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《星の盟約》と《栄光の道標》の合同作戦会議は、三日三晩にもおよんだ。
長机の上に広げられた作戦図は、何度も手を加えられた痕跡で埋め尽くされている。
赤や青の印、重なり合う矢印で、紙はすでに皺だらけだった。
「……よし、繰り返すぞ」
ノアが低い声で言うと、場にいた全員の視線が彼に集まる。
誰もが疲労を抱えているはずなのに、その瞳にはむしろ研ぎ澄まされた光が宿っていた。
こうして作戦の最終確認を終え、各自は明日の出発まで、つかの間の休息をとることとなった。
しかし、気が高ぶっているのか、落ち着かない様子の面々はすぐには眠ろうとせず、自然と雑談が始まる。
「そういや《黄金の夢》、あの後すぐに出発したらしいぜ」
「おいおい、大丈夫なのかよ。相手は武の将 《バロッグ》だぞ?」
「力で押しきるつもりなんじゃねぇか? あいつららしいけどさ」
誰かが肩をすくめ、別の誰かが苦笑する。場の緊張がわずかに和らいだ。
「お前たち、話してないでちゃんと休みたまえ」
レインの一声で、仲間たちは散り散りに寝所へと引き上げていった。
その声音に叱責はなく、むしろ父親のような温かさがあった。
「シエラも、早く寝ろよ。ジークなんて真っ先に布団に会いに行ったぞ」
ノアが隣で声をかけると、シエラは気まずそうに笑った。
「わかってるんだけど……なんか落ち着かなくて」
「大丈夫だ。誰も死なない」
ノアはシエラの肩に手を置き、断言する。
自分の中にある不安を見透かされ、シエラは目を丸くする。
「……根拠は?」
「みんなで考えた完璧な計画がある」
ニヤリと笑うノアに、シエラも笑い返す。
「……そうだね。それに――優秀なヒーラー様もいるし!」
「おい、自分で言うか」
「だって本当のことでしょ? ……ふぁぁ、ノアと話してたら眠くなってきちゃった」
「腹出して寝るなよ、おやすみ」
「もう、からかわないでよ! ……おやすみ」
二人の声が静寂に溶けていった。
寝所にいる者たちは、緊張、不安、そして明日への決意を胸に、眠りへと落ちていく。
こうして《星の盟約》の拠点は、戦いの朝を待つ静けさに包まれるのだった。
* * *
戦場は、魔王の根城の近くにある黒き尖塔の内部だった。
壁に刻まれる赤黒い魔紋が不気味に明滅し、塔全体が幻覚を見せるかのようなざわめきを放っている。
その中央に立つのは、魔王の側近――知の将 《セリオネ》。
銀髪を揺らし、舞姫のような所作で杖を構え、妖艶な笑みを浮かべる。
「おやおや……こんな大勢で死にに来るとは。愚かしいことだ」
戦況は激しく、目まぐるしく剣と魔力が交錯する。
しかし、いくら攻め立てても決定打にはならず
剣を振るえば影を斬り、魔法を放てば幻影を撃つばかり。
まるでセリオネの手のひらで転がされているかのようだった。
「幻覚か……!」
仲間の誰かが声を上げる。
「気づくのが遅い」
セリオネの笑みは、見ているだけで心を侵されそうなほど妖艶だった。
「意気揚々と乗り込んできたようだが、貴様らの力はこの程度のものか」
セリオネの挑発に、リーダーのレインの表情がいっそう、険しくなる。
「侮るなよ! いつまでもお前の好きにはさせない!」
レインは目に見える情報を遮断し、気配を探ることに集中する。
そしてついに、レインの剣がセリオネの本体を捉えた。
――そう思えた矢先、鋭い刃がレインの腹を深々と穿った。紅い血が飛び散り、床に滴る。
「レイン!?」「リーダー!?」
《星の盟約》の仲間が動揺し、陣形が崩れる。
「こんな簡単な罠にひっかかるとは、笑止」
セリオネは勝ち誇ったように笑いながら、さらに続ける。
「冥土の土産におしえてやろう。私の術は幻覚だけではない」
その瞬間――ノアの声が鋭く響いた。
「――今だ、ジーク!」
闇に潜む影が一気に弾ける。控えていたジークが剣を振り抜いた。抑えていた闘気が爆ぜ、閃光のごとき一撃がセリオネの胸にある核を貫く。
「なっ……ん、だと……!」
動揺する隙を逃さず、仲間たちが一斉に雪崩れ込む。魔霧が切り裂かれ、怒涛の連撃が襲いかかる。
セリオネは悲鳴を上げながら崩れ落ち、もう二度と立ち上がることはなかった。
沈黙した戦場に、荒い息遣いだけが響く。その中で、血に濡れていたはずのレインが、平然と立ち上がった。
「レイン!? 傷は……!」
シエラが駆け寄るが、彼は穏やかに笑う。
「心配はいらない。仕込んでおいた護符で致命傷は避けられていたし、シエラ殿が隙をみて特大の回復魔法を飛ばしてくれたおかげで、傷はすべて元通りさ。……作戦通りいってよかったよ」
入念な準備をしていたとはいえ、万が一ということもある。
無事が確認できシエラは胸を撫でおろした。
仲間の誰もが喜びと安堵を入り混ぜた眼差しで、戦場の終わりを噛みしめる。
ジークは剣を収め、興奮したように息を吐き出した。
「大成功でしたね、兄貴! 言われたとおり胸の核を狙いました!」
ノアは笑みを浮かべ、うなずく。
「ああ、最高の働きだった」
こうして魔王の側近セリオネは討ち取られた。だが、これはまだ序章にすぎない。真の戦いは、これから始まるのだ――。




