Wing
ツバサ
軋みながら開くドア。その音で、カウンターの奥のマスターがこっちを向く。
おやまあ、いらっしゃい。久しぶりだね。
マスターの笑顔は、いつでもやさしい。
つられて笑いながら席に座ると、すぐ紅茶を出してくれた。
私が最初にここに来たとき、好きだと言ったやつだ。
一口すすると、温かさが体に広がる。
一息ついてからいつものようにお話をせがんだ。
マスターは、そうだね、と少し考え込んで、話しはじめた。
-ある町に、少し変わった少女がいました。
少女は、毎日どこかへ行っては、両手いっぱいの羽の入った袋やら、金属の棒などを、持てるだけ持って帰ってきていました。何かの材料のようでした。
町の人々は、不思議に思って、口々に尋ねました。何を作っているの、と。
少女は、当たり前のように答えました。
「空を飛ぶ翼を作っているの。」
人々は、そんな少女を笑いました。旅客機が空を飛ぶこの時代に、何をいうのかと。
そんなある日、一人の青年が町を訪れました。
彼は、この町の生まれで、今はどこかの会社の技術者になっていました。
町を懐かしみながら歩いていた青年は、小さな体が埋もれそうなほどの羽の入った袋を抱えて歩いてきた少女を見て驚き、そして尋ねました。これで何を作るつもりなのかと。
少女は、いつものように、空を飛ぶ翼を作っているの。と、答えました。
青年は、ふうんと、興味なさそうに呟きながら、少女の持っている袋から落ちた羽を一つ拾いました。
そして、それを何気なく見ました。
だんだんと、青年の表情が変わっていきます。
少女が不思議そうに首をかしげると、青年がこれをどこで手に入れたのか、と慌てたようすで少女に尋ねました。
少女は、こういう物を作るのが得意な大きな友達に作ってもらったのだ、と言いました。青年は、また羽を見つめた後、その翼はどのくらいできているの?と尋ねました。
少女は、驚きました。みんな、翼を作っていると言ったら、ばかにしたように笑っていたのに、この人は、どうしてそんなことを聞くのだろうと思ったのです。
少女は、少しだけ考え込むようにうつむいた後、青年の顔を見てにっこり笑い、見に来る?と言いました。
少女の家を訪れた青年は、また驚きました。
そこにあった翼は、まさしく大きな鳥の翼そのものだったのです。
少女の大きさの鳥がもしいるなら、このくらいの大きさの翼を持っていることでしょう。
近くにより、まだ骨格部分が出ているところをじっくりと見て、この部分はどうしたのかと尋ねました。少女は、模型作りが得意な、大きな友達に作ってもらったのだといいました。
次に青年は、羽を取り付けてある部分をじっくりと見ました。
今度は少女が、青年が尋ねてくるまえに、その部分は私が作ったの、と言いました。
青年は、何も言わずに、翼の周りを一周してきました。
ふと、青年の目に、机に置かれた、とても細かいところまで描かれた鳥のスケッチが映りました。青年は、それを手にとって見ました。
これは、君が書いたのかい?少女は、うなずきました。
青年は、もう一度見ました。羽がどんなふうについているのか、広げると、どんな角度になるのか、といったことが細かく書き込まれていました。
青年は、もう一つだけ質問してもいいかな。と言いました。少女は、なあにと尋ねました。
これだけのものを動かすための動力が無いけど、それはどうするんだい?
少女は困ったような表情をして答えました。
それが問題なの。私の大きなお友達には、そういうことが得意な人がいないから。
青年は、笑って言いました。
じゃあ、僕が作ってあげよう。
少女は驚いて、手に持ったままだった袋を落としてしまいました。
袋から羽がこぼれ、風に吹かれて舞い上がりました。
その中で、青年は笑ったまま続けました。
その代わり、僕をこの翼のテスト飛行の時に呼んでくれるかい?
少女はうなずきました。
何度も、何度も、うなずきました。その瞳には、涙がたまっていました。
青年は、いったん住んでいる町へと戻り、必要な部品や道具をいろいろとそろえて、少女のところへと戻ってきました。
二人は、話し合いながら、作業を進めました。
少女の家では、夜遅くまで光が灯り、中からは楽しげな笑い声が響いていました。
ついに翼が完成しました。二人は、翼を持って近くにあるがけへと向かいました。
そこでは、よく上昇気流が発生するため、テスト飛行をするにはちょうどいい場所だったのです。
青年は、少女の背中に翼を取り付け、最終チェックを行いました。どこにも異常は見当たりませんでした。
少女は、崖のふちに立ちました。あまりの高さに目がくらくらしましたが、しっかりと立っていました。
少女は一度振り向いて、青年に、ありがとう、と言いました。
青年は、親指を立てて、グッドラック。と笑いました。
がけのほうに向き直った少女は、えいと掛け声をかけて飛び降りました。
ちょうどその時、強い上昇気流が吹きました。
そして、
ここで、終わりです。
中途半場なところで、そんなことを言うマスターに、私は続きをせがんだ。
その少女は、どうなったのか。これではわからない。と。
マスターは、笑う。おしまいは、おしまい。
それから、少しだけ考えこんでから、つけたした。
エンディングは、あなたの中に。そうでしょう?
そして、ぱちん、と、ウィンク。
古いドアの音が、来客を知らせていた。




