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02


 ある人物特有の丁寧な三度のノック音にリアは確信して、即座にドアを開けた。するとやはりそこには思った通りの姉の婚約者の顔があって、彼女は安堵した。

 「やあ、リア。アイリはいるかい」

 そう言いながら彼はリアの姉――アイリを見つけようと家の中を見渡した。

 「こんにちはバド。ごめんなさい、姉さんはまだ帰ってきてないの」

もう帰って来る頃のはずなんだけど、とリアは早口で続ける。

 「へえ・・・農場へ行ったのかい?」

 「ええ。でも姉さん、体調がすぐれない様子だったの」

 そう言いながらリアは彼を家の中へ招き入れた。

 「姉さんは何も言わずに家を出てしまって私ひとりしか家に居ない状態だったから、姉さんの様子も見に行けなくて困っていたの。……ねえバド。私、様子を見てくるわ。家を守っていてくれる?」

 「・・・ほら、やっぱり!二人では不便なんじゃないか。だからあれほど君達に犬をプレゼントすると言ったのに」

 「ええ、そうね。私もそう思うわ。でも姉さんと父さんが――」


 彼女たちがいるこの国の大半の人間はレシクス、ガンレッチ、サァジーの三大神を崇めている。

 家にはレシクスの使いであるフィラフィアという屋神が住む。孤独を厭う神であるから決して家を誰も居ない状態で空けてはならない。それが習わし。……とはいってもそれほど大変な慣習というわけでもない。用は“世帯主が仲間と認めた生きているもの"さえ家に在ればいいのだ。だから信仰を行っている人々は必ず何かしらの動物を家の中で飼っている。だから何も飼ってもいないし家族の人数も少ないリアのケースは大変特殊であった。


 「アイリとジェフドさんは何を考えているんだ?君を家に閉じ込めるようなマネをして」

 「姉さんは父さんに従ってるだけよ。父さんは・・・気難しい方だから――。別に私を家に閉じこめたくってそう決めてるわけじゃないと思うわ」

 頑なに父のジェフドと姉アイリは、リアの代わりに留守を勤めさせる動物を飼おうとしない。そうあるのは小さい頃からだったからリアは別段理由も気にしてこなかった。しかしリアたちの体制に眉をひそめたバドが、うちの犬の一匹を貰ってはどうかと提案した際、リアの心は躍った。家の留守番役になっていたリアにとってやはりその役は重荷になっていたのだ。まあ結局、ジェフドとアイリの彼の提案の拒否には反抗もせずおとなしく従ったのだが。


 「その話は今は置いといて。ごめんなさい、私、姉さんを見に行ってくるわ」

「あ――待って!」

 引き止められるとは思いもよらず勢いよく進もうとしたので、彼に右腕を強く掴まれリアの体は前のめりになり、続いて逆に引っ張られた方向に倒れそうになった。

 「ああ、ごめん」

 慌てて彼はリアの傾いた体を支えた。

 「ううん、……なに?」

 咄嗟に、ばっと彼から離れると、リアは彼を見上げ、聞き返した。

 「実は二人だけのうちに聞いておきたいんだけど」

 「何を?」

 リアは訝しげな表情で顔を傾けた。

 「君は、・・・僕と結婚してもいいと思うかい」


 「……え?」


 リアはバドが何を言ったのか咄嗟に理解できず、間抜けな顔で相手をみつめた。

対して彼はきまりが悪そうというか、どこか切羽詰まったような表情をしていた。

 「あのね、リア。……僕は、君が僕と結婚するのはどうだろうかと考えているんだ」

 「………どういうこと。意味がわからないわ」

 バドは姉――アイリの婚約者だ。それは彼らが産まれたときから決まっていた自明なもの。それを無視するような彼の発言はリアにとって本当に意味が不明だ。

 「考えてご覧よ。ただでさえ君は家族二人の代わりに家を守らされているだろう。それがアイリまで僕と結婚すれば・・・君はいよいよカゴの鳥だ」

 とても深刻そうに彼はポツリポツリそう言う。あまりにもただならいような言い方なのでジョークでないかと思うぐらいだ。

 現にリアは笑ってみせた。

 「待ってよバド、そんな大袈裟な。姉さんが結婚してこの家を出ていった後はさすがに父さんも犬でもなんでも飼うことを承諾するに決まっているわ。……それに何で結論が、私と貴方が結婚するってことになるのよ」

 そう軽く言い切ったリアは、バドの発言はおかしいものであったと彼自身思い直すのを当たり前に待った。しかしバドの様子は期待したものと正反対であり、彼は顔をしかめ、じれったそうに唇を噛んだ。

 「君は何も分かっていないんだ、リア……!」

 吐き出されたのは叱咤のような内容でいて懇願するかのようなものでもあった。

 その彼の一言でリアの醸す空気もさすがに重苦しいそれへ変わった。

 「分かってないって、何が……?」

 リアは慎重にゆっくりと彼に尋ねた。

 彼女が視線をあてた彼の顔は瞬きひとつせず、真剣に見つめ返してくる。

 一体姉さんといい、バドといい、どうしてしまったのだろう、とリアは不穏に思った。彼女は外にほとんど出れないから友人など居ないし、知り合いに限っても片手で足りるほど。いうなれば二人はリアの小さな世界の大半をしめるものなのだ。二人が普段と少し異なるだけでリアの世界は大混乱を起こしてしまう。

 「リア、これはアイリとジェフドさんが話をしているのを聞いてしまったんだけど――」

 重い口を彼は恐る恐るといった風に開く。

 「姉さんと父さんの話を――?」

 何故だろうか、思い当たる節なんて全くないのにリアは嫌な予感がした。

 バドの話を遮ったリアに彼は頷く。そしてもう一度彼が口を開き、何かを発しようとしたときだった。


 ドンドン、と玄関のドアがなる。

 リアとバド、二人は、はっと静止した。


 「――リア?あたしよ、開けて頂戴」


 いつもの見知った声――姉の声にリアは思わず、いつも通り直ぐ反応してドアを開けにいくことが出来なかった。




 「どうしたの?二人とも呆然と突っ立ってて」

 家に帰ってきたアイリは、昨日と今朝とは打って変わって違い――いや、普段通りの彼女の様子に戻って――柔らかな笑顔でそう言った。


 「・・・何の話をしてたの?」


 アイリはリアへ顔を向けた。


 ――違う。

 やはりいつもの姉ではない。


 そうリアが思い直したのは直感的なものだった。

 尋ねた姉は朗らかな顔なのに、どこか冷たく鋭い。自分とバドとの会話を聞いていたのではないだろうか――そう漠然とリアは思った。


 「アイリ、リアから君の体調がすぐれないようだと聞いていた所なんだよ。大丈夫かい?」

 何も言えず固まってしまっていたリアの代わりにバドが話を繋いだ。

 「ええ、大丈夫。リアは大袈裟なのよ」

 「そうか、良かった」


 バドが答えると誰も何も発言せずに三人は立ち尽くした。居心地の悪い空気が流れる。こんなことは本来有り得ない。だれもが黙っていても穏やかな空気が流れていたはずだ。やっぱり今、なにかおかしい。

 おかしいのは姉だろうか。バドだろうか。

 リアはつらつらと責任を誰かに押し付けようとする思考をして現実から逃避していると、アイリが再びこちらを向いた。リアは身を固くする。沈黙は優しい声色の姉により、破られた。

 「リア、今朝は心配かけてごめんなさいね」

リアはおもいっきり首をぶんぶんと振る。


 そんなリアをみてアイリは笑った。

 ――その笑顔はいつも妹を甘やかしてくれる、まさしくいつもの姉のそれだ。


 そう感じたリアの胸に、今度こそ安堵感が溢れ出した。ようやく身体の筋肉が緩まる。


 「そういえば、あたし、夕飯のためのハーブを採ってくるのを忘れてたわ。ねえ、リア。貴方が採ってきてくれないかしら。たまには代わりに外へ出たいでしょう?」


 リアはとたんに嬉しくなり笑顔で大きく頷いた。

嬉しかったのはアイリの言うように外へ出れるからだけでない。姉が自分を外へ出るよう促してくれたことで、自分が無理に家へ閉じ込められているとバドが思っているのは間違いなのだと、タイミングよく彼に知らしめれたとも思ったからだ。


 「じゃあ私採ってくる!」


 意味ありげな笑みをバドに向け、身を翻し、リアは玄関のドアを勢いよく開けた。


 彼が渋い顔をしていたのは自分の勘違いに気付いたきまりの悪さからだと思い、リアは土を踏みながら笑みを深めていた。


 勘違いをしていたのは全て自分だったのに。


 彼女はこの時、本当に何も知らずに小さな世界で鳴いているカゴの鳥だったのだ。


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