第4話 重たい本と重たい少女・上
魔法協会での手続きを終えてから約一週間後。
あらかじめ準備していた店には、数体のゴーレムたちが荷台を引きずってやってきて、店の前に魔法書の入った木箱を置いて去って行った。
すげ~! 素直に感動。異世界生活もなんだかんだ人の一生分は過ごしたわけだが、どんな魔法の使い方をしたらこんなことができるのか分からんな。
後ろを振り返れば、一階建てで横長の建物がある。お店にしては質素な見た目をした木の建物だが、大きさは街の書店を名乗るには十分で、手作りではあるが大きな看板も作った。
看板に書かれた店名は、『ルーチェの魔法書店』。そのままだ。ルーチェというのもある種偽名みたいなものだから、店名にするにも抵抗がなかった。ニックネームをお店の名前にしたようなものだ。
そもそも魔法書店をやろうと思ったきっかけは、この建物にある。隠居前には、老後は魔法書の収集でも趣味にしてのんびりしようと思っていたから、住居とは別に、魔法書を管理するためだけの建物を作らせた。だというのに、実際にここに来たら魔法書を書く方にはまってしまって、作らせた本棚ばかりの建物は、結局空のまま放置していた。
どーせ本棚ばかりの建物なら、書店にでもしてしまえ、と薄々考えていて、それが今実行に移されているというわけだ。
店を構える場所は、エストセッテから離れた田舎街。まだルミエールという名の一人の老人だった頃に隠居していた場所でもある。街の名前はイゾラ。
ほとんどの人が農業や職人的な仕事に従事していて、わずかに冒険者がいるくらいだ。辺りに魔法書店など当然無く、魔法に関する知識もほとんどない人ばかりが住んでいる。それがゆえにルミエールの名の通りも薄く、あまり指をさされて生活したくない私にとっては非常に適した場所だった。
国の各地に、こういった魔法教育の行き届いていない文化的孤島があり、それはそれで田舎らしくて貴重なのだが、生活に不便が多い。力仕事をするにしたって、物を軽く運ぶ魔法を知っているか知らないかでは、大きく差が出るだろうに。
隠居には都合が良いので、たいして街の人々とも交流せず、同時に魔法を布教することなどもしなかった。なんなら、ルミエールがこの街に住んでいることすら知らない人がほとんどのはずだ。
しかし、魔法書店をやるならば、彼らは良いお客さんになる可能性を秘めた人々であり、同時に店に足を運ぶことすらない人々でもある可能性があるのだ。
魔法について知らないからこそ、魔法書の価値が分からないので、店にすら来ないかも知れない。しかし、魔法の価値を知り、有益だと判断したなら、彼らは足しげく店に通うようになるかもしれない。
となると、オープンした後、いかにして広告し、いかにして呼び込み、いかにして口コミを広げるかが課題となる。
ゆったりスローライフの店員生活をするためには、お客さんを招きすぎてもいけないし、逆に0人ではお店を開いた意味がない。ほどよく楽しんで経営できるだけの、ちょうど良い運営をしなければ。
さて……届いた大量の魔法書、魔法書の詰められた大量の木箱を眺めて、オープン後の事を考えて、現実逃避していた。
何百冊あるんだこれ。こんな、一つ一つ木箱を開けて本を取り出して、目的の本棚まで重い魔法書を運んで、本棚にさして、また取り出して、繰り返していたら、間違いなく体を破壊する。
あらかじめ申請した本棚分、販売できる冊数を送ってきているはず……なので、適正な量が届いているが、目の前で見れば、とてもそうは思えない。
こんな老体にそんな運動は……いや、もう老体じゃないが、にしたってか弱い女の子だ。自分の事をか弱い女の子だと言い張るのはなんか最後のプライドが許さないけれど、途中で限界が来るのは目に見えている。
明日にはオープンしようと思ってたのに、これじゃいつになることやら……。まあ、やらないことには始まらない。とりあえず一個木箱を持って、店の中に運び込み──重た! びくともしないんだけど! これじゃ最初の一箱で腰を破壊してエンディングへ向かいかねない。
開店してからトラブルに巻き込まれるのは覚悟していたが、まさか開店前に詰むとは思ってもみなかった……。
なんとかならないか、魔法を駆使するなりして労力を削減する方法を考えていたら、遠くから、ゴーレムが再びやってくるのが見えた。
え? まさかまだ荷物があるの? これ以上魔法書を運び込まれたところで、私の体力が足りないのだが。やっぱか弱い女の子要素を主張していこうかな。せっかくTSしたわけだし。てかあんな重たい荷台を運べるゴーレムなら、こっちの開店業務を手伝ってくれたっていいだろ! こっちは女の子なんだぞ!
近づいてくるゴーレムにクレームをつけてやろうと、仁王立ちして待ち構えてやった。ちなみに、この様子を客観的に見れば、老齢の大魔法士が仁王立ちしていれば威圧感が出るのだが、年端もいかない華奢な少女が多少怒り目で仁王立ちしていたところで、抱く感情はかわいいだけだと後から気づいた。
ゴーレムの肩に、人が乗っている。その人物の特徴が次第にハッキリしてきて──青髪、短髪の女子、私が着ているものとはデザインも何も別で、動きやすいようアレンジが加わった、大魔法士のローブを身につけている。
こっちは女の子だと主張してやろうと思っていたのに、向こうも女の子だった。これじゃなんの効力もない……まて、大魔法士のローブを身につけている女の子なんて、そうはいない。しかも、ゴーレムの肩に乗っかるような命知らずの人物は……一人しか知らない。
その人物はゴーレムに乗ったまま私の目の前までやってきた。ゴーレムの身長分目線が高く、まるで巨人に見下ろされているみたいだ。その人物は家の塀から飛び降りるようにしてゴーレムを降り、よっと声を上げて着地して、私をまじまじと見る。
「僕はゴーレムの大魔法士、テッラだけど……君誰? ルミエールししょーのとこに、こんな子いたっけ?」
やっぱそうか~! まさかこんなに早く会うことになるとは思ってもみなかった。やばい、私がルミエールだとバレないか?
「わ、私はルーチェだ。ルミエール様の拾い子で、今は隠居したルミエール様に代わって仕事をしている。今は、魔法書店の経営を任されているのだ」
多少の動揺が言葉に表れて、少しタジタジになりながらも、用意していた理由を述べた。
わずかとはいえ私は見下ろされたままだ……TSした今では、私の方が身長が低い。かつての教え子はルミエール時代の高身長のためにずっと目線的に上から見ていたのに、下から見るとぜんぜん違く見える……新しい発見だな。今後も知り合いに会うときは、新鮮さを感じそうだ。
テッラは怪しむように、私の姿をくまなく見る。その反応も当然だ。魔法を教えていた立場として、そこそこ親交があったにもかかわらず、一度もルーチェという子どもの話をしていないし、その片鱗も見せていないのだから。
「ふ~ん……。ルーチェね、よろしく。とりあえず中に入れて。あと、ルミエールししょーに面会したいから、つないでくれない?」
「お、おう……そのことについて、私から伝えることがあるからな。とりあえず中に入るといい」
どうやら、私がルミエールだとは気づかなかったようだ。私を見て怪訝な表情をすれど、追求はしない。おおかた、拾い子であるというのが、どこの子どもなのか、その身元の方が気になっているのだろう。
ルミエールとバレなかったのは第一の障壁をクリアしたことになる。そして第二の障壁は……ルミエールがいなくなったことを、なんと言い訳するか。隠居したと言っても、この子は隠居先がここであることを知っているし、下手な言い訳をすればボロが出そうだ。
ぬ~ん……どう言い訳しよう……。




