後編 戻るべき場所~贖罪への導(しるべ)~
壊れた酒場の扉、気絶して動かない禿頭のオヤジ。
それでも動く者はいて――、アランとキースがそれぞれに、いつの間にか武器を手にして妾を庇うように前に出た。
アランはその手に戦斧を――、キースは十本ものナイフを――、その敵に向けて立っていた。
「……はあ……。悪あがきはよせ……。貴様らもリリィが憎いんだろうに……」
「――?!」
妾は驚いてアランとキースを見る。
でもその背中からは彼らの思いを推し量る事はできなかった。
「アラン? ……キース?」
「……進むんだろ?」「行くんだろ……」
――リリ……。
その言葉に妾は頷いた。
「きひひひひ……!! さっきの事で自害しておれば……、楽になったろうになぁ!!」
「……!!」
ジャドウがその周囲に無数の魔力弾を生み出す。
「……ああ!! そうか?! お前ら……、ソイツを生かして……、永遠に罪の意識で苦しめようと……?!」
「うるせえ!! ボケナス!!」
戦斧を持ったアランがジャドウへ向けて駆ける。キースは魔力弾一つ一つへ向けて、そのナイフを高速で投擲した。
「……リリ!!」
「うん!!」
キースの叫びに妾は頷く。すべては後だ……、今はこの場を切り抜けないと。
【……導の灯火……、太陽の欠片……。其は……、炎熱をもって……進むべき道を切り開く!!】
――【クリムゾンランス】!!
ジャドウの周囲の魔力弾が高速で空を奔る。それをナイフが迎撃して撃ち落としてゆく。
「るあああああああ!!」
アランが咆哮を上げて戦斧を振るい、それをジャドウは既のところで避けた。
――そこに、真紅の槍が高速で突き刺さる。
「げは!!」
その身が紅蓮の炎に巻かれる。……その眼が憎しみに歪む。
「……おいリリィ……、来いよ……俺とともに……、死の世界に……」
「……」
それを妾は苦渋の眼で見つめる。
「……それは、出来ぬ……。まだ……」
「ざけんな……、今こいいいいいいいい!!」
その炎で灰になりつつある腕を妾に向ける。
妾は罪の証として――、ひたすらそれを見つめ続けた。
――だから反応できなかった。
ドン!!
「リリィ!!」「リリ!!」
アランとキースの声が重なる。妾はいきなりの衝撃に吹き飛ばされていた。
その光景を見て――、ジャドウは嘲笑を浮かべて灰に変わった。
「ぐ、う……」
ガシ!
呻く妾の首にそいつの鉤爪が食い込む。
――それは……。
「もう一人のリリィ?」「コレって……」
アランとキースがそいつを苦しげに睨む。
そこに突如現れて、妾の首を掴んで――、今にもへし折ろうとしていたのは妾自身だった。
「……こんにちわ……ワタシ……。ウザい愚図女……」
「うぐ……」
その鈎爪が妾の首に食い込んでくる。それをアランとキースが止めようとして……。
「動くな……、残存思念風情が……」
「く……」「う……」
その【大魔女リリィ】が二人を睨んで、二人はその動きを止めた。
「……ねえリリィ……。貴方おバカさんなの?」
「な、に?」
「殺そうとしてきたから殺しただけじゃない? ……何をグダグダ悔いてるのよ……」
その【大魔女リリィ】の言葉に妾の心に力が宿る。
「……何を……馬鹿な……。妾のしたことが……正しいわけないじゃろ……」
「気に病み過ぎなのよ? 別に……」
――自分が楽しければそれでいいじゃない。
「ワタシはワタシの望むままに生きた……。その果てにそれを否定されそうだったから殺した……」
――自由に気ままに生きて何が悪いの?
その言葉に――、妾は……、
「……何を……言ってる……」
その心の奥から怒りが……、紅蓮の炎の如く吹き上がって来る。
「そんな事……、あんな事……」
――許されて良いわけあるかあああああああああああああ……!!
妾は歯を食いしばってその【大魔女リリィ】の腕を掴む。それを【大魔女リリィ】はつまらないモノを見るような眼で見た。
「……もしそれが……、妾の本心だと言うならば……。もはや妾にこの先を進む資格などない……」
……だが!
「貴様なんぞ……妾の本心であるはずが……、ない!!」
その指を【大魔女リリィ】の甲殻に鎧われた腕に食い込ませようとする。
――しかし、その指は――爪は逆に傷ついて血が流れ始めた。
「……ほんと……ワタシは……諦めが悪い……」
そのまま【大魔女リリィ】が妾の首をへし折ろうとする。しかし――、
「……!!」
不意に【大魔女リリィ】が妾から手をはなして飛び退った。
「……き、さま!」
「……」
そこに……、妾を庇うように【ユゥト】が立っていた。
「……リリィ」
「……ユウト? いや……おまえは……」
その【ユゥト】は変わらぬ優しい笑顔で妾の方に振り返った。
「進むんだろ? それが苦しく……、辛く……、その先に君への断罪が待っていようが……」
「……うん」
その言葉に【ユゥト】は一瞬悲しそうに笑ってから【大魔女リリィ】に向き直った。
そんな彼に【大魔女リリィ】は歪みきった憎しみの表情を向ける。
「いい加減にしろよ? ……核を得たからって……ワタシの邪魔ばかりしやがって……。残存思念ごときが……」
その【大魔女リリィ】に向かってアランが戦斧を振るって襲いかかる。
グシャ!!
「ぐ、あ……」
【大魔女リリィ】の鈎爪がアランの腹を突き抜ける。アランは血を吐いて……そして、叫んだ。
「キース!! 今だ!!」
その時、キースが既に【大魔女リリィ】の背後に立っていた。
その表情は――、いつもの気のいい笑顔ではなく。
「――覚悟!!」
【大魔女リリィ】の喉に触れている刃を一閃しようとする。……が……、
グシャ!
「く……あ」
【大魔女リリィ】の尾の先端がキースの腹の向こうに突き出ていた。
「リリ……」
苦渋に顔を歪ませながらキースは妾に笑顔を向ける。
「アラン!! キース!!」
妾はそれを見て――、絶叫した。
――そして……、妾はハッキリと思い出す。
彼らが誰であったのか。
「りりいいいい!!」
その叫びが……、アランの憎悪に満ちた叫びがリリィに届く。それは――、かつてのミガンナム。
【大魔女リリィ】として暴走を始めた妾に……、最後まで抗った最後の戦士たち。
――それは結局妾の【吸精能力】に倒れて……、怨嗟の声を叫びながら命を落とした。
――ならば何故? そう妾は思う。……それは当然の事……。
二人は裏切られ――、憤り――、その先で【大魔女リリィ】を滅ぼそうとした二人。
――でも……。
「……あ」
それはミガンナムに始めて来た時、宿もなく困り果てていた妾を助けてくれた二人。
恩もあった……、色々な偶然や彼らの幸運もあったのかも知れない。
――妾にとって……、【魔種因子】の衝動で動いていない時の妾にとって――、
――ミガンナムにおける幸福であった記憶の二人……、最後まで命を奪えなかった二人。
「……やっと……ここまで来た……。この機会を……得た」
アランが血を吐きながら言う。
「リリに吸収される瞬間……、見たんだ……」
キースが血を吐きながら言う。
「「膝を抱えてうずくまるリリィ……、過去を悔いて今の状況に嘆くリリィ……、絶望して自由にならない自分自身に……、ただひたすら泣くだけのリリィ……」」
……苦しかった、憎かった、裏切りが許せなかった。
――でも……、
「「俺達との……あの日々は……、思い出のリリィは……確かに間違いではなかったと……思った」」
――憎んでたけど……、思っちまったんだ。
――誰か……、世界でたった一人でもいい……、この子に救いの手を……と。
「ううううう……」
そうして妾は泣きながら理解する。――目の前に立つ【ユゥト】の正体もまた……。
それもまた――、刹那の瞬間に見えた光景に……、犠牲者達の心の底でほんの少しだけ宿った残存思念。
【吸精能力】は精魂の合一。それゆえに……、その一欠片の残存思念はユウトの精魂を核として、その存在を生み出した。
「リリィ」「リリ」
「あああああああああああ!!」
アランとキースが妾に笑いかけてその姿が光の奔流へと変化する。
その光は、涙を流す妾の前で妾を庇うように立つ【ユゥト】の中へと入っていった。
【ユゥト】は嘆く妾に向かって叫ぶ。
「受け取れリリィ!! ……苦しみ、怒り、裏切られたと感じながらも……、その刹那の瞬間に……、リリィの救済を願った者たちの想いの欠片を!!」
そして【ユゥト】もまた光球に変ずる。――それは妾の胸へと飛翔して小さな熱を与えた。
その瞬間、妾は彼らの想いを正しく理解する。
「……ああ、こんなに……、辛かったんだね……。妾の裏切りを許せなかったんだね……。でも……、それでも祈りを……、こんなに沢山の祈りを残してくれたんだね……」
それは決して大きな想いではない。刹那の瞬間垣間見た妾の本心の嘆きと過去を知って、ほんの僅かに生まれた彼らの微かな想いの集合体。
怒りながら、苦しみながら、それでもほんの僅かに宿した憐憫であり、いつか妾の罪が正しく洗われることを願ってくれた――、ほんの一欠片の祈り。
でも――、それでもそれは妾の心を支えて、――その心を奮い立たせた。
「……うん……、分かってる。妾の罪は消えない……、あなた達の苦しみももはや消えるすべはない。妾に出来ることは……、それでもその一欠片の想いに答えて……」
――その罪を背負ってまっすぐに進むことだけ!!
その瞬間、妾の身体が元の大人へと戻る。
頭部に竜角が生えて竜尾も元のように再生された。四肢の甲殻も戻り、その体内の魔種の力が感じられるようになった。
そうして元の姿を取り戻した妾は、目前の打ち倒すべき化け物――、【大魔女リリィ】を睨んで一歩前に出る。
「……これはその……」
――第一歩!!
その睨む眼に憎悪を向けながら【大魔女リリィ】は咆哮する。
「うるさい人間ども!!」
その身が歪んで筋肉が増大し、そして変形を始める。
「……黙っていろ人間ども!! ……貴様らは……」
――我が玩具!!
――我が奴隷!!
――我が食料!!
「……貴様らに自由意志など必要ない!!」
その全身から放たれる魔力が爆発し、それに伴ってその体も肥大化してゆく。
妾はそれを驚愕の目で見る。そうして変化した【大魔女リリィ】は……明らかに……、
(……なに?! これ……、妾? じゃない? こいつの身体……男性体?!)
「人間の女ごときが我に抵抗するな!! 我にその命を明け渡せ!! この……■■帝グ■■ザ■様に!!」
その言葉にノイズが走って、その一部が妾の耳には届かない。しかし、それが明らかに、過去の妾――【大魔女リリィ】ですらないことは理解できた。
それは――、全身各所に巨大な角を生やし、筋肉が異様に肥大化しており、サーベルの如き牙が口に並んだ竜角の生えたサメの如き頭部を持った怪獣である。
「があああああああああああああああああああああああああああああ!!」
怪獣が咆哮をあげる。それだけで妾の身体は震えた。
(……これが【魔性の渇望】の正体?! これは一体何?! こんなものが妾を?!)
次の瞬間、その巨大すぎる拳が振り上げられる。それはもはや一撃で現在の――力の戻った妾すら叩き潰せると思わせた。
一瞬、ユウトの笑顔が……、そしてさっき消えたばかりのアランやキースの笑顔が心に思い浮かぶ。
「……く!!」
その思いに導かれるように妾は足に力を込めて、一切引かずに両手を怪獣に向けた。――もはや妾に後退という意識はなかった。
「負ける……、もんかああああああああああああああ!!」
妾はその体内に宿る魔力を活性化させる。その瞬間、その耳に――微かに二人の女性の声が届いた。
【……そうよ、恐れず進みなさいリリィ……】
【貴方が折れない限り……、未来への道は続くのよ?】
――私達の愛娘……。
――私達の愛娘……。
その瞬間、それまでただ肉体を覆う装甲――、重しでしか無かった全ての甲殻に神経が通い始める。
それは、妾の精神に繋がって、その機能を正しく自覚させた。
それこそは【玄鱗龍姫】の権能――【黒鱗竜】のその力を顕現させる力だった。
その絶望的に巨大な拳が妾に向かって落下してくる。しかし、妾はその左腕を横に振って、その力を顕現させる。
――その瞬間、妾の前方、怪獣に向かって【黒鱗竜】の巨大な竜尾が横薙ぎに奔って打撃する。
ドン!!
その打撃を受けた怪獣は、よろめきながらその拳を妾の直ぐ横に落とした。
そうしてできた隙に妾は――さらに右手を横に振るう。
ザク!!
――その瞬間、怪獣を【黒鱗竜】の巨大な鈎爪が横薙ぎに切り裂いた。
そして――その一撃は、確かにその怪獣に傷を与えた。
「きさまああああああああああ!! 抵抗するなああああああああああああ!!」
「……嫌だ!! 抵抗する!!」
怒りに任せてその巨体を立ち上がらせた怪獣が、再び妾に襲いかかってくる。
妾は今度は、その両手を横に振るった。
――そして【黒鱗竜】の鈎爪が二つ顕現する。
その怪獣は妾が顕現させた竜の爪によってその胴を切り裂かれた。
――その身が後退し怨嗟の咆哮を上げる。
「があああああああああああ!!」
そしてその手を妾に向けて――、莫大な魔力を収束させ初めた。
「……く!!」
――次の瞬間、魔力の奔流が妾に向けて放たれる。それは妾を消し炭に変えられるだろう事を予想させて……。
「ああああああああ!!」
妾は両手を前に構えて、【黒鱗竜】のその全身を顕現させる。そこに奔流が衝突し、その鱗が魔力に耐えながらも融解し始めた。
「ぐ……ああああああ!!」
――融解し舞い散る竜鱗を見つめながら、妾はユウトの姿を心に思い浮かべる。
――戻らないと……、そこに……。
そうして、必死に堪える妾の耳に再びあの声が聞こえる。
――口を開いて……。
――その想いの丈を……。
――絶叫しなさい!!
そして妾は口を開く――。その口の奥にはチロチロと小さく輝く紅炎が見えた。
「……ゆうとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そう叫んだ瞬間、その口から魔素エネルギーの大奔流が放たれた。
それは――まさしく……、
――ドラゴンブレス。
そして力は激突し――、……そして決着は起こった。
◆◇◆
崩壊してゆく……、幻想の街が幻そのものへと変わってゆく。
それにリリィは手を伸ばす。その手の先に……、
――アランとキースが笑顔で見送る姿を見た。
◆◇◆
自分はそこそこ長い時間眠っていたらしい。
数日経って、皆が諦めかけていた時に妾は目を覚ました。
――不思議なことに、これ以降それまで以上に【魔種因子】からの暗い力を感じなくなっていた。
それは、まさにただの【強い力】になったかのように。
そして――、妾自身が扱える力にも変化が起こっていた。
その身を人間そのものに戻せるようになり、多くの力を不可分なく自分の意志でコントロール可能になっていた。
もちろん、飢餓状態が進めばどうなるかという疑問はあったが……。
そして――、
それから数日後の夜、誰もいない月夜の下で……ユウトにあるお願いをした。
それを聞いて――、ユウトは……、
――ただ苦しげに俯くだけだった。
――その願いとは?




