¨きっかけ¨
高校1年の春、私は母と喧嘩をした。
原因が何だったのか、今ではもう思い出せない。
その日から、私は母と口をきかなくなった。
そしていつの間にか、父とも兄とも口をきかなくなった。
家族の誰とも口をきかない。家にもほとんど帰らない。大切なことはメモで伝える。
そんな状態が1年も続いた。
その頃には、自分が一体何に対して怒っているのかなんて分からなくなっていた。
そこにはただ、あんなにも愛していた家族を、訳もなく憎んでいる私がいた。
辛かった。苦しかった。何度も自殺を考えた。
そして、私以上に家族が悩んでいることも苦しんでいることも分かっていた。
1年という、長いような短いような時の流れは、私と家族の間から¨きっかけ¨を奪ってしまっていた。
ある日、私は不思議な体験をした。
ベッドで寝ていた私は、夜中に突然目が覚めた。私のベッドの横に、祖母が立っていた。遠く離れた場所に住んでいる、ここにいるはずのない祖母が立っていた。
祖母はにっこりと笑って、何も言わずに、私の頭を優しく撫でてくれた。その瞬間、私の瞳は、大粒の涙を止めどなく流していた。
朝7時。私は目覚まし時計の音に起こされた。夢を見たんだと思った。
頭に残る祖母の手の感触と、筋になっている涙の跡は、あれは夢ではないんだと主張していたけれど。
リビングで電話が鳴っている。
電話に出た母の声に耳をすまさなくても、私にはもう分かっていた。
祖母が死んだんだって。
2日後、祖母のお葬式の日。私は家族と並んで、祖母を見送った。
煙突から立ち昇る煙はとても真っ直ぐで、自分に正直に生きていた祖母にそっくりだった。
お葬式が終わって、私たち家族は何年ぶりか、4人で一緒に食卓を囲んだ……。
それは間違いなく、祖母が私たちにくれた¨きっかけ¨だった。
あれから4年。私は家族を愛している。そして、それをちゃんと言葉にして伝えられる。
なんだか急に昔の写真が見たくなって、屋根裏部屋をあさっていたら、見つけてしまった。
手垢のいっぱいついた、古ぼけた一冊の本を。
『母の娘への接し方』
私は涙が止まらなかった。
「お母さん、ごめんね。そして、ありがとう。」
¨きっかけ¨を見つけられずに、あなたが大切な人を失いませんように……。