7
翌朝。宿屋の食堂は、普段と変わらない朝食の賑わいに包まれていた。ジークとノアは、昨晩の出来事をなかったかのように振る舞っている。だが、一人だけ様子のおかしい人物がいた。
シエラだ。
朝が弱く、いつもなら食後までぼんやりとしている彼女が、今日は食堂についた直後からフルスロットルで言葉を発している。何かを誤魔化すように、そして焦るように、勢いよくパンを口に詰め込んだ。
食事を終え、一息つく暇もなくシエラは立ち上がった。
「さ、今日もガンガン行くわよ!どんどんクエストこなして《栄光の鉄槌》の名声をあげなきゃ!」
「……待て、シエラ」
勢いよく宿から出ようとした彼女の肩を、ノアが軽く掴んだ。
「な、なによ?善は急げよ!」
ノアは彼女の額に迷いなく手を当てる。ひやりとした掌に触れられた瞬間、シエラはびくりと肩を揺らした。
「……お前、熱があるだろ」
「え?」
自覚した途端、頭がふらふらとし、視界がぐらりと揺れた。
「姉御!」
ジークが慌ててシエラを支える。ノアは短く息を吐き、冷静に判断を下した。
「今日は活動中止だ」
「嫌よ!私はだいじょ…」
シエラが言い切る前に、ノアは彼女を背中に担ぎ上げた。おんぶされた瞬間、熱で火照った頬がさらに赤くなる。
「ば、馬鹿ノア……放しなさいよ……」
「はいはい」
「バカ、ほんとバカ……」
「わかったから」
熱で朦朧としながら悪態をつくシエラを背負い、ノアは迷いなく彼女の部屋へと向かう。ジークはその横で、ただ心配そうにシエラの顔を覗き込むしかなかった。
シエラをベッドに寝かせ、毛布をかけた後、ノアは静かに部屋を去ろうとした。
「ノア……行っちゃやだよ……」
シエラのか細い声に、ノアは足を止める。
「しょうがないな、眠るまではいてやるよ」
「そういうことじゃなくて……」
「いいから、病人はおとなしく寝てろ」
シエラが眠りにつくのを見届け、ノアは今度こそ部屋を出た。
扉を閉めたところで、心配そうに待っていたジークが近寄ってくる。
「……眠った。しばらくは休ませれば大丈夫だろ」
「そうですか……」
短い報告を受け、二人の間に沈黙が落ちる。その空気を切り裂いたのは、ジークの真っ直ぐな瞳だった。
「兄貴、姉御のこと……どう思ってるんですか?」
唐突な問いに、ノアは目を細める。だが答えは返さない。代わりにジークがさらに一歩踏み込んだ。
「俺は……姉御が好きです!」
力強い宣言だった。真っ直ぐな声が、宿の廊下に響く。
ノアはしばし沈黙し、歯切れ悪く答える。
「……それは昨日聞いたから知ってる」
「ごまかさないで、俺の質問に答えてください」
ジークの真剣なまなざしに、やがてノアは観念したように息を吐いた。
「俺だって……ずっとあいつが好きだった」
ノアは苦笑いを浮かべながら続けた。
「でも俺は凡人だ。称号も才能もない。どう足掻いても、あいつと釣り合わない。お前が羨ましいよ」
「……そんなことを気にしてるんですか!?」
思わず声を荒げるジーク。
「馬鹿なんですか!称号があろうがなかろうが、兄貴は兄貴でしょう!姉御を助けて、背負って、誰よりも支えてるのは兄貴じゃないですか!才能とか称号とか、そんなもの関係ない!」
熱を帯びたジークの言葉に、ノアは短く笑った。
「……敵に塩を送るなんて、人が良すぎるな」
「俺は負けませんよ!」
「……ああ。受けて立つ」
二人の視線が真っ向からぶつかる。シエラを想う気持ちは同じ。だからこそ、譲れない。互いを恋のライバルとして認め合った瞬間だった。
ジークは心臓の鼓動を抑えられないまま、拳を握りしめる。ノアは肩の力を抜き、どこか晴れやかな表情で天井を見上げた。
廊下に静けさが戻る。
その奥の部屋では、シエラが微かな寝息を立てていた。




