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【第1幕:吸血鬼と神殺し】01


その日、姉は、小麦色の肌を蒼白にして帰ってきた。



Ⅰ. 吸血鬼と神殺し


 日はまだ沈む途中。小窓から覗く空は赤く染まっていた。

 ちょうど家事を一通りこなし終わるこの時間。いつもの様に少女はひとり、椅子に座りながらその小窓から外を眺めていた。彼女は十五という歳のわりに小柄で幼い顔立ちであり、窓から吹き込む風に、肩までに切りそろえられた光を含むような金色の髪をなびかしながら、幼い頃よく父親にほめられた自慢の青色のおおきな瞳を瞬かしていた。

 その瞳に映すのは、窓の向こうの淡い赤色の世界。その遠い世界に思いをはせていた彼女だが、木製のドアをノックする音が意識を現実へと浮上させた。いつも通りのように馬や豚の世話をしに農場へ行っていた姉が帰ってきたのだろうと、少女は玄関のドアを開け、出迎えた。

 「姉さん・・・?どうしたの」

 おつかれ、という労う言葉ではなく、思わずそんな言葉をだしていた。ドアの向こうに居た姉はいつもとは違う様子だったのだ。

 ドアを開けたにも拘らず姉は中に入ってこようとしない。顔面は幽霊でも見たかのように蒼白で、妹である少女を虚ろな眼差しで見つめている。少女は姉を探るように見つめ返した。

 「もしかして、家畜に何かあったの!?」

 少女は真っ先に、姉が世話をしに行っていた家畜の心配をした。

 彼女たちが暮らすのはビュアという、とても小さな村。ここで暮らす者達はこの非常に小さな村の中のサイクルで生活をしている。よって貨幣はあまり使われず、物々交換というのがスタンスだ。しかしこの村ももちろん国の自治区の一つであり、税を貨幣で支払う必要があった。そのために毎月、森を抜け、30キロほど離れた場所にある城下街に行ってものを売り、貨幣を得る。その売物として、彼女たち一家は家畜が大事な財源であるのだ。

 そのため不安に駆られながらそう尋ねたのだが、彼女が咄嗟にした危惧はすぐに取り払われた。

 「……家畜たちは、元気よ。心配ないわ――リア」

 姉はポツリとそのように答えると、視線を少女――リアからそらし、横をすり抜けてさっさと家の中へ入っていった。

 リアはドアの前に突っ立ったまま、訝し気な眼で姉の後ろ姿を追う。しかし姉はリアの視線を振り切るようにして家の奥の自分の部屋に入ってしまった。

 姉の部屋をリアがいくらノックしても返事は無かった。リアはドア越しに、様子のおかしい理由について原因を何度も尋ねもしたが、その日は結局、答えることも夕食も食べることも姉はせずに、早々床についたらしかった。

 そして一夜があけたその翌日。姉の異変は元に戻るどころか一層、増した。

 「姉さん、具合悪いの……?!」

 目の下に早くに寝たとは思えないほどの隈を作り、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。そんな彼女をみた瞬間、深刻に彼女が心配になり、リアは駆け寄った。

 「熱は・・・?」

 熱を測ろうと、姉の額へと手をかざす。――それと同時、姉は妹のその手を振り払った。

 一言、「触らないで」と付け加えて。

 リアは呆然とした。目すら合わせてくれない。いつだって笑顔で優しい姉がそんな拒絶の態度をとったのは初めてだった。

 そのまま無視するように離れた姉を目で追いながらもリアはその場に立ち尽くして動けなかった。だが、彼女が食卓のテーブルについたのを見とめると、姉は朝食を摂る気があるのだと読み取り、リアは慌てて朝食の支度をするために台所へと踵をかえした。


 「……ねえ、やっぱり体調でも・・・悪いんじゃないの?」

 働き者の父はほとんど家に帰ってこないし、母はリアを産んで死んでしまった。だから朝食のこの時、リアは姉と向かい合い、二人きりだ。

 朝食のスープを口に運びながら、リアは恐る恐る、再び姉に尋ねた。姉に話しかけるのにこんなにも緊張したのは初めてだった。

 「具合いが悪いのなら今日は私が農場に行くわ。姉さんは家で休んでいて」

 なお答えようとせず、俯いた姉からは表情も読み取れない。リアは不安を振り払うよう早口でそう続けて言った。

 その直後、カチャリという金属音がテーブルに伝わった。スプーンが机に落ちた音だろう。リアは反射的に自分の手元を見た。自分はスプーンをにぎりしめている。自分のではない。自動的に姉の手元に目をやった。・・・彼女のもとのテーブルはスープが飛び散り、スプーンが無造作に机上に配置されていた。おそらく姉はスプーンをスープの入った皿に落下させ、両者は皿から飛び散ってしまったのだろう。

 「よく言うわ!ぬくぬくと今までこの家の中で護られていたくせに、あんたが家畜の世話なんてできるわけないでしょう?!簡単に言わないで頂戴!――あんたはこの家に閉じこもっていればいいの……!」

 「え・・・?」

 姉が言ってることをリアは直ぐに理解出来なかった。ただ、姉がそう発言しながら勢いよくテーブルを揺らして席をたって立ち去ったのと、数秒後に玄関のドアが閉まった音を五官が感じ取った。

 リアがその間思っていたことというと、

 (あ、スープがこぼれた)

だとか、

 (姉さん、食後のお祈りをしないで席を立ったわ)

といった覚束ない思考だった。

 姉が自分に暴言を吐いたなんてこと自体、余りに信じられないことだったからかもしれない。

 そのか細い四肢のどこからそんなエネルギーが出て来ているのか、と不思議になるくらい活発で、明るく、妹にとてつもなく甘い少女、というのがリアの姉だ。家の仕事を担うことが役目の、陽に全く焼けていない色白のリアと違って、彼女はまさしく日の光を浴びながら生活するに相応しく家畜の世話をする。リアは目を細め、小窓から朝日を見すえた。

 (そういえば、今日はバドが来る日だ)

 姉の歳は十七でリアの二ツ上。姉にはリアと違ってこの閉鎖的な村らしく、幼い頃から決まった許婚がいた。

 (午後になればきっと姉さんの機嫌は良くなるよね)

 なぜなら今日は、一週間に一度、姉が夢中である婚約者のバドが家にくる日だからだ。そう考えながらリアは姉がこぼしたスープを片付ける。


 そしてその安易な考えは大きな間違いだったと直ぐに知ることになった。

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