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起爆

青啓8年4月7日 本店38階非常階段 川島智雄


 32階までは、二段飛ばしで階段を駆け上っていたことは覚えている。35階あたりから、急速に息が切れるようになった。非常階段には、中階に常時灯を兼ねた階表示のLEDがあるが、普段は照度を落として人感センサーが感知すると照度を上げる。

 明るくなったタイミングが、残り何段かを数えていたのだが、階を上がるたびにその残り段数が長くなっていき、もはや何段で明るくなるか数える余裕がなくなっていた。

 46歳。いい加減、若くもないし体力の衰えが目に見えてきた。

 40階で、一息ついて、どうせこんなことになるくらいだったら、素直にエレベーターを使っていればよかったと、今さらながらに後悔する。まだ肌寒いというのに、滝のように汗がながれていたので、上着のボタンを外して、ハンカチで汗をぬぐう。階段を使うようになったのは。ここ3ヶ月ほどのことで、次々に駄目になっていくスーツのズボンのことで、妻にからかわれたからだ。それ以来、5階以下の移動の際には階段を使うというルールを自らに課している。

 25階の自席を飛び出したとき、エレベーターを使わず非常階段を使うことを決意させた最大の理由が、エレベーターのメンテナンスだった。いつも思うが、何も業務時間内にメンテナンスをすることもないだろうと思うのだが、稼動している他のエレベーターに人が殺到したため、1分ほどエレベーターホールで待ち合わせるだけの忍耐力しか、自分には残されていなかった。

 休憩はこれまでだ。

 残り2階を一気に駆け上って、重い鉄扉を開ける。そこは、普段自分がいる見慣れた25階と打って変わって、木目調の落ち着いた壁と、分厚い絨毯が続く廊下が連なっている。そんな廊下の先の、ひとつの部屋の前で足を止め、服の乱れを直す。

 深呼吸して、何を言うべきか整理する。

 事態は深刻だった。

 軽くドアをノックして、中の声も確かめずにドアを開ける。中には、数名の初老の紳士たちが、突然の侵入者に面食らったように見つめている。そんな視線を避けるかのように、目指している人物の傍にすり足で駆け寄る。無意識に腰を低くして歩いていたようだ。

「常務。緊急の要件です。少し外によろしいですか?」

 私の顔を見た時点で、用件があるのは自分だということを意識していたのだろう。「すみません、ちょっと中座します」と小声でつぶやくと、田辺洋一郎常務は表情を変えずに私にしたがって、会議室を出た。

「川島さん。何があったのですか?」

「何が?」ではなく「何が?」と問う点が、腐っても広報担当常務取締役としての職責の自覚が、経営会議を中座させるだけの緊急性のある事態であることを認識できたのだろう。

 私は、息を整えて言う。

「当行の春日部支社長から緊急の連絡がありました。15分ほど前から、当行の春日部支社及び春日部支店が、IISの家宅捜索を受けています」

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