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05


走り去る拙い少女をみとめながらイゼルアは、美少女に見まがう隣に立つ少年――アズに不機嫌そうに尋ねた。

 「なぜ開放させた」

 「あの子の芳香はとても強いから、ちょっと離れたくらいじゃ見失わないよ。それに…姉がいるってさ。果たしてその姉の方も祐血者なのかな」

 イゼルアは不機嫌そうに眉間をひそめた。それでも律儀にアズの問いの意味を考えてしまっている。そんな自分にも彼は腹が立った。

 「……父か母か、はたまた両方か、あの娘がどう祐血を受け継いでいるかで話は違ってくるが、群れをなしているなら姉の方も祐血者だろう」

 捕らえるなら単独でいる時が容易いに違いない。つまりさっきが絶好のチャンスだったのではとイゼルアは煮え切らない思いを抱えた。しかし――

 「本当に姉がいるのかどうかも怪しいものだ」

 あの娘はわからない。祐血者のくせにあまりにみたまんまの拙いガキだ。あの隙だらけのあり様は、逆にこちらが隙をみせるための演技なのか。あれが演技だとしたら、やはりあなどれないとイゼルアは思う。


 「囚血者はともかく、祐血者は嘘はつかないよ」


 アズは微笑みながらそう静かに、けれど力強く反論した。それに対して閉口したイゼルアを尻目にさらに話を続けた。

 「ねえ、あの子の姉のほうが、もし祐血の血を受け継いでなかったとしたら?」

 イゼルアはさらに眉間の皺を深めただけで、何も答えなかった。

 「・・・そうだったら面白いのにね」


 そのアズの言葉に、悪趣味だ、とポツリとイゼルアはこぼした。

 それがアズに届いたのか届かなかったのかは判らないが、アズは笑みを深めながらイゼルアに告げる。


 「さあ、そろそろ行こうか。吸血鬼一家に会いにゆこう」




 リアは休むことなく家まで走り続けた。運動不足の、ちょっと走っただけで悲鳴をあげる体なんか気にも留めなかった。そして自分の住む家が見えてくると、安堵で視界がぼやけた。彼女はノックもせずに、自宅のドアを開けた。

 「姉さん・・・!」

 ぜいぜいと荒ぐ呼吸も落ち着かせぬまま彼女は叫ぶように呼びかけた。

 「リア。どうしたのそんなに慌てて」

 姉はキッチンに立っていた。リアに背を向けたまま包丁を動かしている。トントン、という包丁の音、かぐわしいスープの匂い。それら全てリアをじれったくさせた。

 「姉さん、それどころじゃないのよ。家畜が殺されて、変な奴らが、――村が危ないかもしれない……!」

 妹の切羽詰まった声にもアイリは黙って背を向けたまま。

 「ねえ、姉さんてば!」

 じれったさに耐えられなくなったリアは勢いあまって思わず目の前のテーブルを両手で叩いていた。

 カシャンと音がした。叩いたせいでテーブルにのっていたティーカップが音をたてて揺れたのだ。

 ふと、リアは思い出す。

「……バドは!?ねえ、まさかうちをでてったんじゃ。今危ないのに……!」

 そのティーカップは、特別なものだった。姉は、いとしい婚約者のバドが来た時のみ、うちにある食器の中で唯一洒落たそのティーカップを出す。ピンクと青の二種類のティーカップ。アイリとバド専用。

 ――ピンクと青。 ……テーブルにのっているのはピンクのティーカップだけだった。

 無意識に青を探す。よく見ると、テーブルには紅茶だろうか、透明な液体がこぼれていた。自分がテーブルを叩いた際にこぼしてしまったのだろうかとリアは一瞬考える。――いや、違う。

 テーブルから液体は滴り、床に小さな水溜りをつくっていた。その床には、青色の粉々の陶器が散らばっていた。

 そしてその周りには――。

 リアは息をのんだ。

 「リア。大丈夫よ。バドは帰ったわ」

 息をとめたまま視線を上に動かすと、アイリがこちらを振り返っていた。

 「姉、さん……」

 「バドもきっと無事よ。リア、久しぶりに外に出て疲れたのね。……ううん、きっと悪い夢を、白昼夢を見たのね。やっぱりそとは恐ろしいでしょうリア?ここが一番、か弱い貴方には相応しいの。」

 アイリはゆっくりとリアの元へ近づいてゆく。

 とらわれたように、リアは姉の瞳から目が離せず、動けなかった。

 「だから、外でのことはすべて忘れなさい。ずっとここにいればいいのよ。ここは安全だから――」

 リアは脳内が麻痺していくような気がした。姉の言葉は、甘く、魅力的で、正しいものに違いないように思えた。

 すべてがどうでもいい。外で起こったことも、バドの行方も、

 ――割れたバドのティーカップの周りに数箇所点在している、赤い血の訳も。


 アイリがリアを抱きしめようと両手を開いた。

 リアは姉の抱擁を目を閉じて待った。


 ……ところが、姉の体温を覚える前に、左腕に後ろへと引力をおぼえた。その刹那、姉とは反対方向へと身を引かれた。

 「馬鹿かお前は……!何故!」

 彼女を後ろへと引いた人物は吐き捨てるように言葉をリアへ浴びせた。

 「囚血者の暗術にかかる祐血者があるか!」

 罵倒を浴びせる主、斜め後ろをリアは振り返った。

 ぼぅっとする頭が覚醒し、リアは声をあげた。

 「あなた、さっきの」

 漆黒の青年イゼルアは舌打ちしながらリアを更に後ろへと突き飛ばした。

 「――っ」

 強く突き飛ばされたせいで彼女は壁に背中を強打し、そこに倒れ込んだ。

 リアは痛みに顔をしかめながら、自分の傍に近付いてくる一組の脚をみとめた。そして彼女の体に影ができる。


 「君みたいに力のない無力な祐血者は初めてみたよ」


顔をあげて脚から相手の体、顔をリアは見上げる。やっぱりさっきの二人組のうちの少年の方だった。その少年の表情は感慨なさ気だ。

リアは唇をかんだ。痛みからではない。悔しかったからだ。

 (なによ。こんな子供に言われたくない。自分と同じ位小さな体の子に)


 リアは少年――アズをきっと睨んだが、彼は気にも留めず踵を返し、イゼルアとアイリの方へ近付いた。


 サァっと意識が浮上したリアは、姉に向かって叫ぶ。

 「姉さん逃げて!この人たちは危険よ!」


 「……危険なのはこの女の方だろう」

 イゼルアがそう言いながらナイフでアイリを指し示し、言葉を続けた。

 「アズ、今度こそこの女で間違いないな」


 アズはこくりと頷いた。それを合図としてイゼルアはナイフを構える。

 対して姉は虚ろな眼差しで慌てる事なく対峙していた。


 「……やめて!姉さんに何する気!?」


 「分かってないようだから教えてあげるけどね、あの家畜を無惨に殺したのは彼女――君のお姉さんだったんだよ」

 アズがこちらを振り向いて何ともないように告げた。

 「僕たちは囚血の強い芳香に誘い出され、君があの農場に来る少し前にたどり着いていてね。……最初は君が囚血者かと勘違いしたんだけれど。まさか、君の姉が囚血者だったなんて、これは僕らも予想外だった」


 たんたんとされる説明。しかしリアは理解できない。


 「姉さんが、家畜を?……まさか」

あの狂気にまみれた恐ろしい光景が蘇った。愛する姉とあの狂気がイコールで結べるはずもなく、……しかしリアは震えていた。

 「その血痕。ここでまた何か殺めたか。……今度は、とうとう人か?」

 イゼルアはテーブルの下に数箇所こびりついている血を睨んだ。


 「――ええ、そうよ。裏切り者に断罪を」

 今まで沈黙していたアイリが口を開いた。言葉はイゼルアの質問をたしかに肯定するもので、彼女はわらっていた。


 「うそでしょう……?」

姉を凝視したリアに姉は目を合わせ、冷たい表情をみせた。

 「バドは馬鹿よねえ。こんな役立たずの味方をして。……だから殺したわ」



 震えがとまらない――リアは自分の身体を抱きしめていた。そうして床にへたりこんでいる彼女にアズは近付くと、目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。


 「残念だけど、彼女はもう君の知っているお姉さんじゃないんだよ。祐血者に監囚されてしまっている。君のその様子では、君ではない祐血者にやられたんだろう。……彼女はもう既に――」


 (もう既に……なに?)

 呆然とアズの話を聞きながら、リアの焦点は彼の後ろにあった。




 (くび)から血しぶきをあげて倒れていく姉の姿が映っていた。


 あっけなかった。


 いま1番恐ろしいものは、姉が殺されたことでもなく、姉を殺したイゼルアでもなく、何もせずに姉の死を見届けている自分だとリアは思った。


 「もう既に、人間ではないんだよ」


 ドサリという音がその場に虚しく響いた。



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