタ性を垣間見て勇貴は唖然としたが、視線を下ろすと水風船男と目が合った。水風船男は不敵な笑みを作ると、右手を勇貴の方に翳し、水弾を放った。
だが、その速度は遅く、勇貴は難なくそれを躱す。
躱したまま、体育館出口側に走り出した。
(とにかく距離を取って全体を把握すること。 魔法が使えない俺にとって生き残るのは状況をうまく使うことだけ)
水風船男は勇貴を追うように次弾を放つ。しかし走っている勇貴には掠りもしない。
水風船男は三発目を放ちかけたが、天井の照明から雷が落ちて気絶してしまい、水風船が爆ぜ割れる。水風船男が宙に浮くのを横目に、勇貴は体育館出口にまでたどり着いた。
出口扉を背に体育館内を観察する。
今、生存者は勇貴を除いて九名。少し床から浮いている小柄な男と、氷の武器を手にする女が交戦中。ステージの側にいる眼鏡をかけた女は天井を見つめ、何やら呟いている。炎の輪を体に纏う女と、それを囲む三人の男女。水の鞭を持つ男。そして勇貴に向かって走ってくる男。
「うわ!?」
勇貴は驚愕の声をあげ、向かってくる男を注視した。
鋼に包まれている拳を振り翳しながら、勇貴の三メートル手前で跳躍する。
上方から勢いよく叩き込まれる鉄拳を紙一重で避けた。後ろの扉が大きく凹む。
鉄と鉄のぶつかる轟音を背中に感じながら、勇貴は走り出した。
数歩進むと、前方にいる炎の輪を纏う女と目が合った。
女は微笑むと、纏わせている炎を弾き、自分の周囲にまき散らした。
勇貴は倒れこむようにしてそれを避けようとした。しかし、炎の速度の方が速く、倒れこむ前に勇貴に到達する。
勇貴は咄嗟に自分の顔面目掛けて飛んでくる炎に手を添えて、炎の軌道を反らした。
(あんにゃろ! 俺諸共吹き飛ばす気かよ!)
勇貴は心の中で悪態を吐く。
起き上がり様に、後ろに居る鉄拳男の様子を見遣る。鉄拳男は炎を避けられず、鉄の拳を溶かして倒れていた。拳を盾にすることで致命傷を避けたのだろうが、鉄拳男の魔力を上回る力に、彼の魔法が耐え切れなかったのであろう。
同時に、炎の輪の女を囲んでいた三人は、一番威力の高い位置で直撃を喰らったので、為す術も無く倒れた。
これで残りは勇貴を除いて五人。宙に浮く男と氷の武器を持つ女は依然交戦中。そこ目掛けて炎の女が走り出した。
交戦地帯にたどり着いた女は、爆炎で宙に浮いている男を吹き飛ばし、壁に叩きつけ無力化。
返す刀で炎を、氷の武器の女に叩きつけ、武器諸共女を倒した。
水の鞭の男は、ステージサイドにいる女目掛けて鞭を伸ばす。それを知ってか知らずか女はまだ天井を見つめ、呪文を唱えている。
水の鞭が女に届いた瞬間、天井の照明から雷が男に落ちた。男は気を失ったが、水の鞭を介して女も感電し、同じく気を失った。
残るのは勇貴と炎の女のみ。
「あら、勇貴が最後まで生き残るなんて思ってなかったわ」
「そら湊にあんだけサポートされたら生き残れるよ」
勇貴に湊と呼ばれた女は炎の輪を消し、肩にかかっていた髪の毛を払った。
「どうする? 決着つけてみる?」
「俺が湊に勝てるわけないだろ。俺の負けで良いよ」
「生憎、今日は朝食を抜いてきたの。だからもう魔力切れ」
「……また寝坊したな」
「してないわよ」
「しただろ」
「…………」
ばつが悪そうに視線をそらす湊。
「それより先生方、私たちはもう戦う気がないのだけれど、まだ続けなきゃいけない?」
勇貴との会話を一方的に打ち切り、湊は髪の毛を翻して、壇上にいる男に向かって言った。
しかし先程まで壇上にいた男の姿は見えず、代わりに茶髪の男子生徒が演台に腰を掛けて二人を見下ろしていた。
「まぁ、魔力が無いなら仕方ないよねー。二人はトモダチっぽいし。バトルロイヤルはこの辺で終了してくれちゃっていいや」
男子生徒は演台――のある壇上――から飛び降りた。
ポケットから小瓶を取り出し、それを湊に向かって投げた。湊は一瞬迷ったが、それを受け取る。
「それは魔力回復薬さ。魔法薬部からくすねてきた。とりあえずそれを飲んどきなよ」
魔法薬部、という言葉に反応して、介抱役の上級生数名が、
「このクソ生徒会長また勝手に……っ!」
と抗議の声を上げた。
「まぁまぁ、でも部長さんの許可はちゃんと取ってあるよ。一昨年に」
生徒会長と呼ばれた男子生徒は、二階に居る魔法薬部の生徒に断りを入れた。
一昨年の許可なんて無効じゃゴルァ! と騒ぐ二階席を尻目に、生徒会長は湊に向かって歩き出した。
(生徒会長? ってことはこの人は……)
勇貴の考えを代弁するかの様に生徒会長は言う。
「自己紹介が遅れたね。僕は佐伯優。この学園の本年度生徒会長だ。つまり、この学園の生徒最強の人間だよ」
二階がざわめいた。早々に回復をしていた新入生が数名驚きの声を上げている。
佐伯は二階を無視して続けた。
「とりあえずバトルロイヤル優勝おめでとう。実はこのまま僕とのデモンストレーションバトルを君たちはしなければならないんだけど、準備オッケー?」
言うや否や、地鳴りがした。
体育館の床を引き裂いて、大地そのものが佐伯の足元から隆起してくる。
大地は、一メートル程の高さの山になり、止まった。
「……拒否権はないの?」
珍しく、しおらしい湊を見た。と後々勇貴にからかわれることになる程か細い声で、湊は佐伯に尋ねた。しかも、佐伯が地上一メートルの位置に居るので上目遣いのオプション付きで。
「ないよ。まぁ入学式優勝者のデモンストレーションなんだから気楽に行こうよ」
「気楽に戦える相手ではないと自分で説明しておきながら?」
「最強は言い過ぎたかもね。ホントは準最強かもしれないし、ビリッケツかもしれない」
「そう言われて勝利が見えるような魔力じゃないじゃない」
「でも君の方が魔力レベルは高そうだけど」
平行線の会話が続く。
どうあってもこのデモンストレーションからは逃れられそうもない。
そう湊は諦め、臨戦態勢を取るべく、再び炎の輪を出した。
「うん。楽しくなりそう」
湊の様子を見て、本当に笑顔で楽しそうに佐伯は言った。
「じゃあどこからでもかかってきて良いよ。 くーっ! これ一度で良いから言ってみたかったんだよねー」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
湊は目を閉じ、呪文の詠唱を始めた。
古風な言い回しの日本語で、自らのイメージを固定して顕現させる。
(この魔法、湊が使える最高威力の大技じゃねぇか!)
詠唱文を聞いた勇貴は驚き、巻き沿えにならないように湊から数歩離れた。
詠唱が進むにつれ、湊を囲っている炎の輪が大きくなり、数も二つに増えた。
正面から見ると、アスタリスクの形で炎が湊を纏い、呪文詠唱が終わった。
「強そうな魔法だね」
そんな大技を前にしても、佐伯の余裕は消えなかった。楽しそうに大地に腰掛け、頬杖をついている。
湊は佐伯を見上げて叫んだ。
「炎の断裁!」
湊の魔法が発動した。
輪になっていた炎は、鞭のような刀のような形になり、佐伯の左右から袈裟切りをする様に振り下ろされた。
「喰え」
佐伯が呟いた。
瞬間、佐伯が腰掛けていた大地そのものが、まるで生きているかのように蠢き、左右から迫ってきている炎とぶつかる。
いや、ただぶつかっている訳ではない。大地が佐伯の命令を受けて、本当に炎を喰らっているのだ。
大地が、無形の炎を租借する何とも表現しがたい音が続く。
「くっ……」
湊は自分の炎を喰らい続ける大地を焼き尽くそうを魔力を込めたが、その甲斐なく、炎は数秒で完全に喰われてしまった。
「はぁ、はぁ」
疲労困憊といった様子で肩を揺らし息をする湊に対して、相変わらずの余裕を見せたままの佐伯が立ち上がり、言った。
「じゃあ次はこちらの攻撃だね」
大地はまるで二匹の蛇のようにその鎌首をもたげた。
炎の力を手に入れて、赤く焼けた二匹の蛇は、同時に湊に襲い掛かる。
さすがに直撃させることは躊躇われたのか――あくまでもデモンストレーションと言うことか――湊の手前の床に激しい音を鳴らして衝突し、一帯を吹き飛ばす。
湊は声を上げることも出来ずに飛ばされ、尻もちをついた。
「うそだろ…… あの湊が魔法戦で負けるなんて……」
勇貴は驚愕、といった表情で事のなりゆきを見ていた。そう呟いたのも無理はない。魔力を数値化したレベルで言えば、湊は日本ランカーなのだ。
佐伯は湊の元まで歩いてくる。
「高い魔力だけが魔法の強さじゃないんだよ。それを君たちはこれから三年間、ここで学ぶんだ」
呆然と座っている湊の前で立ち止まり、手を差し伸べ得ながら笑顔で言った。
「桜光学園へようこそ」