ミカヅキジンチョウゲ4
高校はそのまま中学からの持ちあがりによって大体自分のことを知っている人間で占められていた。それはつまり中学時代の自分を知っているということである。そう言った人間たちは関わるとまずいことになるということを知っているために近づいてこない。そこら辺の事情を聴いていた外部生も同様だ。ただ外から入ってきた人間にかはその情報が伝わらなかったことで興味本位により近づいてきた人間も何人かいる。そのほとんどが女子であったが興味を持てなかったのであしらったが。このこともあって徐々に近づいてくる人間も少なくはなっていった。
結果的に平穏がもたらせることになったので周りに人がいなくなっても盟は大して気にもない。というかつまらないことに関わらなくてよかったのでかえって楽だった。行司ごとも色々あるらしいのだが参加する気もない。ただ絵を描いてられるだけでいい。この時の盟にはそれ以外の望みもなかった。
そんな学校に行っていながら周りとかかわらなくなった生活が数週間が過ぎて春の大賀連休手前になったころ彼のみに天気が起きた。少しだけお金に余裕があるので、どこか近くの温泉街にでも行こうかと考えていたのだ。親に関していえば中学に上がったあたりから急に仕事が忙しくなったのか、あまり家にはいなくなっていた。だから温泉にも1人で行こうと思っていたのだ。そして当時は五月の連休前だったわけで少しだけ扱った記憶がある。途中の駅で氷菓子を買って食べながら帰っていた。暑いといっても制服の上着は脱ぐ気がまったくなかったのでちゃんと着ていたわけだが。
「こんにちは」
家に入る手前で女性に話しかけられる。おっとりとした雰囲気で真っ黒な髪を肩のあたりで結んでいていた。彼のように世間や周りと距離を置こうとして素っ気ない態度を取ろうとする人間にも丁寧に接してくれる人物の一人だ。細められた目の奥には色素の薄い髪をした少女と似つかない顔つきの盟が写っている。名前は確か浅間弥生。結婚していて現在はパートで事務の仕事を手伝っていると母親が話していたことがあった。自分の親よりも都市は一回り暗い若い。
「どうも」
眼だけ合わせて一瞥した。家の中に入るべく短い階段を上っていく。今の家―というかこの辺の住宅地は家を建てるときに少し盛り土をした関係で本来の地表よりも高くなっているのだった。なぜそんなことをするのかといえばその方がどうやら窓からの景色がいいとか防犯上にいいとかいくつか理由はあるらしい。その段差を上ってライオンの顔が象られた白い門の取っ手に手をかけたとき。
「待って」
さっきの女性が駆け寄ってきて盟の制服の裾をつかむ。普通なら声をかければそれで済むことだった。そんなことをしたのは要は普通ではないから。この少年の動きを止めないと話を聞いてもらえないとか用件を伝えられないと考えていたからだろう。しかしこの人は、他の人間にもこんな仕草をしているのだろうか。時として自覚のない善意は悪意になることもある。
「なんですか」
鬱陶しいとか面倒だとかは思ってはいない。しかし、全くと言えばウソにはなってしまうのも事実だが。ただ明確な敵意を示しているわけでもなく、冷やかしのような興味本位で近づいているわけでもなかったので無下にするのも悪いと思ったからだ。
「メイくんって勉強、得意なんだよね?」
「誰が言ったんですかそれ」
「ん、君のお母さんだよ」
一瞬、嫌悪感がよぎった。またこうやって母親は余計なことを外に喋る。黙っていてくれればいいのに。こちらの話は聞かない。
「母さんが何を言ったのかは知らないですけど。多分事実だと思います」
「よかった。あのねそのことでお願いがあるの。うちの子に勉強教えてあげてくれないかな」
「家庭教師かなにかですか」
「そんな感じかな、ね。どうかな」
厄介なことになった、と思った。顔には出さないが。人と接するのが苦手ということまでは彼女の耳には入っていないらしい。どうやら本当にただ自慢がしたかっただけらしい。そんなことをして何が楽しいのだろう。やはり他人の考えることは分からないし理解したくもない。
「あ、お金もちゃんと出すよ。メイくんのお父さんとお母さんにも説得するの私が手伝うから」
弥生が盟に頭を下げてくる。断りづらくなってきた。少しメイトは考えてみる。もしかしたら自分はこの人を助けてみたいのか。なぜか、本当に何とも思っていなければ話なんて聞かずにすぐ、家の中に入ってしまえばよかったから。
それならば、意識が少しはそちらに向いているのだから、やってみても悪くはないかもしれない。家庭教師とやらを。決まってしまえば簡単な話だ。世間を距離を置いているが合わなくなったらやめればいい。
「いいですよ、やっても」
「本当に?」
ぱっと明るくなる。さっきまでどこか辛そうな顔をしていたがメイと自身は理由も知らずであるがそっちの方が心が捕まれるような気がした。
「詳しい話はまた今度ちゃんとするからね」
「はあ」
手を握って彼の顔を見つめる。よくよく考えるとこの人間はメイトより少し年上くらいにしか感じないくらいに若い。
そしてこの時が ユカと盟が初めて会った瞬間であった。
※
土曜日。学校が早めに終わる日に弥生に自宅に来るように頼まれた。事前に両親たちには家庭教師を務めるという話を通しておいてくれたらしい。そのせいか母親が珍しく笑顔で登校する姿を見送ってくれた。家庭教師をやることに反対も特になかったわけだ。
「いらっしゃい。とりあえず上がって」
「どうも」
靴を脱ぎ彼女のあとに続いて廊下を歩く。外観自体は盟の自宅と大差なかったものの家の内部は結構異なっていた。とりあえず廊下が長い。玄関に入ったらすぐにリビングがある野かと思っていたがあったのは会談であった。なぜそう考えたかというと盟の自宅がそういう構造になっていたからである。彼の家は入って右側にリビングとキッチンが存在し家の奥にはトイレと浴場が作られていた。反対の右側には父親の書斎があったがあまり入ったことはない。
「今日も学校?」
「ええ」
「土曜日なのに大変だよね」
「でも半日ですから」
何気ない会話ではあるが、盟がここまで長く話したのは久々のような気もする。親ともしっかり話さない。そのうえ外では知っている人間もあまりいないのだから当然といえば当然なのかもしれない。
「じゃあちょっと呼んでくるから待っててね。そこに座っていいから」
客間に通されて促されたソファに腰かける。部屋に誰もいなくなってしまい当たり前だが暇なので髪の気でもいじっていた。今のように腰まであったわけではないが高校の頃から盟は髪がそれなりに長かったのだ。もちろん金色という派手なカラーではない。少しだけ色素が薄いくらい。暇つぶしでもするために紙とペンを取り出すと
「ごめんね」
「いえ」
数分もしないうちに弥生が入ってきた。彼女の後ろにはもう一人いた。恐らく家庭教師を担当しろという人間なのだろう。髪を母親と同じように黒かった。年相応の幼さをその顔立ちに残しているが、胸が大人と大差ないくらいの大きさだった。服のせいか胸が強調されているのではないか。といってもそうやって見せるようなギャルっぽい扇情的な服を着ているわけではなかった。普通にTシャツを着ているだけだが体型が強調されている。ただスカートはいささか短いと言えた。そしてどこか不機嫌に見えるが別に盟は気にしたりしない。
「ほらゆかちゃん。挨拶は」
「……」
少女は母親に言われたが無視する。あまり性格がよくないらしい。そもそも座り方からしてそれがにじみ出ていた。小学生にして、足を組むとは中々度胸があるというか勇気があるというか。というかスカートの中が見えそうになっているがそこは気にしないのだろうか。
「もうこの子は……」
「家庭教師なんか別にいらないし」
少女のほうが初めて口を開く。当然の反応かもしれない。勉強するように仕向けられて楽しそうにする人間はそう多いものではない。むしろ自発的に勉強するような人間は家庭教師なんかつけなくても、自分でどんどん進めていくものだ。
「ごめんね。めいくん」
「気にしてないから平気です」
社交辞令でも何でもなく本当にそう思っていた。こういうこともあるだろうなと。むしろ盟は少し楽しいというか面白いというか肯定的な気持ちのほうが強かった。親戚の集まりだとかに連れて行かれて彼に興味を持たなかった者はいなかった。自分が何と言おうとなんでも肯定して言うことを聞いていたのだ。ただ彼にはそれが面白くなかった。この人間たちは何でもいうことを聞いてくれる。だから彼らは思いのままに操れる。等とは思わなかったわけで。そして、この少女は盟の外見を見たとしてもそれだけで肯定するような底の浅い人間でもないらしい。その様子を見ているとなんとなく盟の心内にある考えが浮かんできた。その考えが正しければ彼女と仲良くなれるかもしれない。というか徐々に盟自身が彼女に対して執着し始めたというか興味を持ち始めていた。こんな娘は初めてだ。
「あの」
「ん、何かな」
「彼女と2人だけで話し合わせてもらえませんか」
「え……」
弥生が一瞬戸惑ったような声を出す。
「説得して見せますから」
盟が引き下がらず交渉をする。彼自身も意外だった。いつもならここで席を立って謝ってからこの場を後にしてしまうのだから。その選択を除外していること自体が、予期せぬことだった。
「めいくんがそこまで言うんなら」
煮え切らない様子ではあるものの、席を立つ。盟のことを信頼してくれたとみていい。やはり普段の行いを少しだけでもいいからよくしておくと、こういう意図しないような場面で役に立つことだってあるのだ。
「じゃあ話が終わったら読んでね」
「はい」
盟が返事をすると、弥生がゆっくりと外へ出て行った。室内には少女と少年2人が残されたわけだが緊張しているわけでもない。短時間で勝負を決めようなんて思ってしまうから追いつめられて何もできなくなってしまうのだ。ならば少しずつ時間をかけて彼女を説得する方向に持っていけばいいと考えていたのだが
「おかーさん追い出して私と2人きりになって、何する気なの?お兄ちゃん以外といやらしーんだね」
少女のほうがさっきと比べて態度が変わった気がする。いや変わったというより見せていなかった部分を表に出したというべきだろう。母親の前では意図的に隠している本性。
「そんなこと思ってない」
「ウソだ」
盟が真実を告げるも彼女の方からは真っ向から否定してきた。その顔に笑みが浮かんでいるもののこちらを馬鹿にしているような、さげすんでいるような。とにかく感じのいいものではない。しかし盟はそれをみて気圧されるといったことはない。そして彼女の機嫌を取るためにあえて下に出ることもない。だからといってこちらから上から一方的に押さえつけるような言い方をするのもよくはない。
「分かってるよー、わたし。おにーちゃんがさっきからおっぱいばっかり見てるのとか。小学生相手に興奮するとかって、やっぱり変態」
彼女の指摘するのはあながちウソでもない。というか気づいていたのかというべきか。恥ずかしがったりするようなそぶりを見せているということは慣れているのだろう。そしてあしらい方や対処の仕方も徐々にわかって言ってこうやってバカにしたり見下すのが徐々に彼女にとって取りやすい選択になって言った。そう考えるのが自然だ。ただそういう対策が取れるということは相手に脅迫されたりしても拒絶したり勝てる算段があるのだ。屈したりせず戦うことのできる人間。
「してる……というか興味があるのは本当」
「やっぱり、だと思」
「けどそれは、外見だとかそういう話じゃない。君が周囲に対して持っている考え方とかとっているスタンスとかさ。心理的なことに興味があるんだ。もっと知りたいってそう思ってる」
盟が彼女の言葉をさえぎって本心を伝える。ここまで熱をふるって話をしたのは久しぶりかもしれなかった。自分がどう思っているかを常に隠しながら、あるいは距離を取って悟られないようにしてきた。親にすら明かしたことはない。けれど彼女―ユカならば明かしてもいいかもしれなかった。
「ふうん」
あくまで態度を崩したり変えたりすることはない。それでも盟を見る感じは若干変わったようにも思えた。視線を合わせることがなかったのに今は少年のことをちゃんと見て話してくれているから。
「だから、さ取引しないか」
「取引ぃ?」
少女がメイトの提案に対して怪訝そうな表情を見せてくる。それも当然だろう。見知らぬ少年がいきなりやってきて、自分に興味があるとか言い出した。盟が美しい姿をした生き物でなかったら確実に事案となる。この時ばっかりは自分の姿が今のモノでよかったと感じた。もっともユカは並程度の外見であれば話くらいは聞いてくれただろう。盟はそう踏んでいる。
「オレは君の成績を今の2倍くらいにまで引き上げる。それ以外にも君がやりたいこと、願いをかなえたいことがあれば、全力で助ける用意がある。利害関係次第というか基本は君の立場に立って味方をするから」
この提案がどこまで魅力的に映るものかは分からない。だけれど盟が出せる最大限のカードがこれくらい。
「といっても決定権は君にあるからさ。オレを家庭教師として雇うかどうかは任せるけど」
打てる手は打ったつもりだ。そして自分の望みとか願いとかも現状出せる範囲で提示はした。盟にとっては切れるカードをすべて使ったようなものなのでターンは終了。彼女に
権利は移った。
しばしユカは考えている。その仕草は盟には印象深いものとして脳を刺す。はっきりと動きも彼女の輪郭も見とれれた。
「いいよ、おにーちゃんのこと。少しは信頼できるかも。だからおかーさんに行ってあげるね」
「そっか、ありがと」
ユカが部屋を出ていく。去り際に伝えた。おそらく母親にあいにいったのだろう。もっと嬉しいものかと思っていたがそこまででもなかった。それもそのはず。まだスタート地点に立ったばかりで本当に大変だったりどうにかしていかないといけないのはこれからなのだ。彼女のそばにいられることにはなっても友達としているわけではない。金をもらって勉強を教えるのだから成績をどうにかして伸ばすことが至上命題なのだ。
それでも
「ひとまずはクリアかな」
安堵して少しだけ体から力を抜く。いつのまにか緊張していたらしい。常に力を入れようとしていない彼にしてみれば珍しいことであった。誰もいなくなった部屋で一人水を飲む。そして、これが盟とユカが初めてであった時の記憶であった。近くの家に住んでるのだから盟自身ユカのことを全く知らないわけではなかった。しかしこの時まで年が少し離れていることからライフスタイルも違うので会ったことはなかった。どういう人物だったのかも。それが奇妙な運命から2人は会うこととなる。それが幸せであるか不幸であるかということは本当のところ誰にもわからない。




