第22話 一日目にして破門の危機
――擎慄頼に入門できたウチらは、早速正座をさせられた。
木造の道場で、床はワックスの様な匂いを残したまま鈍く光っていた。
正座した膝に、冬の冷えがじわりと染みる。
ウチは正座に慣れているが、ニアスやクハパリは勿論のこと、ネルまで、慣れていないのか足を痺れさせていた。
何故正座をさせられているのかについて。
この道場への入門を許可された直後、お互いに自己紹介をすることになった。
久しぶりに学校を思い出し、ウキウキしながら自分の番が来るのを待っていた。
といっても、ストレイダーズ間ではお互いの名前や性格を知っているので、師範代の目を見て話す。
「俺はニアスです。えーと、以上です?」
「よし、それでいい。俺はお前らのことなど然程の興味もない。名前だけで十分だ」
冷徹な師範代の言葉に場の空気は一気に盛り下がった。
そして、その後もそんな自己紹介が淡々と続いた。
「俺の名前はメトグラフィック。呼び方は何でも構わない」
「……メっちゃん」
小声でネルがそう言った瞬間、メっちゃんは顰めっ面へと豹変し、ネルを睨んだ。
何でもいいと言った一方で、内心は尊敬される呼び方を期待していたのかなと思い、可愛いとこもあんじゃんとメっちゃんを見直したウチだった。
――その後、何度もメっちゃん呼びをやめなかったネルは正座させられた。
メっちゃん呼びが伝染したウチ、ニアス、クハパリも連呼した結果正座させられた。
何はともあれ、メトグラフィックの名称はメっちゃんで定着することとなった。
メっちゃんも最初こそ盛大に叱っていたが、途中から半ば諦めかけ、最終的にメっちゃん呼びを認めた。
押しが弱い人なのかもしれない。
だが、嫌なものは嫌なのだろう。
メっちゃん呼びをしていい代わりにストレイダーズ一行は12分間正座をキープすることとなった。
12分という実質拷問な正座は立ってからが地獄だということをニアスとクハパリはまだ知らない。
余裕なウチはその間にメっちゃんと会話することを選んだ。
最初は反省していないと言われた。
そもそも許している時点で反省も、クソもないと思いはしたが、流暢に受け流した。
「シラゾノとはどこで知り合ったんですか?」
そう言った時に一瞬、何かとは言わないが、前座のインタビューの様で気持ちが悪くなったが、メっちゃんの冷静な回答を聞いて、正気を取り戻した。
「元々俺らはロードブルク兵だった。会った場所を言えば認定試験で、だ」
それを聞いた瞬間、ウチらが犯罪者だということは伏せておこうと心に誓った。
「強くなるために入ったんだが……自分の強さに行き詰まりを感じた。だからこの道場に入門した」
元々ここの門下生だったらしい。
ロードブルクは福利厚生が充実していないらしいからな。
牢屋がニブラ鉱で作られていないことから目に見えて分かる。
首を縦に振りながら納得する。
ニアスはそれを見て何故平気なのかとツッコんだ。多分足についてだろう。
「ここって何の道場なんですか?」
「何の」とは、何ともまぁ抽象的な質問だと思ったが、当たり前かの様にメっちゃんは答えた。
「あ? 勿論アビリティを成長、応用させるための基本的な道場だ」
アビリティを育てるための施設という事が基本的な道場という常識なのだろうか。
と言うことは、古武術を伝授する道場というものはないのだろうか。
「元々の師範代はどんな人だったんですか?」
「第一印象は破天荒だ。何をしでかすかわかったもんじゃない。第二印象は博識だ。色んなことを知っていた。猿は表情で会話ができること、チンパンジーは自分で自分をくすぐって笑うこと、色々だ」
話題が似た様なものしか話していないのに何が博識だと思った。
だが、次の瞬間、何故博識と言ったのかを思い知ることとなる。
「擎慄頼も、その人が考えた名前だ。何処の文字だかわからないが、出鱈目ではないだろう」
メっちゃんが門下生だった頃の師範代は、五感者だった。
そう言えば夢世界には漢字がないはずだ。
今まで文字を読む際は難なく読めた。
何故なら漢字と平仮名で書いてあったからだ。
だが、夢世界にはない。
ということは、獏がそう見せているのかもしれない。
そして、その先代の師範代こそ五感者だろう。
「その人は今何処へ!?」
「だいぶ前に亡くなった。俺が入門した時も結構お年を召していたからな」
何年も前から五感者がいた。
何年も入れ替わりで五感者を連れてきているのか。
だとしたら、ウチらの代は十世代目とかになるのだろうか。
何はともあれ、五感者が前から来ていたのなら、寿屋の銭湯という文化が存在するのもわかる。
でも、五感者が五人もいるだけで特別感が薄いのに、それが何世代もとなるとテンション下がるがな。
――――――――――――――――――――――――
12分間の正座が終わった。
何で12分にしたのかは分からない。
その後、ウチらは道場近くに移動した。
辺りは殺風景で雑草が生えており、木が一本生えているくらい。
丁度、書庫の鍵を投げ捨てた場所だ。
「さて、ニアスとシロには今から俺と闘ってもらう」
「どうして俺らだけなんだよ」
「そうだぞ!? 男尊女卑か!?」
「逆だ。言ったろ、俺は元々ロードブルク兵だったって」
あれか。
ロードブルクはジェントルマンの国みたいな。
ロードブルクの狗め。
思想が染み込んでやがる。
「お前ら、10分間だ。ネル、お前数えとけ」
ポッケに手を入れながらスカしている。
だが、勝てると確信がある様な笑みが窺える。
だが、ネルの不満が飛び交ったことで、若干その表情が歪んだ。
「はっ。余裕ってか? やってみろよ」
ニアスも気づいたようだ。
こいつが余裕ぶっていることに。
だが、ウチの経験からするとこいつは強キャラだ。
師匠キャラ、余裕ぶる姿勢、シラゾノと知り合い。
こいつが弱いわけがない。
「……用心はしろよ」
メっちゃんは拳をウチらに差し出してきた。
すると拳を開いた次の瞬間――後ろで爆発が起きた。
「うぉぉ!」 「はぁ!?」
ウチらはなす術もなく逃げ惑った。
最初、何が起こったのか理解することができなかった。
「やばい、やばい、やばい、やばぁい!」
「何だあいつ! あんなんチートやろ!」
後ろからは爆音、爆風、不敵な笑みが聞こえてくる。
そして、メっちゃんは爆発を起こすアビリティと予想を立てる。
爆煙がウチらに合流した時に気がついたが――火薬の匂いがしない。
もしかしたら違うかも。
そう思い、余計に焦ったせいで拙い走りになった。
「ちなみに、失敗すれば破門な」
(あいつ! 調子に乗り上がってぇ!!)
爆音に霞む小音のメっちゃんの声を微かに聞き取った。
寧ろ聞かない方が良かったかもしれない。
腕を振って逃げ回る。
ニアスが若干足が速いくてムカつく。
それよりも、メトの野郎の方がムカつく!
(でも、こっちは触るだけで勝てるもんねぇー!!)
だが、メッちゃんのアビリティは爆発だ。
間合いに入り込めれば、自爆を恐れてアビリティは使えないはず。
それなら、勝率は高い。
その衝動に駆られて、ウチは逃走の足を止め、メトグラフィックに向かって走り出した。
「――ばっかッ!!」
ウチとメトとの距離はどんどん縮まっていく。
だが、まだメトは笑むことをやめない。
すると、メトは手を前に差し出した。
「――なっ!?」
ウチは後ろに下がった。
メトを攻撃したい気持ちは山々だ。
けど、メトの周りに充満しているのは毒ガスだ。
少し吸っただけで肺が焼けているみたいだ。
思わず胸を撫でる様に触った。
これじゃ近寄ることもできない。
かと言って逃げ回るだけじゃ触ることすらできない。
(なら、息を止めてでも近づいてやる!!)
ウチがメトに近寄った時、毒ガスを嗅いだのは10メートル付近。
メトに近づくまで息を止めるのは容易だろう。
――そう思っていた。
ウチは再び近寄った。
今度は息を止めた。
息苦しいが、これなら近づける。
「そう簡単に突破できるとでも?」
そう言った瞬間、急に息苦しくなった。
まだ息を止めてから1秒しか経っていないのに。
だが、ここは気合いだ。
ウチは苦しみながらも前に進んだ。
そして、ようやく攻撃の範囲内に入れた。
だが、まだ余裕そうだ。
ウチの拳はメトの顔面を目掛ける。
精一杯押し込んだつもりのウチの腕は、メトに近づくほど力が弱まっていった。
それと同時に、酸欠になる。
「どうした? やってみろよ」
ゆっくり近づいていたメトだが、体を回転させて足を伸ばしウチの顔面に直撃した。
すると反動とは思えない威力で体が吹っ飛んだ。
そしてまたメトとの距離を広げられてしまった。
(こいつのアビリティ、よくわからない)
爆発させるかと思ったら毒ガスを吐く、その次は酸素をなくす?
各技のベクトルが違いすぎる。
――制限時間の半時以上が過ぎた。
そろそろ体力がつきそうだ。
もういっそのことアビリティを考えず、一心不乱に突っ込むべきか?
ニアスと一緒に突っ込めば捌ききれない瞬間が狙えるかもしれない。
(……いや、ダメか)
早まるな、ウチ。
あのスペックで捌ききれないはずがない。
そもそも、この試験の目的はなんなんだ?
アビリティを見定める能力か?
即興でアビリティに対応できるスピード?
敵を翻弄する才能?
んなもん、別の方法あっただろ。
もしかして……ただ避けろって言ってんのか?
一番最初の攻撃、あれが戦闘開始の合図であることはわかっている。
でなきゃ即死していた。
その後は逃げ回っていた。
いや、逃げ回らせていた……?
メトはあぁ言ってるけど、本当に逃げ回るだけなのか……?
確かに不可解な部分もあるが、それと同じくらい合点もいく。
……だが、それでいいのか?
メトは勝利条件を何も言っていない。
10分間だとしか言われていない。
確かに、今のウチらにはメっちゃんを倒すことはできないかもしれない。
それでも――逃げ切れとは言っていないよなぁ。
勝てなくとも、一発殴るくらいはしないと気が済まない。
「メトぉぉぉ!」
ウチは怒声で咆哮する。
怒声は、残響はせずとも港にも届く様な勢いで響いた。するとメトは顔を動かす。
メトの鋭く睨みを利かせた目線はウチを一直線だ。だが、ウチの目線はメトを向いていない。
「今からお前に一発叩き込んでやるよ!」
メトはウチの慮外な叫びに煽られ、会話を続けた。
「制限時間はもう直ぐだ。それをぞんざいにするのか?」
「逆だ。この時間を堪能させてもらう!」
そうは言ったが、ウチは動かない。
だが、諦めたわけではない。
時間稼ぎだ。
それを見兼ねたメトは痺れを切らして拳を固める右腕をウチに向かって伸ばした。
「この拳を開くとさっきの爆発が起こる。お前はもうすでに範囲内だ。さっさと動かなかった自分を慚愧しろ」
「お前の方こそ……ざんき? ――しろぉ!」
メトの背後に影が近寄る。
その影がメトの右頬を殴り襲った。
そしてメトはバランスを崩し、解放された拳はウチの方向を向いておらず、真横で爆発した。
爆音が周囲に轟いた後、クハパリの時間終了の合図が聞こえてくる。
ウチはメトを襲った人影に近寄った。
人影もウチに近づき、ウチは拳を差し出す。
「ナイスだ! ニアス!」
「ないす……?」
ニアスは戸惑いながらも拳を差し出した。
人影の正体はニアスだ。
ウチは触れていなかった拳と拳を合わせて、闘いが終了した。
――みんなで感想を言い合っている中で、横目に立ち上がるメっちゃんが見えた。
さっきまで吹かしていた余裕は今から消え去り、不満な表情を浮かべる。
ウチはそのメっちゃんに近寄り、肩に手を置いた。
「ナイストライ! ねー、ほんと。しゃーないっすよ。ちょっとウチらが連携うま過ぎたっていうか……」
メンケアをしてあげているというのに、何故か、メっちゃんの身体中から血管が浮き上がってき、表情が余計に強張っていく。
するとメっちゃんは肩に置いている手を退け、腕を強く握りしめて、もう一方の拳を握った腕をウチに差し出してきた。
「あのぉ……これは……?」
メっちゃんは、怯えたウチに微笑みを浮かべた。
「喜べ。お前だけは、特別授業だ」
差し出された拳は解放され、目の前で爆発が起こった。
吹っ飛ばされたウチは、ニアス達が見えなくなるまで飛ばされた。
〜 第二十二話 完 〜




