前編 立ち戻り
その時――、街は終わろうとしていた。
ある時を境に街中に背徳に溺れた人間が溢れるようになった都市ミガンナム。
その果てに精魂を食われ尽くした生きた屍が蔓延るようになったのは、【彼女】がその本性を表してからだった。
そして、その二人は――、廃墟と化しつつある街を奔る。――その手に武器を持って。
――かつては笑顔を向けた【彼女】を討つために。
二人は裏切られた――、憤っていた――、苦しげに顔が歪んでいた。
――心のなかにある思い出を振りはらって……。そして――、
――戦場へと至る。
そうして二人も――、同じく彼らとともにその精魂を吸い上げられる。
その薄れる意識の果てに見たものは――、
果たして……?
◆◇◆
その時、その街の中心に立つリリィは呆然としていた。
自分はいつものとおりにユウトといっしょに眠っていた。そのはずだ……。
しかし、――今自分は――。
「……なんで? ここ……」
そこは確かに記憶にある街であった。
忘れられるはずもない……、自分が滅ぼした背徳都市と後に呼ばれる都市ミガンナム。
その町並みは――、まだ平和だった時期の……、記憶にあるそのままであり、そして――。
「妾の身体も……」
リリィの体が完全な人間のものに戻っていた。それも――、生家を追われて逃亡のはてにこの街にたどり着いた直ぐの十四才頃の姿。
そこに至るまでの自分は――、【魔種因子】から湧き上がる性衝動に抗えず背徳行為を繰り返して、そのうちの数人が死に至ってそれが理由で魔種認定を受けた逃亡者。
ここで今度こそ静かに――、そして正しく生きようと思い立ったものの……、数ヶ月を過ぎた頃から極度の飢餓を覚えるようになり……。
――その果てに都市が壊滅するに至った。
「でも……これは……。あまりにもかつてと同じすぎる……。いくらなんでも……コレはレイレノール辺りの幻術なのか? そうだとしたら早く術を解かないと……」
しかし、リリィがそう思っても周囲に変化がない。完全に時間が巻き戻ったかのように、そのかつての街は存在している。
「……これは」
――もしかして、ユウト達と平和な日常を暮らしている私に……、
……もう一度自分の罪を思い出させるために?
「……」
リリィはその場にいても仕方がないので、知っている範囲の町中を、術を解く手がかりを求めて歩き出した。
しかし、その街の風景は至って平和であり……、これから数年で滅びるとは思えない長閑さだった。
「……これを……妾は……」
心が沈み始める。自然と視線が下がって俯いて足を止めた。
――と、不意にその肩に手の感触があった。
「……?!」
いきなりの事にビクリと身を震わせて縮こまるリリィ。それに優しげな言葉がかけられる。
「リリィ? どうしたんだ? 散歩かい?」
「え? は?」
そこに居たのは――、黒髪のユウト……、ではなく――。
「……え?」
「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
そう言って優しく微笑むのは――、ユウトに似て非なるもの。確かにユウトに似た部分はあるが、はっきりと違うと分かる別人の男であった。
「……」
驚き、目を見開く彼女に、その男は首を傾げて言う。
「あ……あれ? なに? 本気で知らない人のようなリアクション……。そういうイタズラかな?」
「……あ、あの……」
少し男は苦笑いして言う。
「えと……、リリィだよね? 僕はユゥトだよ?」
その名前の発音が微妙に違う。リリィは何やら言いようのない苦しい気分に襲われて……、そしてその場から逃げるように走った。
その背に向かって男の声が響く。
「え? リリィ? 何処行く……」
――逃げなきゃ……。
――逃げなきゃ……、妾……。
込み上げる衝動に従って街を走るリリィ。そうしてひたすら奔ると――、気がつくと見知らぬ場所に立っている自分に気がついた。
「む? ここは……何処」
そこは全く記憶にない場所。そこに至ってリリィは途方に暮れてしまった。
「……失敗した……、ほんと馬鹿……」
リリィは頭を抱えてその場にうずくまる。
そしてしばらく落ち込んでいたが……。
「……だめじゃ……、落ち込んでる場合ではない!」
再び立ち上がったリリィは、見知らぬ町並みの中心を歩き出した。そして――、
「あれは……酒場?」
歩いて行く先に寂れた酒場があった。看板が開店中になっている。
「……そういえば、しばらくすれば日が落ちる……。何とかして寝床や食事ぐらいは確保せねば……」
そう思い立ったリリィは決意の表情で、その酒場の扉に手を触れた。
ギイイイイイイ……。
軋む音を立てて扉が開く。そして――、
(……む、これは失敗したか?)
酒場の奥のカウンターに立つ禿頭のオヤジ。そして、その傍にいかにも荒くれ……、といった感じの二人の男が酒らしきものを飲んでいた。
「ん? なんだ? 嬢ちゃん?」
禿頭のオヤジがそう呟き。その近くの男二人……、
――一人はかなり大柄の角刈り男。体中に入れ墨を入れており、毛深い胸板を掻きながらリリィを睨む。
――もう一人は、歯がいくつか欠けた、口の端からよだれを垂らした痩せた男。その手にナイフを持って弄びつつ、リリィを見て――、そしてあまりにも欲望に満ちた笑顔を向けた。
「げひひひひひ……、なんだ……可愛い嬢ちゃんだ!」
「……は? おいキース……、おめえ……趣味悪いな……。ガキじゃねえか……」
「……んだよアラン……。あの時分がいいんだろ。げひひひひひ……」
余りにいかにもな反応にリリィはそのまま立ち去ろうと後退る。しかし――、
「げひひひひひ……どうした? 嬢ちゃん……、一緒に飲もうぜ……」
ナイフを弄びながら捺せ男が立ち上がって歩いてくる。
危険を感じてリリィは酒場の扉に手を触れた。
「……おい!」
不意に大柄の男のほうがリリィを睨んで言う。
「今から出てゆくと夜になるぞ? 嬢ちゃんの独り歩きは危ないって……」
「……え?」
大柄の男はそう言って静かに酒をかっ食らう。リリィに近づく痩せ男は、不意に手のナイフを見て……、
「げひ……?! やべ……、もしかして……、コレ怖かったか? 済まねえ……、クセで……」
そう言ってナイフを後ろに隠して、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……え……と」
リリィは困惑しつつ捺せ男を見る。
痩せ男は――、リリィに見つめられると……、顔を赤くして照れ始めた。
「げへへ……、マジ可愛い……、お近づきになれねえかな……」
そのクネクネした動きはキモさ全開ではあったが……。
(……もしかして……、ヤバそうなの見た目だけ?!)
そう心のなかで考えるリリィに、大柄の男の声が聞こえてきた。
「……その嬢ちゃんに……、酒以外のなんかあげてくれ……」
「……ははは、いいのか? 金ないんだろ?」
「ははは……、そんなの下心アリアリってやつさ……」
「さっきは趣味が悪いって……」
禿頭のオヤジは苦笑いしてミルクを取り出す。大柄の男は顔に似合わない優しい笑顔をリリィに向けた。
「……ま、今のは冗談だ。お子様なんか取ってくわねえから安心しな……w。この街……来たばっかなんだろ?」
その言葉に――リリィは驚きの表情を作った。
◆◇◆
闇の奥に蠢く者たちがいる。
一人は異形の女……、魔種としての姿を持った少し大人びた【リリィ】。
そして――それに全裸で絡みつくのは、三人の狂気に満ちた笑顔の男たちである。
「……カイン、ロイド、マーク……。獲物が来たわよ……」
「ほほう……それは……」
「幼いワタシ……」
「そりゃいいや……」
――そいつ……、犯していいんだろ?
その答えに【リリィ】は妖艶な笑顔を向けた。
「そうよ……お願いね? ワタシに自分のことを理解させてあげて……」
「ひひひひ……いいぜ! ズダズタに犯してやる!!」
そうして狂気に満ちた獣の笑顔を浮かべる三人に――、【大魔女リリィ】は邪悪すぎる笑顔を向けたのである。




