あの頃の勇気、そして未来の・・・
当てただけの彼女のレシーブがネットに当たりこちら側のコートにポトリと落ちる。ボレーをしようと前に出ていたから追いつけはしたものの、脚がもつれて転んでしまい、黄色いボールが力なく数回バウンドして目の前にコロコロと転がってくるのを呆然と眺めていることしかできなかった。
「ゲームセットアンドマッチ 如月瑠愛」
時間が押しているのか私が起き上がるのも待たずに彼女の勝利を早口で告げる主審の声で我にかえる。ネットに近づいてくる足音の方向に視線を移す。
長くほっそりした脚。引き締まった腰まわりを覆う黒いスコート。こんな時でも行儀良く閉じられた股間から少しだけ覗けるインナーも黒。胸元にかけて緩やかな曲線を描く黒いノースリーブシャツ。
長い黒髪は位置高めのポニーテールにまとめられている。収縮色の黒で統一されたウェアが彼女の色の白さをいっそう引き立たせて、引き締まった体型をいっそうスリムに見せている。
頬は上気し前髪がピンで留められ露わなおでこから汗が滴っていて、整った綺麗な顔を艶っぽく彩っている。サングラスの奥からは釣り上がり気味の瞳が転倒した私の身体に注がれている。背が高いから見上げすぎて首が痛い。
常人離れしたルックスとスタイルの彼女が背をピンと伸ばして見下ろすその姿は女王様のようで、妹さんから本当は優しいことを聞いている私でさえも、大事な局面で転倒した無様な女子を嘲笑しにきたかのように錯覚してしまう。左手に持つラケットも、できの悪い下僕を躾けるためのアイテムかと。
将来に備えて感情を表に出さないよう厳しく教育されているらしい。でも、少なくとも今の彼女にとってはマイナスのように見える。高慢、冷酷、サディスト等々と誤解されやすいのだから。今だって転倒した私を心配してきてくれたに違いない、まぁ試合が終わったからかもしれないけれど。
立ち上がってネット越しに彼女と握手。彼女の表情はあいかわらずクールだが、手には力が篭っていた。でも、その瞳の向く先は私ではなく、非難するように審判を強く射抜いていた。
ブルーのウェアの胸部についた砂埃を軽く払い、団体戦を戦った仲間達のもとへとぼとぼ歩き出す。みんなの顔をまともに見れない。泣きそうだ。だって、夢の全国大会まであと一歩だったのに、もう少しでみんなで全国大会に出場できたのに。こらえきれずに涙が一滴零れ落ちる。
ピタッ。
「ひゃあ!」
「花音かのんキャプテン、ナイスファイトでした!今日の仇は来年私が必ずとって上げますから、先輩は心置きなく受験勉強に集中してくださいね!あの審判がお姉ちゃんを贔屓したこと、みんなわかってますから!ああいうのを忖度っていうんですよね!まったく!」
私の頬に冷たいペットボトルを押し付け、そう言ってプンスカ腹を立てるのは瑠璃るりちゃん。瑠愛さんの妹で中1ながら団体チームのシングルスに出場し1勝を挙げた若きエース。底なしの体力としなやかな筋肉による巧みなボールコントロールで来年の秋からはキャプテンとしてチームを牽引してくれることは間違いない。でもうっかりさんというか、お勉強が苦手なようで一抹の不安が拭えない。
「ありがとう、でも悔しいよやっぱり。あと『ふたく』じゃなくて『そんたく』だからね、付と忖、似てるけど違うからね?」
「あれ、そうでしたっけ?とにかくキャプテンはこの3年間よく頑張りましたよ!ですよね!?麻里まり部長!?」
「そうだよ花音!私たちが1年のときは慶星女子に1勝もできなかったじゃない。でも2年のときは1勝、秋の地域交流戦では瑠璃がいなかったけど2勝、そして今回は審判が公平なら間違いなく3勝2敗で勝ってた試合内容だったし!」
麻里とは家が近く同じ小学校で気が合い、地元のみなと第一中学校に一緒に進学してからも同じ硬式テニス部ということもあって仲良しだ。しっかり者なので部長をしている。瑠璃ちゃんの代にも麻里タイプがいればよいのだけれど、みんな脳筋のイケイケタイプなんだよね、瑠璃ちゃんの影響で。
ウェアだってイケイケだ。9人いる1年生部員は全員が上はノースリーブ、下はスコートでショーツ(ショートパンツ)の子はゼロ。しかも上下とも短く動くとおへそや太ももがあらわになる。露出が多すぎる気がしてそれとなく疑問を呈してみたら、男子にアピールしたいとかオシャレだからとかではなく「涼しくて動きやすいから」。
脳筋らしい答えだった。
色もオレンジ、黄色、赤などの暖色系に白を組み合わせてカラフル。熱を吸収して暑くないのか尋ねたら「身体を大きく見せたいし元気そうにみえるから。試合では相手にがっちりして体力ありそうに見えるほうが有利でしょ」とのこと。こちらも男子受けとか目立ちたいとかではなく脳筋らしい勝利至上主義に基づく選択で、男子の視線を気にしている自分が恥ずかしくなってしまった。
でもね、彼女たちはまだ1年、まだ子供だからね!思春期真っ只中の3年になれば男性を意識するようになるし、体型や見た目の格差が拡大して色々気にしてしまうんだよ!
部内一の美少女の陽葵ひまりちゃんは恥ずかしがり屋さんだから上は裾長めの襟も袖もついたポロシャツタイプに下はショーツ。色合いはピンクを基調にした淡い色で女の子らしさを醸しているけど。
最近浮気したサッカー部のチャラ男と別れたばかりで絶賛彼氏募集中のあかりは肩も背中も露で丈も短い白いワンピース。あかりもギャル系で恋多き女子だから真相は不明。
審判が注意するか迷ってたけど、あかりがにっこり笑って「すみません緊張して練習用を持ってきてしまってこれしかないんです」と殊勝に頭を下げたら見逃されたよ。愛嬌って武器だね!
主流は上がTシャツタイプ、下がショーツの組み合わせ、色はバラバラだけど上下で統一してる子が多い。セットで購入してるからかな。
私のユニフォームは陽葵ちゃんと同タイプだが色は収縮色で女の子としては地味な青。ほんとは黒がベストだけれどクール系の瑠愛さんならともかく私では暑苦しそうにみえるから仕方ない。なぜって私の場合、身長は平均的で顔も特徴がない『どこにでもいる普通の女子中学生』仕様なのに、なぜか胸とお尻は平均を大きく上回っているからね。
お医者さんのママが成長期には食事制限しないでよく食べてしっかり運動してよく寝て健康な身体を作ることが大事なのよ、というのでその通りに実行していたらこうなった。ウエストと体重は平均より少し上回っているだけだから決して太ってるわけじゃないし、女としては喜ぶべきことなのよね。
でも運動には不向きだし、年頃の女の子としては、胸やお尻に向けられる不躾な男性の目線が苦痛でもある。最近は望遠カメラで私達のようなスポーツ女子を盗撮するおじさんも増えているし。
それに大きな胸に注目するのは男性だけじゃなくて女性からもだったりする、こんな風に。
「そうそう!それに加えて胸では今年も圧勝だから!去年より戦力差はますます開いて来年はもはや不戦勝レベル??いやはや、年頃の女子としては羨ましいかぎりでござるのぉ」
そういって後ろから胸を揉もうとしてくるのは現エースの3年生、江都えとちゃん。シングルスとダブルスに出場し、ダブルスで1勝、シングルスでは敵チームのエースと激戦を繰り広げた末、僅差で敗れた。二人とも個人戦では全国大会出場が決まっている別次元の強さで、二人の名誉のために審判は公平公正だったことを明言しておく。
「はいはい、この大きなお胸がクッションになってくれたから転んでも顔面を強打せずにすんだよ!学校でも男子の目線を釘付けだよ!巨乳バンザイだね!でも、えっちゃんみたく空気抵抗が少ない胸なら動きもシャープで最後も追いつけたかもしれないからその貧乳が羨ましいよ!」
止めてと言ったところでやめるわけがないので、最近はこんな風に煽り返すようにしているが半分は本音だ。大きすぎるバストは運動には不向き。なのに成長が止まる気配がないし、2年半硬式テニスに打ち込んで限界が見えたから高校では違うことをやるつもり。
「くっ、たしかに私なら追いつけたかもしれない、いや貧乳のプライドにかけて転んでも滑って追いついてみせたわよ、わーん!」
「安心してください江都先輩!私にはギリ勝ってますから!」
「中1の瑠璃にギリ勝利したところで虚しいだけでしょうが!全国大会が終わったら育乳に励むから、私の乙女心を傷つけた瑠璃は罰として私の胸を花音らしくする方法を調べておくように」
「はーいわかりましたぁ。でも花音先輩の胸は尊すぎますから、もっと身近な目標を設定してみてはどうでしょう?最近彼氏ができて綺麗になったと評判のダブルスパートナーの知美ともみ先輩の胸とか?」
「「「なんだって!?」」」
きれいにハモった声のあと、みんなの視線が帰り支度をしている知美に突き刺さる。年頃の女子はみな『彼氏』というパワーワードに敏感だ。
「「「本当なのともみん??」」」
こういうときの女子の団結力は恐ろしい。全員でともみんを取り囲み尋問を開始しようとしているが、事前に相談され夏の大会が終わるまで黙っているようにお願いしたのはキャプテンの私なので責務を果たすことにする。私にもみんなから彼氏と思われている幼馴染がいるから飛び火して大火事にならないようすぐさま鎮火にうつる。
手を叩き、大声でみんなの注目をこちらに向ける。
「はいはい!みんな今日はお疲れ様でした!私たちの夏はえっちゃんを除いて終わったから、そういう話をする機会はたっぷりあるわ。だから学校に戻って今日の反省会しよ。シャワー浴びて着替えて30分後にロビーに集合よ!」
「「「はーい」」」
だらだらと動きだす部員達。
「そうね!遅れたら罰として打ち上げ参加禁止にするわよ!」
「「「はいっ!」」」
鬼部長と陰で恐れられている麻里が援護射撃をしてくれたおかげでみんなの動きが一気に加速する。麻里にもみんなに内緒で交際している高校生の彼氏がいるからね。ちなみに私は陰でほんわかキャップと呼ばれているらしい。
チームのみんなが去り忘れ物がないかチェックしゴミを拾ったあと最後にコート上を一瞥。すると、反対側で瑠愛さんが一人残って私をじっと見ていた。私が気がつくのをずっと待っていたようだ。
私にとって瑠愛さんは中学3年間を通じての好敵手ライバルだった。慶星女子とみなと第一は硬式テニス部がある地域の学校のなかでは強いチームで、どちらも毎年県のベスト4に入る程度の強豪校だ。
だから県大会でチーム同士が対戦することはよくあることなのだが、夏の大会で3年連続して彼女と対戦しているのはなんの因縁か。
1年目は準決勝のダブルス第1試合、2年目は決勝のシングルス第2試合、3年目の今回は決勝のシングルス最後の第3試合でお互いキャプテンとして。そして全てタイブレークにもつれこみ私が1ポイント差で負けているのだ。
二人とも中学から硬式テニスを始め江都や瑠璃と違って才能はなかったものの努力で団体戦レギュラーになり、2年生の秋からはキャプテンを務めている。そしておそらく高校では別の部活を選ぶ。硬式テニスをここまでやれたことに満足しているし、もっと新しいことに挑戦したいから。たぶん彼女もそんなふうに考えている、そんな気がする。
瑠愛さんがこちらにきれいなお辞儀をすると、くるりと体を回転させて颯爽と歩き去っていく。審判の忖度を謝罪してくれたのだと思う。
噂では、女王様然とした高慢で冷酷な言動が多く他人を寄せ付けないと聞くけれど、決してそんな性格ではないと思う。一流ファッションモデルのような美しい容姿と如月財閥の長女で当主候補という輝かしい立場が庶民に抱かせてしまう先入観のせいで損をしているだけ。
瑠璃から聞いたら彼女とは誕生日が1日違いだった。瑠愛さんが8月1日で私が2日。試合の差も1ポイント。母子家庭で公立中学に通う普通の女子中学生の私と彼女の間には大きな格差があるように見えるけれど実際は大した差ではないのかも。
そんな風に思い、今日勝ったら瑠愛さんと友達になろうとSNS交換する決意を込めて望んだ今日の試合だった。
でも結果はあの通り。彼女を身近に感じたのは私がそう思いたかっただけ。1ポイントの差は小さくても決して追いつけないものなのだ。中学を卒業すれば妹の瑠璃ちゃんとも離れてしまう。
ため息をついて二度と会うことの無いであろう彼女のことを頭から消し去った。
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学校や部活どころかライフスタイルも価値観も異なる瑠愛さん。そんな彼女と高校時代に友達になり、女子会したり悩みを打ち明けあったり、成人後は二人で飲みにいって女の生き方について語り合うような大親友になり、更には、彼女を義理のお母さんと呼ぶかもしれない特殊な関係になりそうなの。
このとき、未来の私からそんなことを聞かされたとしたら、あまりの現実味の無さに爆笑していたと思う。でもね、未来にどうなるかなんて予測できるものじゃないんだよ。想像しても絶対そうはならないと思っていたほうがいい。
彼と出会い深い関係を結ぶに至った今の私が昔の私からはどう見えるのか知りたい。そして、その見え方を私に聞かせてほしい。そしてどうか、彼女のSNSを今すぐ教えてあげるから、彼との関係をもう一歩踏み出せないでいる私に彼との未来を信じる無邪気な勇気をください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
個人公式サイトにて大人向けのディープなオリジナル小説を多数、執筆・掲載しています。




