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ミカヅキジンチョウゲ6

「ねー。おにーちゃん」

「ん」

「さっき女の人と一緒にいるの見たよ」

「ああ」

 二人がいるのは図書館。市の施設でありかなり大きい。盟の今住んでいる東山は市の外れだがここは中心街に建っている。ゆえに人々の憩いの場として機能しており多くの人が集まる。本もかなりの蔵書数を誇るとか。ちなみに東山にも図書館はある。しかし簡単な会議室やら児童館と一緒になっているので図書館自体はそこまで大きくない。

「浮気?おにーちゃんいやらしいもんね」

「違うよ。誰があんな奴」

 盟が忌々しげに吐き捨てる。

「おにーちゃんモテるもんね」

「それでもゆかちゃん以外に興味はないさ」

「うれしいな。でもモテるってことは否定しないし自覚もあるんだ」

「そこまででもないけどね」

「おにーちゃんはそういうとこ直せばもっと女の子にもてるよ」

「知らないよそんなこと」

「顔の系統は超美形だったり、美人に似てるんだし」

 完全に否定するわけでもなく話を中途半端な形で切り上げる。ユカだから笑って許してくれるのだが別人だったらそうもいかない。大半の人間は厭味ったらしいと感じるはずだ。自慢されているようで気に食わないと。そういったところにも気にかけなければならないしもし広めたいならできるだけ周りに恩恵を与えられるようにするべきなのだ。ちなみに盟の中には自慢しているわけでもないしそういった自覚も一切ない。が、おおぴっろげに言うのもよくはないということはどこかで分かっていたので、そういう面ではおとなしくはしているつもりだった。

「それでゆかちゃん。どこかわからないところがあるなら教えてあげる」

 図書館にいるのは勉強するために来ているのであって断じて二人で遊ぼうなんていう動機で来ているのではない。そもそも盟の本来の役割はユカの家庭教師。恋人同士として過ごすのも2人の中では大事ではあるのだが……。

「んー平気かも」

「そう」

「学校で聞くよりおにーちゃんに聞いたほうが分かりやすくていい」

「教え方がゆかちゃんにあっていたのかな」

 そしてユカはまた問題を解くのに戻り、盟は読んでいた本に目を落とした。本の内容はといえばとある有名な絵描きの一生について綴ったものであった。美術の教科書はもちろん世界史の文化史でも名前が取りざたされるくらいには知名度を持った人物。ちなみに週末に見た絵を描いた画家とはまた別の人物である。しかし彼もまた海の絵を多く書いていたことで有名だった。ただ同じ海といっても大きな違いがある。今読んでいる伝記の画家のほうは明るい作風で希望を感じさせるものが多かった。

 ただ文章が下手なのでかなり読みづらい。そのせいでなかなか先へ読み進められない。いくら好きだからといってもものには、限度がある。このままだと読むのを放棄しそうになるかもしれなかった。

「寝ちゃいそう……」

 眠気が出てきたのは大体本のせいだ。あるいはユカの頭がいいから盟の助けを今の段階では必要としない。結果として盟が何もしなくてよくなる。そうなると頭を使わないのでだんだん眠く成ってくるのだ。

「ちょっと。おにーちゃん、勝手に寝たりしないで」

「あ、ごめん。ゆかちゃんに手だけいらないならすることなくてヒマそうだったから。あとこの本がすごい読みづらくてね」

「もー勝手すぎ」

「わかった、寝ないようにするから」

 ユカに気ここまで言われてしまっては寝るに寝られない。

 書いてある内容は興味があるので一気に読むのではなく時間をかけて読むという方針に転換したほうがいいかもしれない。別にいまこれ以外に読みたい本が存在しているわけではないのだから。

「できたー!」

「終わったの」

「今日の宿題と復習はね」

 ユカの勉強が終わった以上は図書館にいる理由も存在しない。帰り支度をしようと荷物をまとめ始めた。盟のほうは特に片づけるものがない。

「ねえおにーちゃん」

「質問でもあったの」

「一緒にご飯食べよう」

てっきり最後の方でわからないところでもあったのかと思っていたのが、少女の口から飛び出しのは全く違うことだった。

「ゆかちゃんの家で?」

「そうだよー」

「ゆかちゃんのところが迷惑でないんなら」

「じゃあ決まりー。おかーさんに連絡するね」

 ユカは嬉しそうな様子が隠せないでいる。それもそのはずだ。好きな盟と一緒にいられる時間が増えるのだから。続いてほしいと思う二人の時間。たとえそれが1日2日といつもより短くて。数時間で終わってしまうものだとしても大事なことだ。

「おにーちゃん、何見てるの」

「え?」

 窓枠に肘をついて考え事をしていたせいで、誰に話しかけられたかわからなかった。響ちゃんか。のぞみのほうは引き続き須崎さんの話を聞いている。

「別に……。後で何話したか聞けばいいかなって」

「そんなこと言って。教えてあげないよ」

 厳しい人間だ。けど自分の足で聞きに行けるなら聞きに行くって響ちゃんが言ってたから手を抜くなってことなんだろうね。仕方がない。ここまで言われてしまったしばれてるんなら戻るほかない。さっきと同じように机の上に座った。

「ねー、おにーちゃん普段大学で何してるの」

「勉強」

「そうじゃなくて、今日とか昨日覚えてることとかさ」

「覚えてることといえば……。講義で見た映画の話なんだけど。音楽とミステリーが融合したようなストーリー」

「題材の組み合わせが攻めてるね」

「で、殺人事件が起こってサブキャラの女の子が吹いていた笛の音色がすごく悲しそうだったっていうか。そして彼女が奏でていたそのメロディをどこかで聞いたことがあった」

「悲しげ、かあ」

「で、おにーちゃんは映画の犯人とかの予想を立ててどう思ったの」

 盟の前を座るのユカが聞いてきた。窓から見える周囲には同じように下校する学生たちが多い。運動公園が併設されている場所なので、コートの中心にはまだまだ練習を続けている近場の学校にあたる部活もいた。なんか聞いた話では延長申請をすれば30分くらいなら活動時間を増やせるって規約があるようで。

「最初に出てきたあいつが犯人じゃないかなって。目立つし」

「おにーちゃんのことだから、そういうこと言うとは思ったけど。まさか本当に言うなんてね」

 愛も変わらず盟の方を向いた状態で、離し続ける。

「好き嫌いの差が分かってはいたけどものすごいよね」

「まあ自覚はある」

 ユカが一番。それ以外が同列順位。でだいぶ下がって忌み嫌っているものが入ってくる。きわめておおざっぱで分けるとしたらこういうイメージが成り立つ。

「でもますますお兄ちゃんが何してるか分からなくなっちゃった」

「文芸評論中心だけどね今期は」

 前期は必修で第二外国語に関するものが中心だった。一応今も演習形式になるものをとっているが会話だったり、作文だったりで毎年数人がいなくなるらしい。ユカの宿題が終わったところで、荷物を整理した。日が暮れてしまった道を急ぐわけでもなく歩いてゆく。一歩一歩踏みしめて。大通りを外れて住宅街に入ったことで人の数も減っていた。といっても入り組んだ道の先に家があるかといえばそんなことはない。ニュータウンとして分譲された区域にあるので道自体は広めに整備されている。盟も元々はここに住んでいたので懐かしいといえば懐かしい。彼がここに住み始めたころより徐々に家の数も増えてきた。

「ん、電話だ」

 近くの壁に移動してユカが画面を見る。

「誰?」

「おかーさんだ。どうしたんだろ」

 ユカが通話ボタンを押して電話に出る。直接の会話を盟は聞いているわけではないが彼女の様子を見ている限りではよい状況ではないらしい。意気揚々と電話に出たものの徐々に顔が曇っていく。何やら言い争いまで始まった。最近盟が見ている限りではこういう風に声を荒げたりするようなことはなかった。やがて腑に落ちないという様子で電話を切って無言になる。

「どうしたの」

 少しばかり泣きそうな表情にも見える。叱られたのか。帰ってくる時間が遅いとか。けどその推測は少しばかり考えにくかった。保護者的立ち位置の盟も同伴しているし遅くなって怒るのであれば、タイミングがおかしい。もっと早く言える機会はあったから。

「おにーちゃんと一緒に、ご飯食べられなくなっちゃった」

 うつむいて、涙声で盟にそう告げる。彼自身は残念という思いが先行しているがそれよりも先に事情を確認しなくてはいけない。どうしてそうなってしまったのかを。

「何があったの。教えて」

 慌てず淡々と。悲しいとかいう思いを彼女の前に悟らせないように。

「おとーさんがさ、会社の人連れてくることになって……。それで」

「そういうことか、まあ仕方ないっていうか」

 謎は解けた。しかし彼女の気持ちが暗いままであることには変わりない。盟だって残念だ。一人で過ごすというのは案外退屈なものなのだから。

「家までは送っていくから」

「うん」

「また別の機会にご飯一緒に食べよう」

 ユカのことを励ましながら歩みを進めていく。先ほどまで足取りがすごく軽かったのがウソみたいに感じるくらい、気分が重い。何か言葉を交わそうにも思いつかない。

「さ、着いたよ」

「うん、おにーちゃんありがと」

 何も話せないまま、ユカの家にたどり着いてしまった。うつむいて暗い表情だった彼女だったがどうにか笑いを浮かべている。気を使わせたのだろうか。ユカの母親にあっていこうと思ったが断られた理由が理由なので気まずい感じもする。

「じゃあね」

「明日またあおーね」

 ユカが手を振りながら盟に別れの挨拶を告げた。盟もそれに対して手を振り返す。自分が歩き始めて彼女のことが見えなくなるまで。といってもユカが家の中へ入ってしまったのですぐその時が訪れたのだが。

「あ」

 歩み出した盟を見て向こう側から来た人間が声を上げる。男性2人組。若い男と中年の男性。その姿を見て盟は奥歯をかみしめる。あくまで表面に出さないようにはするがどこまでできるか。

「盟くん」

「ご無沙汰しております」

 話しかけられたのだが。相手が相手なので無碍にできない。人によって態度を変えていると突っ込まれてしまえばそれまで。事実なのだから何一つ反論できない。無頼で悪辣な彼にとって相せざるを得ない存在なのだから。

「また娘の勉強見てくれたんだね。ありがとう」

 ユカの父親。中堅会社員で人のよさそうな風体をしている。敵を作る存在ではない。しかし事なかれ主義で争いや厄介ごとを嫌うタイプであるものの常に火の粉を咲けるというか。純真すぎるなんていえば美しすぎてしまう。

「仕事ですから」

 それだけなわけない。彼女は自分のもの。愛とか恋とか既存の言葉であてはめられるような安い存在では決してない。

「優秀な家庭教師がついていて、浅間くんは幸せだな」

 隣にいた男が笑う。かっしりした大男。ユカの父の上司にあたる人物で盟は何度か顔を合わせたことがあった。あまり得意なタイプではない。

「それではこれで」

「ああ、盟くんまた頼むよ」

 すっとお辞儀をして通り過ぎる。あまり話すこともない。世間一般としてはあの二人のほうが離す話題に事欠くことはない。それゆえに盟はその空気が苦手だった。なじまなければいけない。正しいか間違っているか。感情に従わないと渡り歩けない。その感情は相反するものなれど。

「今度、私の知人の家庭教師もお願いしていいかね」

「……考えてみます」

 無難な返事をしてこの場を切り抜ける。会いたくない人との接し方その一。ウソでもない本当でもない回答を披露せよ。薄い反応になるので使いどころとタイミングを選ばなくてはならない。これを聞いて後ろの男がどういう顔をしたとか、何を思ったのかなんて知る由もない。ここで知っていたら後の運命が変わっていたのだが。盟にそこまで考える余裕はなかった。向かい側にライトの付いていない家がある。確か仕事か何かで数日家を空けるという連絡が入っていた。詳しいのもそのはず。ここは盟が暮らしていた場所でもあるから。だがあえて寄る必要もないだろう。誰もいないのであればなおさらだ。

 来た道を戻って大通りに出てきた。人流れに沿って歩いていき駅にたどり着く。帰宅ラッシュの時間にぶつかっているので利用者が多い。だが理由はそれだけではない。この辺りは戦後になってから新しく開発して作った街なのである程度の利用者が見込めると判断され準急が止まるのだ。もちろん彼が生活拠点を置く東山にも。ちなみに開発されたのは東山のほうが圧倒的にあとになる。盟の記憶では東山の周辺が分譲され出したのは80年代に入ってからだった。

 しかし今宵は乗らない。なぜなら座って帰りたいから。この時間上りも下りも優等列車は混むのだ。なおかつ準急は大部分が乗り入れ先の地下鉄から直通してくる。それも従来私鉄が構えているターミナルよりはるかに遠い都心部から。絶対に座ることなんか出来やしない。ホームに入ってきた準急列車とそれに乗る客を見送ってから各駅停車が来るまでしばし待つ。準急は案の定地下鉄からの直通列車だった。車両を見ればわかる。使われているのがこっちとは反対側の直通先の会社を走っているものだから。

 列車が出発してホームから見えるネオンサインやら照明がキラキラと光っている。中にはあれを美しいと呼ぶ者もいるが盟には全く思えない。結局人工物の光。すべてまがい物。作られたイミテーション。

 準急が発車してから5分後、乗るべき列車がホームに滑り込んできた。全列車共通の10両編成。車内はまばらだがこれでいい。数十分揺られて駅に着いた。パラパラ降りる乗客に交じって盟も、改札口を目指す。

 数分歩くと、彼が根城にしているマンションにたどり着き、すぐ風呂の準備をした。シャワーで済ませることは、あまりない。どうにも浴槽に浸からないと季節を問わず寒くてやっていられない。半身浴などもってのほか。

 風呂から上がりベッドで横になる。食事は結局適当に済ませた。盟自身もユカの家で食事を世話してもらう気だったので帰ってから作る気力もなかった。道中スーパーがあるので食料の調達自体は簡単なのだ。しかし一度変わった気持ちを切り替えるのは難しかった。それにわざわざちゃんと作る必要もない。別にいいんじゃないかと彼は思う。平日は大体一人だ。いつも手を抜いているわけではない。たまには適当な食事で済ませたい日だってあるのだ。

「……」

 無言で携帯をいじり、一枚の写真を出す。以前盟とユカで遠出をした時のものだ。といっても当時の盟は高校生。行ける距離なんて言うものはたかが知れてる。周りからすれば子供のお遊び程度にしか見えないかもしれない。けれど盟とユカにとっては大事な出来事なのだ。誰に対しても笑おうとしなかったり拒絶していた彼が他者と触れ合ったという事実。自分の持っていた世界が少しばかり広がった気がした。ユカという新たな存在が加わったことでモノクロの世界は少しずつ色づていていくことで。ただそれは同時に盟にとって新たな感情を呼び覚ますことになった。

 一人でいるのがさびしい。退屈だと。別に四六時中一緒に居られれば幸せだとか満たされるというものではない。現に学校にいて絵を描いているとき寂しいなんて思ったりはしないのだから。恐らく彼の推測であるが、時間が空いたとき楽しみが見つけられないとユカに会いたいと思うのだろう。今日だって本当は……。

 考えたってしょうがない。過ぎてしまったことだ。

明日も早いわけではないが、もう寝てしまおう。やることが思いつかない。ユカから連絡が来ていればそれに返信したりとかする。が、彼女も最近やることが多いようで中々連絡はしてこない。今までのケースであれば、不安になったらすぐ盟に相談してくることもあるので、何もないことは別に平和なのでそれでもいい。あえて隠し事をしている可能性もあった。しかしユカの中でどうしても言いたくないことであるのなら無理に聞き出す気もなかった。ただ金髪の青年の中には話してくれるのであれば解決に向けて力を貸す用意はある。

 寝るべく、部屋の電灯を消して暗くする。窓の外から月明かりや街灯の明かりを取り入れるためにしてあるので真っ暗にはならない。少しばかり目を開けていれば暗闇に慣れてくる。が今日はやらない。ゆっくり目をつぶって寝ようとする。

 しかしそれができない。色々考え事が浮かんでくるから。どうやら寝付くのにはもうしばらく時間がかかるらしい。でもそれもいい。眠るまでの一興として。

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