中編 断罪の檻~罪との相対~
その日、14歳に戻っていた妾はその酒場のご厚意で泊めてもらった。
禿頭のオヤジさんも見た目だけ怖い良い人で――、その前の二人と同じく妾に良くしてくれた。
――でも……、
――それは……、
……彼らもまた、かつてのミガンナムで共に亡くなっているであろう――、そう思い出させて。
妾は朝日が登ったら、逃げるように街への探索に出た。
「……」
街を歩くと……、心が沈んでゆく。
――かつての私と同じ姿で……、その心だけが魔種因子保有者ではなく。
――ただの……家を追い出された元貴族の娘・人間リリィに戻っていた。
このまま妾は目覚めずに――、消えるべきではないのか?
……その想いだけが募っていった。
そうして、公園にある椅子に座って俯いていると……。
「リリたん!!」
不意に独特の舌っ足らずの声が聞こえて、妾の目前に一輪の花が現れる。
それを握っていたのは――、
「キース……さん?」
「よう! どうしたんだ? 元気出せ!!」
頬を赤くした大の大人が――、それもかなりヤバそうな雰囲気の男が、少女の前に跪いて花を捧げる姿は――、他人から見たら滑稽に見えたかも知れない。
でも……、妾はそれを見て溢れる想いが……止められなかった。
「うう……、ううああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「え?! あ? ……おれ……、リリたん? 泣かせて?」
「……違う……の……。ごめんなさいキースさん……」
その時の妾は、ただ吐き出したかったのかも知れない。
……謝罪したかったのかも知れない。
失われたであろう彼に――、
そして――、
キースは妾の言葉をただ静かに聞いていた。妾の罪の告白を……。
「……大、魔女? 街を滅ぼした? ……俺は頭悪いし……正直わかんねぇ。まあオンナに嘘言われるのも日常だしな……」
「……ごめん」
その謝る姿にキースは小さく頷いて言った。
「でも……、リリ……悔いてんだろ? それが嘘かホントかはしらねえが……、罪を犯して……そして悔いてんだろ……? じゃあ……」
「キース……」
「……ああ!! クソ!! もっと頭が良けりゃ!! オンナ口説けるほど……。ごめん上手く言えねぇ!!」
その素に見をくねらせる姿に妾は少し笑った。
「……一つだけ言えることは……」
「?」
「リリが、本当に戻るべき場所に……帰るべきだってことだ」
それは分かっているのだが――、今の妾には見当が……。
――と、不意にゾクリと背筋が凍る気分が湧き上がる。
それに突き動かされるように、それを感じた方向を見た。
「きひひひ……」「へへへへへ……」「きしししし……」
それは一見するとキースやアランと変わらない、荒くれ男にも見える。
しかし――、それが全身に纏う雰囲気がはっきりと可笑しかった。
ジャキン!
三人男のうち大柄の髭面がその手にナイフを握る。その光景を周囲の誰も見咎めず……。
「ぐ?!」
驚き立ち上がる妾の、その姿を見てキースの視線が髭面男と重なる。
「カイン?! てめえ……」
その視線がリリィしか見ていない事にキースは気がつき、さらに三人の雰囲気のおかしさも気がついて……、
「リリ!!」
「え?」
キースが妾の手を引いて一目散に逃げ出した。
「キース?!」
「アイツらおかしい!! おかしくなってた!! この間まではあんなじゃなかったのに!!」
「……、あ……」
キースに手を引かれながら、その事実に妾は思い至る。
さっきの三人組には見覚えがある……、
あれは――、普通に生きようとこの街で、ある酒場の給仕の仕事を得て……数カ月たったある日……、
――強烈な飢餓に襲われて、それが【魔種因子】によるモノだと理解して、必死で抑え込もうとしていた時……、
――その時に声をかけられたのだ……。
……言ってしまえばナンパというやつだった。
普通ならば断るが……、
――もう耐えられなかった。
そして――彼らはこの街で初めての餌食になった。
妾の【魔種因子】はまだ不完全で、完全な吸精までには数ヶ月ほども要した。
――しかし、年が変わり――、ソレが続くうちに――
――彼らは恐ろしい変貌を遂げていた。
【魔種因子】は餌の確保を優先する……、知らない内に彼らの精神を侵食し――、
――彼らに強烈で抗えない性行為への執着を与えていた。
それが極限に達して――、彼らは公然と強姦を繰り返す邪悪に変貌していた。
彼らはその果てに――獄中死する。
(……でもおかしい……、私はまだ関係してないし……。そもそもこの頃は……)
なにか違和感を感じる……。しかし……。
「畜生……! 周りのみんな……奴らの異常さ気がついてねえのか?!」
「……く!」
周囲に助けを叫んでもなにも反応しない。おそらくは……、この街は……。
「まてえええええええ!! ヤらせろおおお!!」
「何処にげるんだよリリィ!!」
「逃げても無駄だ!!」
その光景を妾は睨んで……、そして――。
「止まって……」
「な? リリちゃん?!」
「……とにかく……、今はケジメをつけないと……」
驚き妾を見つめるキースの目を、妾はまっすぐに見つめた。
「わかった! 最悪……俺がリリを守る!!」
「……ありがとう」
そうして立ち止まった妾に下卑た笑顔を向けて三人の男が追いついてくる。
そして――、
「諦めたか? じゃあ……楽しもうぜリリィ……」
「……」
「そうそう……、全てを忘れてさあ……」
――それは……、
「出来ぬ……」
「はあ?」
三人が憎々しげに妾を睨む。
「……妾は……忘れようにも忘れることは出来ぬ……」
――お前たちに成した罪を……。
「お前たちがあのような末路に果てたのは……、妾のせいじゃ……」
あの時、飢餓にうち勝てたとは思えない。でも――、他にできることは確かにあった。
静かに妾が睨む視線を受けて、三人の男達は静かに怒りを湛えて前に出る。
「……このまま放置するわけにもいかぬ……。そして……妾がここで成すべきことを……、少しだけ理解できた」
そうして睨む先――三人の男達が各自刃物を手に襲いかかってくる。キースが前に出ようとして――、妾はその手で止めた。
【……暗雲に雷鳴……、天翔ける金龍……。その咆哮は……我が前に在り……!!】
――【ライトニングボルト】!!
稲妻が彼らを打ち据えて、それを灰へと変えてゆく。
妾の顔が苦渋で歪み……、それを見て三人の男達はそれぞれに憎しみの籠もった表情を向けた。
「ふざけんなテメエ……、俺等をこんなに追い込んだクセに……」
「……ああ、そうじゃな……」
妾は胸を掻きむしりながら……、その消滅する姿を――、見送った。
「……」
俯いて黙り込む妾を、驚いた表情で見つめるキース。
さっきまで三人がいた場所を見てから――、そして言った。
「……あれって……魔法?」
「……ああ、あれは……」
――と、不意に妾の両肩にキースの手が触れる。その手は震えていて。
「すげええええええええ!! マジの魔法だぜ!! どっかの魔法結社とか……、一部の貴族に独占されてるアレだろ?! やっぱ……リリっていいとこのお嬢ちゃんなんだな!!」
「え? いや……それは……」
「……ほおおおおおお!! これは俺なんかにはもったいねえ……、いつか偉大な魔法使い様か?!」
純粋に感動するキースに、妾は呆気にとられるしか無かった。
「……お? お前ら……」
不意に声がかけられて、妾はビクリとしてそちらを向く。
そこに入れ墨角刈りのアランが立っていた。
「……なんだ? キーステメエ……、早速デートか?」
ニヤニヤ笑いながらキースに言う。キースはその言葉に驚いてから、妾の肩を握っている自分に気がついた。
「のわああああああ!! リリに触っちまった!!」
「……ククク……、だからおめえはいつまでも童貞なんだよ……」
そう言ってアランは笑い。それにキースは食って掛かった。
「……く! 何だよ!! テメエは奥さん取られて……」
「お前な!! 古傷に塩を塗り込むな!!」
そうして言い合う二人を見て――、ふとある事を思い出した。
「……そうじゃ……、妾がお世話になっていた……」
――あの酒場に……。
そして妾は走り出した。それに気がついて、キースとアランもまた私を追って走り出した。
◆◇◆
今、お世話になっている酒場は、かつてお世話になっていた酒場ではない。
かつてここに渡ってきた妾は、別の酒場に給仕として泊まり込みで働いていた。
そこは夫婦で経営していたある小さな酒場で、ある意味子供のいない彼らの娘のような扱いを受けていた。
「……」
そして妾はその酒場の前にたった。そして――、一瞬ためらってからその扉に手をかけた。
「……いらっしゃい……あ」
そう声がかけられて、そのまま声が止まる。
その酒場の優しげな主人が、妾の顔を少し怯えた目で見ていた。
「ゴート……さん」
妾は、彼のその態度に――、ある事実を理解するとともに安堵もした。
(……ゴートさんは……、あの三人と違い侵食末期じゃない……)
……と、不意にゴートの隣で洗い物をしていたゴートの奥さんが、妾を見て笑顔を向ける。
「あらリリちゃん? 何処行っていたの? 心配したのよ?」
そう答える彼女を見て……、妾はいたたまれない気持ちを得て俯いた。
――と、不意にゴートが妻に向かっていう。
「ちょっと……リリと話があるんだ……。出てくる……」
「そう? 分かったわ……」
そうして夫を笑顔で見送る妻。それを――見て妾は目を瞑り。
そんな妾を決意に満ちた瞳でゴートは見つめていた。
――そして、近くにある広間の小さな椅子で、妾とゴートは隣り合って座る。アランとキースは一旦離れて見守ってもらった。
「リリ……」
「はい……」
「……ごめん、大人として……、俺はいけないことをした……」
「……」
「君に求められても……、受け入れちゃいけなかった……」
――初めこそ妾と酒場夫婦は親子みたいだった……。でも、例の三人以降――、強烈な飢餓に抗えなくなった妾は、まるで麻薬が切れた麻薬患者のように……、ソレを求めた。無論、身近にいる男性だって……。
ある意味でそれはゴートにも隙があった……。でも、それが最悪の事態を引き寄せてしまった。そして後は――、あの三人とそれほどの違いは……。
「……もう、君とは付き合えない……」
「はい……」
「……私の酒場には……、どうか近づかないで欲しい……」
「はい……」
――大丈夫です。もう二度と【私】は貴方に近づかない。
「ゴートさん……、ごめんなさい……」
「……いいや、謝るのは大人である……私だ……」
「……どうか……奥様とお幸せに……」
――それは、言っても仕方がないとは思う。もはや彼らは……。
「さよなら……リリ……」
「……さよならです……」
――妾に優しかったおとうさん……。
そして妾は彼に背を向けた。
――もうコレで……、たとえ仮初の世界でも悲劇は起こらないだろうと……。
――私は勘違いしていた。
静かに近づく妾に、アランとキースが声をかけてくる。
「大丈夫か?」
アランが妾の頭を優しく撫でて言う。
「……大丈夫……、これは妾が自覚じなければならぬものじゃ……」
「そうか……、まあ、もうすぐ日も落ちるし……、帰るぞ?」
そう言ってアランは笑う。
――ふと、目前の二人に微かな既視感を得た。
しかし――、
(……そう言えばこの二人……)
記憶にある限りの犠牲者には彼らはいない。それが私の中で疑問として残った。
◆◇◆
その日の早朝、――アランがキースを伴って今お世話になっている酒場に来ていた。
その怒鳴り声に近い声音に妾は階下に降りてきた。そこに運悪く……、キースの言葉が重なった。
「あのゴートっていうおっさん……。マジでミイラになって死んでたって?!」
「――!!」
そのキースの声を遮ってアランがキースを睨んだ。そして――、アランの視線が妾と重なった。
アランは絶句して苦渋の表情を浮かべる。
「リリィ……」
「……」
その時、妾の思考は真っ白になっていた。
――ミイラになって死んだ? ゴートさんが?
――それは……【吸精能力】?
そこに至って……、やっと妾は正しく理解した。
――ああ、そうか……、何を勘違いをしておったのか。
「りり?!」
キースの叫びが微かに聞こえる。
――なんと馬鹿なマネを……妾は。
「おい! しっかり……」
アランの叫びが微かに聞こえる。
――多少は償いになると思い込んでいた。
「……!」
意識が遠くなってゆく。
――コレは過去の幻……、その罪は……、
――絶対に消えることなどない。
――妾は罪を犯した……。
【貴様は……!! 本気で……!! 言っているのか……!!】
【この封印を解いて、このような生活をしていたところを見ると……。なにも知らん部外者だろうが!! この女が……】
【――背徳の大魔女リリィが、かつて引き起こした災厄を知らんのか?!】
【許せだと? それをこの女が殺した者たちに言ってみろ!! それが許すなら……、許してやる!!】
――シルヴィンの怒りの叫びが頭に響く。
――そう、その罪が許される事など二度とない。
<そうよ? 当然でしょう?>
【勘違いなきように……。我らは許しを与えるのではありません。……これは処刑の保留なのです】
――シルヴィンの静かな声が頭に響く。
――そう、それは許されたのではなく……、処刑までの猶予期間。
<そうよ? まさかこのまま生きられるとでも思ってた?>
不意に、真っ白な視界に輝きを見た。
そこにあるのは――一本のナイフ。
――そうだ……、やっぱりそうなんだ……。
――妾がここですべきことは……ソレなんだ。
「……!!」
微かに叫び声が聞こえる。
振り返ると――静かにソレを見つめる【ユゥト】がいて。
「……」
――妾は静かに微笑んで言った。
「……ごめんユウト……」
――そして妾はその手をナイフへと伸ばす。
――その刃で……、自身の喉笛を切り裂くために。
<そうよ……、それでいい……>
何処からかナニカの声が聞こえる。……それがナニカは今の妾にとってはどうでもいいことだった。
<そう……、そのまま命を断つのよ……、そうすれば……>
――リリィという愚図女は消えて、全てワタシのものになる。
――そして妾は……。
パン!!
いきなり頬を叩かれた。一瞬で意識が戻る。
「何やってんだこのバカ野郎!!」
そこには怒りを顔に表したアランがいた。
アランがその大きな腕で妾の首根っこを掴んで揺さぶる。
「……死に逃げようとしてんじゃねえ!!」
「う……あ」
「キースから……又聞きで詳しく本当のところはわかんねえが……! コレだけは言えるぞ?!」
その眼に涙が見えて――アランは思いの丈を叫ぶ。
「死んでも……、お前が犯した罪は消えねえ!! それがそんなにひでえ事なら許される理由がねえんだ!!」
「……うう、ううううううう……」
「……でもな? 一欠片の……救いはある……」
アランは静かに妾に笑いかける。
「……おめえは罪を自覚してる……、命を断ってもいいと思うくらいに……、自責を感じてる」
――世の中には、悪い事しても、それを悪いことだと理解できない者はいる。
「お前は……悔いてんじゃんねか……。後戻りできんだろ?!」
「……駄目……、妾の罪は後戻り出来る限界を超えている……。やっぱり……」
そうして俯く妾を苦しげに見て。そして……、
「……お前には……やらなきゃならないことはないのか?」
「やらなきゃ……ならない……」
「命を断つにしても……、それをこなしてからにしたらどうだい?」
――と、不意にその思考にレイレノールの姿が浮かぶ。
「――!」
「……あるんだな? じゃあ……命を断つのは後だ……。これからのリリィなら……」
――間違いなくまっすぐに生きられるはずだろ?!
アランの言葉に妾その胸を掻きむしる。
――罪は消えない。多分、妾は――いつか断罪されるのだろう。
――でも、その前にすべきことがある!
レイレノールという【魔種因子】保有者の帰還。それは――あの【旅の魔法使い】の生存を示しており。
(――帰らなきゃ……現実に……。死ぬ暇はない……、止めないと……今度こそ……)
――そう……これは、処刑までの猶予期間。
その間に――、あの諸悪の元凶を――、
――この命の全てをもって打倒す!!
――かつて出来なかった……すべての事を今こそ!!
――これ以上、世界に悲劇を起こさせないように!!
そして――妾は立ち上がる……、しかし――。
ドン!
不意に酒場の扉が吹き飛んだ。それによって禿頭のオヤジが取れて気絶する。
「な?!」
驚き見る視線の先に――、一人の男が立っていた。
「お前……ジャドウ……」
それは当時、金持ちから金を奪って貧民に配るとされ、持て囃された義賊ジャドウ。
――しかし、ある日を境に強盗強姦を繰り返す悪鬼とかした存在。
それは――、妾が【魔種因子】の力を覚醒させて、意識が完全に塗り替えられてしまう直前に関係を持った存在。
「迎えに来たよリリィ……、大魔女リリィ様のもとに行こう……」
「――!!」
そうしてやっと妾は、それと――、
――【大魔女リリィ】との決戦へと至る。




