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ミカヅキジンチョウゲ5

その日から2年間、盟は週3回ほど彼女の自宅に行き勉強を教えることとなった。今でこそユカは彼に従順であったのだが当時の彼女は結構凶暴というか狡猾な面がとても強かった。盟のことを軽く見ている節があるというか。

「それで、式をまとめて左から解くってわけ」

「ふーん」

 聞いてるのか聞いてないのか分からないような返事の仕方。

「ねーおにーちゃんって彼女いるの」

「居たらどうなの」

「ってことはいるんだ、やばー」

 いつもこんな調子。ノリがだるいとは思うも、自分からやるといってしまった以上引き下がることもできない。成績も上げて結果を出さなくてはいけない。

「どんな人?」

「髪が長い」

 適当に答えて、話を戻そうとする。前からもそうだったが、須崎レイカはなんとなくこの世界に興味がないように思えた。温度感は常に同じ。であれば盟は一緒かもしれない。けれど相容れないような感覚。

「そういうんじゃなくてさ。もっとあるじゃん」

「ないよ」

 何が聞きたいのか。

「本当はいないんじゃないの見栄張ってるだけとか」

「どっちでもいいじゃない」

「ひどーい。こっちは真剣に聞いてるのに」

 そんなことに真剣になられても。順番というか優先するものが逆というか。

「ウソつき―。おにーちゃんてば」

 こんな具合だが、学校では優等生らしい。先生の言うことを聞きクラスでのリーダーシップを張るとかなんとか。元気だったり活発な美少女。

「年下騙してー。そういうことなら」

「悪かったって。聞かれたくないから適当に答えた」

 話が厄介な法に転んでしまう。

「私が教えてあげるけどさ。でも説明しづらいっていうか。ちょっと雰囲気が違うタイプというか。進学校の中でも上位の人たちにいるみたい。友達にだって、恵まれている感じ。いわゆるお高い人々っていうの?」

「スクールカースト上位」

「そうそう、そんな感じ」

 なんか中学の頃あった気がすると盟は思った。。周りと馴染まなかったから、実態は分からないけど、さぞ面倒なものなんだろう。今は幸いなことにあまりないようだけど。それとも見えないだけなのかもしれない。でもできる限りない方がいい、と思う。

「クラスで言ってただけで私は関係と思うけど、こういうのが」

 それ以外にもそのどれもがユカの言った通り、クラスで人気があるのは成績優秀者とか友達が多いとか、クラスのリーダー役とか、中心にいるような存在の学生だった。

「じゃあ好きな人はいないの」

「それならいるけど」

「聞きたい聞きたい」

「目の前にいる」

「本当に言ってるの?」

 疑惑に満ちた目で盟を見た。戸惑ったとも軽蔑しているとも言える。けれど実際そう思っているのだから。ユカのことが好きだと。彼女に対して持っている思いは周りとは違うのだと。彼にとっては彼女だけが鮮明に見えているようなものだった。それまでの人生において彼の世界は不明瞭な者に溢れていた。実の両親でさえ何も分からない景色の中にいるような状態。

「本当」

「ウソっぽーい」

 ユカは信じていないようだった。

「この状況的にウソつくだけ無駄だし」

「そこまで言うんなら試してみたいことがあるかなあ」

「はぁ」

 ユカが屈託のない笑顔を向けてきた。それを見るたび盟はうんざりした気分になる。そんな彼を気にせず、何をするかを書き始めた。

「試してみたいことってなに」

 盟が思う彼女のイカれている点が1つ。自分が検証したいと思ったことをあらゆる倫理、常識より優先させようとする。

「それは―内緒?でもヒントを出すならある物に入れ込んでる娘にそれ以上に夢中になるようなことを教えてあげたらどうなるのかなーって」

「それで興味持ったから実行したっていうのか、相変わらずどうかしてるよ」

「じゃあ私にキスとかできるの」

「本当にするよ」

「できるんならー」

 盟がユカの唇をふさぐ。驚きのあまり彼女が目を見開いているが少年のほうは気にするそぶりも見せない。者の数秒のことではあるがそれより長い時間が過ぎた気がする。

「本当にした!」

 2人が離れると、ユカが叫ぶ。理解がおいついていないうえに想像もしていなかった展開が起きたと見える。

「言ったじゃん」

 悪いことをしたなという自覚がないわけではない。ただあそこまで言われて引き下がると負けた気がするのもあるしやってみろといったのは彼女だ。物の例えだとかそういう理論など知ったことではない。彼の辞書にたとえという言葉は載っていなかった。

「バーカ!信じられない!」

 自分から言ったのに。ウソと真実が入り混じる場所は厄介。盟は当事者でありながらどこか他人事のような感じをしていた。

「ユカちゃんのことが好きなのはウソじゃないってことだよ。あと言葉には気を付けないと痛い目見るよ」

「上から目線で開き直ってるみたいでむかつく、変態のくせに」

 ユカがにらみつけてきた。いつもの余裕のある高飛車な態度はない。想定外の事態に焦る等身大。

「挑発してきたのはそっちじゃないの」

「そんなの知らない!」

「自分の言ったことには責任持ちなよ。イヤならもうあんな態度取らないで欲しいな」

「絶対ぶっ飛ばす」

 物騒な報復宣言を聞かされた。ケンカでは負けないつもりだが。

次の勉強を教える機会があったこと。彼女は周囲に言わなかったのか特に変化はなかった。けれどテストを見る限り、成果は出ているようだった。元々勉強はできるほうだったので学校のテストは問題なし。通信教育のほうが数ランク上のコースに編入されていた。

「またエロいことしたら殴るからね」

「殴られたくないからやらないよ」

 学習机の横に椅子を並べてテキストを見る。

「おにーちゃんってさ私のことが好きなんだよね」

「そうだけど」

「じゃあ私が好きだって言ったら付き合ってくれたりとか?」

「ユカちゃんがいいんなら」

 盟からしてみれば願ったりかなったり名はなしではある。しかし解せない点があった。この前までユカは盟をからかうわ煽るわで全くいい印象を持っていなかった。

「どういう心変わり」

「クラスの子がおにーちゃんのこと見かけたんだって。すごい綺麗な人がいるって奢侈運見せてもらったの」

 盗撮されたのか。誰か写真を横流ししているのか。

「好きなら私の言うこととか聞いてくれたりするの」

「物による」

「どこまでなら」

「物理的に不快だったり痛いのは嫌だ」

「それ以外ならいいんだね」

「ユカちゃんも言うことを聞くとか条件がつくよ」

 ことさら彼の願いをかなえるのであれば、彼女にも条件を飲んでもらう必要があった。

「二人で恋人同士になるとか」

 提示して彼女の出方を見る。欲しいというか視界に入るなかではっきりと輪郭を持った存在なのはユカだけだった。

「おにーちゃんってそればっか」

「だって目標だし」

 ユカのことを見つめる。手を差し出すと彼女が手を取った。2人とも何も言わずに時が流れるが少女が口を開く。

「またキスしたい」

「そういうのはだめじゃなかったの」

「いいの許可したから」

2人とも禁忌に触れたことで、後戻りはできない。それが何を意味していてこの先どういう仕打ちと運命が起こるのかわからずに。

 ※

 昔のことを懐かしんだり思い出したりするのもいいがそれに入れ込んでばかりもいられない。盟には今も昔も取り組まなければいけないことがある。それが金髪の青年にとっては大学に行くことであり鬱陶しいことこの上ないが、ほかに取れる手段がないので仕方もない。別にサボったところで金を稼ぐ手段があるからいいものの長期的に見たらそれだけでいいはずもないのだから大学へ行くのだ。大学へ行っても何か得られるかといえばとくにはない。けれどいかねばならない。

「えーと、プリントとってない人はいないね」

 講師を務める中年男性が全体を見渡した。今、盟がいるのは、大学の外側に存在している中教室の前列。一般教養だか何だか知らないが撮らないと卒業できないのだから嫌でも行かねばならぬ。内容自体は退屈しない。しかし空気が嫌いだ。今もそうである。後ろの学生高何か知らないが一々喋るな。対して内容のない話をよくもまあ続けられるものである。世間からすれば彼はこんな低レベルの子供と同じ扱いをされなければならない、不平等であるし世間というやつはなんて理不尽な物を許容してしまうのか。人によってはこれを恵まれているというがう不幸の価値なんて絶対的ではない。

 後ろの子供が度を越した騒ぎ方をするので、中年は注意する。これで止まるとか自分太たちの行動を反省するような人間であれば盟ももう少し希望を持ったり前向きに生きることができる。しかしやめない。自分たちの世界でも作っているつもりか。だとしたら許し難い。無視することで解決しないのだから殴り飛ばすか徹底的に痛めつけてやるしかない。ただそれでは盟が不利益を被る。被った結果ユカとの関係を暴露されてしまえばそれすら元も子もない。それ以外の方法を取るべきだが何もない。というかできない。盟には目の前の事柄を選択することができても現実を変えるだけの力がないのだ。所詮は無力な子供。現実にあらがうこともできずただ対極に従わざるを得ない。願ってもかなわないことだと知っても願わずにはいられない。

「……」

 無力感を感じながらただ過ごす。低俗的な人間が排除できない自分自身を呪いながら。なぜこんな低俗的な人間が作る世界が許容されて、盟の持つ価値観による世界が許されないのか。見て見ぬふりをして誰も触れないくせに都市が離れている少女とをつきあうと周りはどうだ。異端だなんだと言って徹底的に潰しに来る。

「それで、今日はこのくらいにしておこうか」

 気が付いたら終わっていた。今日はもうこれで終わりだ。毎日何をするわけでもない無意味な日々が続いている。何かしなければならないと考えるのだが焦れば焦るほど何も思いつかなくなり悪循環を生み出す。まだ2時半なのでユカと合流するのには時間がある。適当に学内で時間をつぶすかどこか外へ行くかで悩むところだ。そもそも大学の決定的にいいところは一人でいてもやたらと心配してくる人間がいないところである。高校の頃は面談の旅になぜ1人でいるのかと教師にやたらと問いただされた。なぜ1rでいるのかというが理由は決まっている。そっちの方が楽だから。今はその世界にユカという存在が加わったことで少しだけ広くなった。だがそれ以上のものは何もいらないし見えなくていい。見えたところで解くにはならない。なにかができるようになるわけでもないのだから。中学の時も殴って本質的に何かが変わったかといえばそんなことはなかった。

 決めた。外に出よう。大学内にいるとどうにも気分が沈んでいくようでよろしくない。自分の無力だと言われているような感覚が強くなっていくのだ。ジレンマに苦しむ。周りと区別しているのか、子供か大人か自分自身がわからないあやふやな感覚。子供と称したとしても盟も明確な線引きをしないと納得できないならわがままばかり言っている子供である。しかしユカと一緒にいるとそういったことを感じさせない。大人も子供も多分一緒。

 盟が考えを振り切って大学を出るために歩き出すと

「待って速阪君」

 不意に誰かに呼び止められた。が立ち止まらずに歩き続ける。知り合いなどいないのだからあえて待ってやる理由など存在しない。

「待ってってば。無視しないで」

 後ろから話しかけても効果がないと判断したのか彼の前へと立ちはだかる。よくある服装をしている女学生だった。そのせいで彼の記憶にはあまり残ってもいなかった。顔は悪くないが盟が興味を持つほどでもない。というか親以外でちゃんと話らしい話をした相手はユカ以外にいない気がする。

「何。っていうか誰ですか」

 心中を自己嫌悪だか何だかわからないものに起因する感情に支配されていたがすぐに切り替える。面識のない人間に怒りをぶつけるのはよくない。自分なりにやさし眼に行ったつもりだがそれがつわっていっればいい。しかし彼女を盟はどこかで見たような気もするが誰だったか思い出せない。 

「誰って……ひどいよそれ」

 怒られた。どうやら彼女の方は盟のことを知っているらしい。

「すいません、知らないです」 

 嘘をついたところでことは収集しない。正直に言ってしまおう。どうせ怒られるんなら短時間で決着するようなほうに話を転がした方がいいに決まっている。面倒だとか厄介なことに巻き込まれたとか盟が思っていると

「西谷瑠伽。君と同じ学科の」

 ため息をつきながらも教えてくれた。どっかで聞いたりしたような名前でもあるがどこで聞いたかまでは覚えていない。

「はあ」

「反応薄いね」

 当たり前だと思う。初対面で仲良くする気がない相手に対する態度なんてこんなものである。実害が存在しないので怒らないようにしているが鬱陶しい。そもそもこの女は関心を持つに値しない。ユカの持つ魅力には遠く及ばない。

「だって……」

「ん、どうかした」

「なんでもない、です」

 興味ないし、と続けようとしたのだが言葉を飲み込む。思ったことを全ていうとまたこの女は怒り出す。盟にだってそれくらいわかる。別に不快感を与えて嫌われたって彼は構わないのだ。他者なんかに興味はないから。ただ話が長引くのを避けたかっただけである。人間は怒らせればその分言いたくなることが増えてくるのだ。

「それで本題に入るね。速阪君、課題何でレポート書いたのかなって」

「なにそれ」

「ヨーロッパ地域学。速阪君とってるでしょ」

「あの課題か」

 ありきたりのテーマを使って金曜日に完成させていた。そこまで力を入れるようなものでもなかったので苦戦もしなかったわけで。金曜から日曜にかけてはユカと会って彼女に勉強を教える。そのための時間を自分自身の課題に使うのは得策とは言い難い。

「書いたんならちょっと教えてほしいなって」

「ロシア王朝の紋章の構造について書いた。それだけ」

 適当にあしらいたいので歩き始めた。それでも瑠伽は離れない。もう十分なのではないか。何を話すことがあるというかこれ以上。中々根性があるということだけは誉めてやろう。今までならこれくらいの態度をとれば諦めてどこかへ行ってしまうのだった。稀に気取ってるやら調子づいてるなどと言って暴力をふるったりしてくる輩がいたのも事実だが。

「枚数とかさ。参考文献何冊くらい使った」

「3冊くらい」

「やっぱり、それくらい読まないとダメかぁ」

 盟の発言を聞いて勝手に一人で納得する。用件は済んだのではないのか。だとすればいつまで彼についてくるつもりなのか。大して中もよくないのになれなれしい。

「速阪くん、この後予定あるの?」

「ないけど」

「じゃあさ、一緒に帰ろうよ」

 正直に答えなければよかった。盟は心の底からそう考えていた。大体なんで彼を選ぶのだろう。仲のいい人間ならもっと他にいるはず。入学してから1回も口をきいたことのない盟を選ぶ理由がそもそも分からない。

「どこに住んでるんだっけ」

「東山」

「結構近いんだね」

 どこかのタイミングでまかなければいけない。東山に住んではいてもユカと合流して勉強を教える場所はまた別なのだ。ちなみに盟が通っているこの大学は一応世間では名門大学とされていて名前を言うだけで、一目置かれるなどそれなりのステータスにもなる。

「速阪くんのこと時々見てたよ」

「そう」

 反応が薄いとかまた同じこと言われるかもしれないが盟自身はある意味ではしょうがないとも考えていた。彼女に対してまるで興味を持つ気になれなかったのだ。普通の学生であるなら女子学生と帰ったり一緒にいたりするだけで嬉しかったりするのであろうが盟はその限りではない。何者にだって例外というものはある。まるで興味がわかないので頭の中で半分今夜の食事をどうするかについて考え始めていた。

「いつもさ、年下の女の子連れてるよね」

 無表情だった盟との眉が動く。厄介なところを見られてしまった。外で付き合っていることを悟られるような行為をした記憶はない。

「それがどうかしたの」

「あの娘かわいい。妹?」

「そんな感じ」

 本当は妹よりも、もっと親密な仲だ。水よりも血よりも濃い深い関係。故に他社には決して明かせぬ。皮肉なものである。関係が深くなればなるほど周りには何も言えなくなるし嘘を用いなければならない。

 真実は常に隠さねばならないのだ。闇の奥底、だれも見えない位置に。

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