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ミカヅキジンチョウゲ2

次の日。土曜日なわけだが盟の予測通り綺麗に晴れわたっていた。まさしく快晴という表現が不和しいのではないか。絵に描いた様な青空である。そんなわけで2人は外出することにした。ユカの希望でもあったので一応は組んでおこうという思いも盟の中にはあった。それに勉強ばかりさせておくのも彼女のためにもならない。部屋にこもっていてもやがて気が滅入ってしまうし考え方も画一的になってしまうと青年は考えた。行く場所なんていくらでもあるのだから選定には困らない。といっても普通の少年少女がするような遊びやら行く場所なんてものは彼らの視野には入っていない。ああいったものにどうにも面白みといったものが見いだせなかったから。

「美味しいね」

「いつもより少しだけ料金を上げただけなんだけどね。それだけで値段分の美味しさが手に入るっていうのは運勢がよかったかな」

 ユカと盟がベンチに座ってクレープを食べる。そこらへんの移動屋台で買ったものでもある。盟はチョコレートとバナナが入っているもの。ユカのほうはイチゴが盛られているものであった。今いるのは市民公園だった。昨日2人が合流した場所とはまた違う場所にある。電車とバスを駆使して訪れることのできる場所なので少し遠い。が、休日で時間があるからこそ来れる場所ともいえる。公園内には美術館やら図書館やら郷土資料館やらいわゆる箱もの施設が多く存在していたので時間さえあれば十分堪能できるのだ、ちなみに2人は朝から美術館で絵を眺めていた。盟が好きな画家の特別展が現在開催しているからでもある。日本全国を巡業していることでこの機会を逃すとしばらくは目にすることもできない。

「絵、楽しかった」

「そっか、連れてきてあげてよかったかな」

「私は一番最後にあった、海の絵かな。あれだけはなんだか落ち着いてたって感じたの。すごい好きかも」

「海の絵はあの画家が最後に描いた作品なんだよ。あれを書いた数年後に死去したんだ」

「そうなんだ。すごい落ち着いた絵柄だったけど死ぬ直前ってそんなに穏やかで、いられたのかな。っていうかほかの作品がこわいよ」

「なるほどね。ゆいちゃんは最初のほうに飾られていたやつが苦手だった?」

「うん、ちょっとだけ」

 ユカがクレープを食べながら素直な感想を話す。盟自身ちゃんと絵の批評を学んでいるわけでもないので、ほとんど独自の目線で絵を見ていた。なのでこの少女の持った感想や思いに対して一々うるさいことを言うつもりも全くないのだ。

「どうだったのかな、死ぬ前に落ち着いた気持ちでいられたんならしあわせだったろうね。けど本当のことは彼にしかわからないよ。オレたちには残された事実からどうだったかの推察だけしかできない」

 クレープを食べながら最後のほうはほとんど独り言のように言い捨てる。海やら風景の絵などが後半の方を占めていたのだがむしろそちらは異端的なのだ。前半生は女性の絵が多いのだがユカに評した通りそれらの構図や絵の持っている雰囲気というものはどこかおどろおどろしいものをまとっていた。ユカにとっては少し拒否反応を示すようなものであったのだが盟にとっては人の持つ暗い面が前面に出ているのでどこか心惹かれるものがあるので好きになっていったということもある。

「もっとさ、遠くとか言ってみたいよね」

「2人で?」

「当たり前だよ、おにーちゃん。邪魔ものなんかいらないでしょ」

「まあ、ね」

「私、おにーちゃんさえいればいい」

「ゆいちゃんもそういう考えだったんだね」

 そういってユカがメイの肩に寄りかかってきた。拒絶することもせずに青年が彼女の頭をやさしくなぜる。彼らの目の前を気にせず人々が行きかっていった。足を止めることもない。年の離れた親戚程度にしか思っていないのだろう。しかしそれでも時々年頃の女性が盟の要望に見とれて足を止めた。うっとうしいと思ってしまう。どうせこちらはそっち側に興味なんて持つはずがないのだから。速くいけ。とにかく死海から消えるべきだ。うっとうしいことこの上ない。そもそもお前ごときがユカに勝るはずもない。一生かかっても彼女の持つ魅力には届かないだろう。盟は心中でそう思い続けていた。

「やっぱり私たちって変なのかな」

「どうしてそう思う?」

「あまりに多様な組み合わせの恋人って見ないから」

 さっきから彼らの目の前を時々男女のカップルが歩いていく。しかしそのほとんどが同年代の組み合わせであった。たまにどうなってるのかわからない男女の組み合わせ置いうのもあったが、盟はそういうものを何よりも唾棄していた。

「そうだね。でもさ」

「気にすることもない、でしょ」

「うん」

 それだけ話して盟は家に帰ろう、と思った。ここで2人でいても落ち着かないから。それは当然といえば当然なのかもしれなかったが。なぜなら外人間たちは2人の関係性を絶対に許容はしてくれないから。避難や球団はすれど勝算をしてくれる人間たちなど絶対に存在しないであろう。隠れながら会わないといけない秘密の関係。

「ゆいちゃんはさ、どこに行きたいの」

 全部食べ終わりまかれていた髪を丁寧に折りたたむとポケットの中に仕舞う。近くにゴミ箱が見当たらないので暫定的な措置でもある。

「んーとね海とかかな」

「さっきの絵で行きたくなった?」

「そうかも」

「海って言っても色々あるけどどこがいい」

「パスポート持ってるし国内より外。ハワイとか。おにーちゃんはあるんでしょ」

 ユカの質問に盟が無言で肯定した。小さいころからいろんな国を回ってきた。アジアからヨーロッパ、アメリカなど言っていない国は中東や立ち入りの禁止が国体されている国くらいであろう。親に連れられて回っていたのだがとても有意義な時間に感じていた。学校でつまらない話を聞いたりなんだかわからない協議をやらされるよりよっぽど楽しい。

「ハワイもあるし、グアムとかサイパンとかタヒチとか。いっぱいね」

 思いつく限りの地名をあげていく。どの場所も彼にとっては思い出深いところだ。

「行ってみたいな、全部」

「全部は贅沢だね。ユカちゃんは欲張りだよ」

「でもおにーちゃんはいったんでしょ。私だって行ったっていいはず」

「それもそうだね。こりゃ1本取られた」

 盟が負けを認めてからからと笑う。彼女以外の前ではこういった表情を見せるといったことは絶対にありえない。盟とユカ、この2人と周囲の間には埋めがたい価値観の断絶というものが存在しているから。

 日没になってから数時間が経過してすっかり夜も更けてきた。あと1時間もすれば日付が変わるのだが二人とも寝室に入るもののまだ寝る気配が見られない。次も休みなので少しは遅くまで起きていても問題はない。

「おにーちゃんは1人で外国とか行ったことあるの」

「ある」

 少女の質問に盟は短く答える。昼間と違って髪をほどいているのだがそれはそれで似合っていた。妙な色気を同時に持ち合わせているのまた事実だが。このせいでますます男だと思わない人間が増えていくのか。

「どこ?」

「ルーマニアとかロシアとか。あとハンガリーにチェコ。フィンランド、スウェーデン。ヨーロッパに分類されるところ」

 結構珍しい国を選んでいるという自覚はある。高校生が1人で海外に行くというのは今も昔もあまり多くはないだろう。盟がそれらの国々を選んだかといえば、昔読んだ本の影響である。何で読んだのかは覚えていない。覚えているのは内容がノンフィクションに分類されるもので筆者の回想をつづっているといったものということだけ。その中に若い頃、中国からユーラシア大陸を西に向かって移動しづけて東欧を旅したという記述があった。そのことに影響された、というわけでもないのだがそこで少しばかり興味を持ったのだ。どうせ行くのであれば、人があまり言ったことない地域を目指そう。彼自身ルーマニアやハンガリーといった国にルーツがあるわけではない。ヨーロッパに無関係ということではないが、地域的には少しだけ違う。

「東ヨーロッパが多いんだね、怖くないの?」

「慣れないことしないのと、行くなって言われてるところに行かなければ平気だったよ」

 雑誌から顔をあげてユカの顔をまっすぐに見つめて答える。むろん彼のケースであってほかの人間に当てはまるということはない。そんな金髪の美青年の話を彼女の方は興味深そうに聞いていた。あまり海外に行ったことのない彼女からすれば、異国の世界の話というのは一種冒険譚と似たようなものを感じるのだろう。もっといろいろ話してあげたいという感情が盟の中にもあるのだが疲れてきた。本を閉じて寝台の上に寝転ぶ。すると

「おにーちゃん」

 寝転がった盟の上にユカが抱き着いてくる。地味に彼の右腕をつかんでおり放そうとする気配はない。青年が少女の頭の後ろに手を回し髪をなぜる。遠目から見ると少女同士が一緒になっているようにも見えなくもなかった。ユカの胸のふくらみが盟に触れる。一瞬ではなくその密着は永続する。ゆえに平常心だって維持するのは一苦労だ。まだ駄目だ。

「どうしたの」

「明日ね」

「うん」

「また出かけたいな」

「そっか。どこらへんがいいかな。さすがに遠くはダメだろうけど」

「いいよそんなところでなくても」

 短いけれどその分はっきりと伝わる。誤解の生みようもなければ嘘もないやり取り。

「おにーちゃん」

「どうしたの」

「今いやらしいこと考えたでしょ」

「どうしてそう思うのさ」

 明言をしたりせず、彼女に答えをゆだねる。ここでウソをついてしまうという選択肢もある。だけど盟は彼女に対して小さくても偽りを言いたくはなかった。大切なものを裏切りたくないだとかそういう言い訳。

「私が抱き着いた後。一瞬変にだまったからさ。それでなんかいやらしいことでも考えてるのかなって」

「そう」

 図星だった。否定できない。彼女に卑猥な感情を持ったのは事実だから。けれどそれは今に始まったことじゃない。ずっと前から。二人だけが知ること。誰にも立ち入らせないしそんなことは赦すな。

「うん、当たり」

「あっ」

 服の上からでもわかるが、ユカは胸が大きい。制服の時はできるだけ隠すようにしているが、今は解放されているのでなおさらだ。同年代のどの少女よりも彼女の体は成熟していた。決して高い身長ではない彼女に不釣り合いな豊満な肉体。

「どうするの?」

「どうしよっか」

 彼女の瞳を見つめて、耐えきれなくなり先に盟が笑った。釣られてユカが笑いだす。何の意味もないことだが、こういうことをやっているだけで楽しい。

 そして時間は流れて結局寝てしまう。起きたらというかその間も時間は流れて日付は変わるから日曜日になった。ユカの希望通り少し早めに起きて遠出をすることにしてみた。海が見える丘。明治時代には外国人居留地として栄えた歴史ある港町。

「わー、スケールが違うなあ」

「ここは一日中遊べるからね。西洋人街もあるし博物館だって港だってある」

「おにーちゃんのおすすめはあるの」

「行ったことある場所で組むんなら」

 盟のガイドを受けて、ユカが街並みを楽しむ。貨物を積み下ろしするガントクレーン。町同士をつなぐ、巨大な鉄橋。

「あれそんなに新しかったんだ」

「歩けるよ橋の上」

「行きたい」

 ふもとまで行ってエレベーターで歩行者通路を目指す。真下は海。横には高速道路が併設されていた。

「満足した?」

「最後まで歩くの」

 反対側にある町まで二人は歩いた。真下の海には遊覧船が出入りしたりカモメが群れを成して飛行したりと非日常的な経験が二人を迎え入れる。

 そして日曜は終わっていく。

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