第2話 開業手続き・上
前略:TSしたので魔法書店をやることにした。
というわけで、魔法書店の開業手続きを行うため、馬車に乗ってはるばるこの辺り一帯を管理する都市部の街、エストセッテまでやってきた。ようはお役所などが集まっている街だ。ここは商人の交流も盛んで、大きな市場には人々が多く行き交っている。
勢いに任せて出てきたはいいが、どうもこのビジュアルでの外出は落ち着かない。
家に体の細い少女用の服などあるはずもなく、どっかでもらった「服をいい感じに調整する魔法書」を使って男用のローブを着れるように変化させ、ごまかした。
その過程で自分の体をまじまじと見ることになったが……まあ、なんだかんだ人の一生分はもう生きているから、この程度で動揺はしないって。自分のだし。しかし、老人のしなびた体を眺めているよりははるかに楽し……まで考えて、このままだと鏡を見ながら一線をこえそうだと危機を察知し、さっさと服を着直したのだった。
ともかくそのせいで、今の私は仰々しい魔法使いのローブを着て賑わう街を歩く謎の美少女となっている。馬車に乗るときも、御者には怪訝な目で見られたが、仕事人タイプで目的地を聞くとき以外は喋らない性格だったので、こちらとしては助かった。
大魔法士と呼ばれていた頃のように、道歩く人に尊敬の目で見られたり、急にサインを求められたりすることはないから、そこは気軽でいい。が、今度は逆に話しかけられはしないものの、なぜか視線を感じることが多い。なんの視線なんだ、一体……。
なんだか、女装して出歩いているみたいで罪悪感が……いや、仮に女装して出歩いたところで気にする必要もないが、そもそも人の視線など気にしたら負けか。
さて、目的の場所は魔法協会の支部である。
街を練り歩くことしばらく、『魔法協会エストセッテ支部』と書かれた看板を見つけた。外見上、まるで普通の民家かのような見た目をしているが、別に事務作業しかしないし、この程度でも十分なのだろう。
木の扉には『ご用の方は中に入り、受付のベルを鳴らしてください』と書かれていた。
そのまま中に入ろうと、扉に手をかけて引っ張り──あれ、全然動かない!
両手で思いっきり、倒れそうなくらい体重をかけてもびくともしない。あれだ、そもそも女の子の非力さの上、細身で体重も軽い。全身全霊をもってしても、女の子が来ることなど想定されていない魔法協会の扉には勝てないというのか。
まさかTSしていきなり入り口で詰むとは……なんと現実は非常な……。
体を斜め四五度にして体重をかけて引っ張っぱりながら世の無常を感じていたら、急にガタンと扉が開いた!
もはや開くことを想定していなかったので、勢いのまま体が倒れて尻餅をついた。
「イッッタタ……ちょっと前までだったら骨折案件だったな……」
「え? わ、ごめんなさい! こんなかわいい女の子がいたなんて、全然気づかなかった!」
「女の子など……ああ、私か」
と、扉から出てきた人物に手を引かれつつ、立ち上がる。一瞬、女の子って誰だと思ってしまった。未だTSした実感が薄いな。
ローブについた砂埃をはらい、乱れた髪を少し整えた。腰より長い髪の毛って、意外と邪魔くさいんだな。よく女性陣はこんなのでストレスたまらないなと思うが、またオシャレをし始めると別の感情を抱くのかもしれない。
扉からできてきた自分物はギルドの受付嬢に似た制服を着ていて、おそらく魔法協会の従業員に違いない。いかにもテキパキ仕事をこなす女性に見える……が、こちらを見る目は完全に子どもをあやす目だ。
「ごめんね~魔法協会ってケチだから、ズレた扉も経費で直してくれないの! それで、どうしたの? 迷子?」
「迷子じゃないわ! 魔法書店を新たに開くにあたって、認可をもらいに来た」
「あら~、いい目標ね! 応援するから、大人になったら頑張ってね!」
「将来の夢でもないわ! 何を言って──」
と、そこでようやっと、自分がルミエールだと認識されていないことに気づいた。そうか、今まではだいたいどこに行ってもすぐ身分が通じていたが、この体ではそうもいかないのか。やれ、昔はただの一般人だったというのに、こっちではもうおごり高ぶった人間になったものだな。我ながら情けない。だめだ、スローライフを送るというのなら、初心に返ろう。
「私がルミ……じゃなくて、ルミエール様の代わりに私、ルーチェが手続きに来たってこと」
「ルミエール様って……あの大魔法士ルミエール様の!? いやいや待って、ルーチェって名前に聞き覚えはないけど……」
「昔、ルミエール様に拾われて、こっそり育ててもらっていた。今は隠居してるルミエール様の代わりに、こういうお使いをしてるってわけ。これが証明だ」
用意していた設定を喋りながら、ローブのポケットから、魔法印を取り出して見せる。これは魔法使いにおける身分証の役割だ。持ち主の魔力が込められていて、紙に押せばその個人に応じたユニークな文様を描く。
名の通った魔法使いのものであれば、その印鑑を押さずとも、一目見るだけで身分の証明になる。ある種の印籠のようなものだ。
先ほどまでは子どもを見る目をしていた彼女も、魔法印を見るやいなや目を大きく開いて慌て出した。
「ほ、本物……王都の図書館で絵を見たことはあったけど、まさか生きてる間にこの目で見れるなんて……持ってみていい?」
「別に持ってもいい構わないが。たかがハンコだし」
「本当に!? いや、やっぱなし、もし落としたら弁償できないわ」
動揺のあまり一人芝居を始めた。手続きがしたいだけで、魔法印を見せびらかしに来たのではない。そろそろ本題に入らねば。
「とりあえず、中に入れてもらえるか?」
「あ、はいはい! どーぞどーぞ。あ、私は魔法協会エストセッテ支部担当のアファレね、よろしくルーチェちゃん!」
○○ちゃん、なんて呼ばれるのは、長い人生でも初めてだ。日本にいた時代まで遡ってもないんじゃないか? どうにも慣れないことばかりだな。
ただ、なんだか悪い気はしなかった。なんというか、変な感覚……。




