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ミカヅキジンチョウゲ1

週末

 それは多くの人々が浮足立つ時。一週間本来の業務をこなして明日から訪れるつかの間の休息のことを考えているのだ。心なしか顔や表には出さずとも人々の雰囲気がいつもと違うのは簡単に見て取れる。そんな人々が行きかう仲、公園のベンチの上で寝転がっている青年が1人いる。歩いていく人々は誰もそのことに気を留めずその場を通り過ぎていった。空が夕暮れによって朱色に染まるまでには、まだ少しばかり時間がある。焦る必要はどこにもない、この後急を要するような事態だというわけでもあるまいし。つまり平和なのだ。こうやって何も考えずただただ周囲の景色を眺めたり空の色を観察する時間というのが彼にとっては何とも言えない贅沢なのである。贅沢なことと無駄なことはもしかしたら紙一重なことなのかもしれない。そう思いつつ目を閉じようとしたとき

「お兄ちゃん」

 公園を行きかう通行人の中から1人、ベンチで寝転ぶ青年に近づいて親しそうに甘える少女が1人。夜を思わせるような黒い色のセーラー服に身を包み、背中まで伸びた美しいつややかな髪。その髪の色も漆黒だった。頭の横で二つ結びにしているので一瞬だが、目を引く。あまりしている人間がいないので目立つ髪型でもあるのだ。しない人間が多いのは単純に似合わないからというもの。美形であること、なおかつ若いこと。この2つを兼ね備えている人間はあまり多くはない。しかしユカは、そのどちらも満たしているのであった。漆黒の髪はなめらかで思わず触れてみたくなる。顔つきこそ幼さを残していて年相応だったものの、体型のラインは大人と同じか平均以上だった。胸のふくらみだけで言えばいささか、年不相応ともいえる。ちなみに背は同じ少女たちと比べて特別高いというわけでもない。

 その少女が駆け寄ってきたのを見て、青年のほうがゆっくりと顔を向ける。青年とは言うが顔つきで判断するならば少女と言ったほうが違和感はない。息をのむような美しさで男なのに性別の壁を感じさせない。その美しいと思わせる根源にある要因、それは目の大きさと人形めいた精緻な顔つきだろう。世間では美しくなろうと必死になっている人間たちがいるが彼が何か意識したことは特にない。男らしくなりたいとかもっと女性に近づきたいという野望もないのだ。ただ手に入れたものならばみすみす手放したくはない。わざわざ見せびらかしてうらやましいかとか自分語りをする気もない。

「お兄ちゃんってば」

何の反応もない青年に対して再度呼びかける。目が開いているのだから、寝ているはずはない。その声に対して青年が眠そうな顔でベンチから起き上がった。

「聞こえてる」

 抑揚のない声で、青年が応対をする。声からしてやる気がない。

「じゃあ返事位してよ」

 少女が怒ってむくれる。青年のほうは、まだ眠いのかあくびをこらえながら言葉を紡いでいく。青年と少女は頭1こも離れていない。これは少女が大きいというよりも青年のほうが少しだけ小さいというほうが正しいかもしれなかった。

「眠いからしたくなかった」

 眠いとは言うものの先ほどと比べて目がはっきりと開いている。目が大きいこともあるので寝ているかどうかの判断はどちらかといえばしやすい。しかし喋り方にはどこかけだるげなものを感じさせる。

「まだ夕方なのに?って言っても4時半だけど」

「そ、講義とかいろいろ終わってゆっくりしたくなる時間なんだよ。夕方ってのはさ。っていうか、まあ大体寝ちゃうんだけど。ユカちゃんだってそうじゃないの?中学生ってそれはそれでいろいろ大変なんでしょ。まあオレがどうだったかは覚えてないけど」

そういってまた寝ようとするのだが腕をひっぱて寝るのを防ぐといった策に出てきた。

「むー、また無責任なこと言って」

 ユカちゃんと呼ばれた少女のほうが、青年が起き上がってできたことで生まれたベンチのスペースに腰をおろした。座り方などの所作にはどこか品位を感じる。周りにはあまりいないような雰囲気とでもいうべきだろうか。彼女の名前は浅間ユカという。都内にある有名な私立中学校に通っているのだ。ちなみに共学である。その辺を気にしているものもいるらしいのだが彼女に至っては違う。

「だって本当に覚えてないんだもの、仕方なしだよ。ユカちゃん」

 過去のことなんて大半がどうでもいいことである。

「そう?でも私はそんなに疲れないかも。部活も今はしてないし」

「授業頑張ってないんじゃないのかな、それ」

盟がユカのことをからかう。その喋り方は一番最初と比べてはずんでいた。この少女と会うことを心底楽しんでいると言うことが見て取れる。

「頑張ってるもん、料が少ないだけだよ。だってお兄ちゃんが教えてくれるから」

嬉しそうに言うとユカが彼の方に寄りかかってきた。拒絶することもなくそれどころか自分のほうへ抱き寄せ頭をなでる。拒絶するような理由もとくにはないだろう。前からこうなのだから。ただ一転理由はあったりはするのだが2人以外に知る者はいない。知られてはいけない。

「ねー、お兄ちゃん。そろそろ行こ?」

「母さんの許可はもらってるの」

「また聞くのぉ、それ。もらってるって。それも毎週分」

「ふうん」

 毎週ねえ、と誰に聞かせるわけでもなく青年がつぶやいたつもりだったがユカはそれを聞いていたらしく不敵に微笑んできた。といっても怪しさが関わっているようなものではない。年齢の問題もあるのだろうが彼女のような少女がやっても可愛いという印象のほうが強くなるのだ。背伸びをして大人の真似をしているのだろう。

「お兄ちゃんだからだよ?おかーさんは『メイくんのところなら心配いらない』って言ってるからね」

 ずいぶんと信頼されているなと青年―メイは考える。ただその分現状を考えるとその期待が随分と重いものに、感じてしまうのもまた事実なのだが。彼女からの信頼を裏切っているというか勘違いさせてしまっているというか。そのことを意識すると急に気が重くなってくる。考えたくはなくても考えざるを得ない。なぜユカを彼に預けているのか、それは彼女の母親の仕事の都合によるものだった。遠隔地で数日ほど勤務することがあり、家を空けなければいけないことがある。ユカを一人にしておくくらいなら、誰かに預けたい。それで盟が選ばれた。彼の両親もまた、家にいないことが多かった。この辺りどういう取り決めになっているのか青年自身もあまり分かっていない。そのことについて母親に少しだけ聞いてみたことがある。ユカを預かることについて、いいのかどうか。自分で決めろとか、一応金はもらっているのだから適当なことはするなっていうことだけは言われた。それ以上、聞こうとすると耳を突き刺すような大声が飛んでくることが予想できたので言われたこと以外は聞けないのは分かる。自分の手を煩わせるなということだ。そのことについて

 そして相変わらずユカの母は昔つけられた愛称をそのまま使っているらしい。今更やめてくれといってもやめはしないだろう。長きにわたって為されていく考え方や日常の所作というのは習慣となっていく。そうなってしまったのは個人の意識で変えられるものではないのだから。

「じゃあ行こうか」

 メイと呼ばれる青年。彼の本当の名前は速阪盟。顔つきだけでなく名前まで少女を思わせる具合だ。現に顔つき云々を抜きにしても昔は彼もこの名前がそんなに、好きでもなかった。今はもう開き直って意図的に気にはしないようにしている。名前なんて髪なんかと違ってそう簡単に変えられるような代物ではないのだから。

「フフ、楽しみ」

「何もないよ、いつも通り」

 淡々としてはいるもののどこか優しさを含ませた声でユカに対応する。それに盟の顔はどこか楽しそうだった。ベンチの下に置いてあったデイバッグを背負うと、立ち上がった。金色に染めた髪の毛が風でかすかに揺れる。生まれつき彼は色素が薄い髪色だった。が現状はそれよりもっと色素が薄い。金色に染めていてそれだけでもなかなか目立つのだが彼の場合はそれだけではなかった。腰に達するくらいまで髪を伸ばしておりそれだけでも十分目を引くのであるが、なおかつそれを三つ編みにして編みこんでいるのだ。理由は単純明快。周りと同じことをするのが嫌だったから。これに尽きる。人によってはこれを言いて笑うし人によっては嘲笑する。だが彼は大して気にもしない。

「ふーん?お兄ちゃんにそんなこと言える権利あるのかな」

 いたずらっぽそうなほほえみを浮かべてみたかと思えば盟の胸に手を当ててきた。顔も近い。いつの間に移動したのやら。

「普通、気に食わないからとか許せないからって言い寄ってきた相手やいじめの首謀者を半殺しにはしないよ?」

 ユカはおかしいみたいな言い方するけど、別におかしなことをしたつもりは彼の中にはなかった。ただ悪いことをしていたから痛めつけてやっただけだし。確かに殴ってたら何かが砕ける音はしたような気もする。それでも気にせず続けてたら大人が飛んできた。合計5人いてそのうちのどれかが逃げ出して呼んできたのかもしれない。あるいは階段の近くでやってたからギャラリーが言いつけたのかも。ともかく飛んできた大人たちによって僕の攻撃は終わった。っていうか

「オレは悪いと思ってないからな」

「うんうん。私だって同じだよ。あくまで世間一般常識の考えを述べただけだし。ちなみに私は結果的によかったって思ってるけどね」

 そういう人間嫌いだし、と付け加え髪をいじり始めた。まるでどうでもいい存在かであるかのような扱いで。まあ事実そうだし、と思い盟も否定はしない。っていうか改めて思ったけどみんな建前重視しすぎと彼は常々考えていた。暴力と暴言に何の違いがあるんだと盟は思う。

「それより元の話に戻すよ。オレが相手を半殺しにした話なんかこの際重要じゃない。さっきの続きね。今日のカリキュラム」

「あー、そっちの続きね。フフフ」

 盟が近くを飛んでいる蝶々を指先に止まらせ捕まえた。捕まえてどうする気なのかと思っていたら、そのまま虫かごとか網に入れずに逃がしてしまう。

「待たせたね」

「お兄ちゃん昆虫採集でも作る趣味あったの」

「そのうち明かしてあげる」

「というかさ、定期試験って面倒だよねー」

「それをなんとかするためのヒントがこれ」 

 盟が携帯電話を操作してユカに1枚の画像を見せる。

「びっしり」

「無駄はこれでも削ったんだよ」

 盟が作った勉強リスト。必要なものを取得するために最速ルートで何を学べばいいのかを彼なりに考えたものだった。

「そうはいってもさー」

 ユカが天井を眺めて目をそらす。楽しいことがしたくなる年頃なのだ。

「今日は何して遊ぼうか」

「勉強するんだろう」

 楽しそうに聞くユカを呆れ気味に制してみる。彼女が盟の家にそれも毎週末も訪れる理由。それは彼に勉強を教えてもらうため。教え方がうまいとか意識したことは特にないのだが彼女の成績が急速に伸びたという事実が存在するためそれなりの腕はあるということなのだろう。そういえば昔から自分のもとに分からないところを教えてほしいといってきた人間がいた気がする。そして勉強を教えてくれるよう頼んできた大半が女子だった。

「うん、そうだったね」

「目的を見失うのはあんまりよくないよ」

 たしなめると2人は歩き始めた。公園を出て国道を西へと進んでいく。金曜の夕方ということもあってか人の姿も多い。その中には派手な髪型をした盟の姿を見て一瞬足を止める者もいた。が、すぐにまた歩き始めていく。世の中の比とは思っている以上に他人に関心を持っていない人が多い。所詮そんなものだ、人なんて。関係ない人間のことなんて意には介さない。

 公園から15分ほど歩いていき、、わき道にそれた部分。マンションが連続して建っている一角がある。初めて見るとなかなか壮観な光景に移るに違いない。同じ形をした物がいくつも並んでいるとまるでSF映画に出てくる未来都市のようだった。その中の1つに盟の自宅は存在している。

 エレベーターに乗って7階で降り一室へと2人は入っていった。全部で15階建て。ちょうど今は真ん中くらいの高さにいる。低すぎず高すぎずちょうどいい位置だと盟は考えていた。内部は1LDKなのでそこまで広いというわけではない。が、平日は盟1人だけなのでこれでも十分なのだ。ユカと一緒にいるのは土日だけだ。部屋の中には誰もいない。当然といえば当然なのだが。盟が大学に進学した時実家から離れたこのマンションの一室を借りて暮らしているのだ。別に自宅から通えない距離ではない。しかし親のススメなどもあったことで実家を出てきたわけである。社会に出ていくための経験としてもちょうどいいかもしれない。いつかは一人で暮らすことになるのだから。彼はせっかくなので今、料理も勉強しているさなかであった、慣れてくれば外で何かを買ってくるよりも圧倒的に安く仕上げられるうえに珍しいものでも作ることができる。

「模様替えしないの」

「するほどの理由も今のところ特にないよ」

 部屋の中心に置いてあるソファへとユカが飛び込みそのまま横になった。動く気配がない。やはり彼女もつかれていたのだろう。盟はダイニングテーブルのそばに置いてある椅子へと腰かけた。だらけているユカのことを微笑みながら見守っていた。

「制服。しわになるから上だけ脱いじゃえば」

 ゆっくりとした口調で盟が言うとハンガーを取るべく立ち上がった。ソファの背もたれに掛けてある上着とネクタイを手に取ると吊るしてラックに仕舞う。ラックの扉はなんの色も塗られていないシンプルなものであった。それと同じで室内には派手な色調のカグヤ高級品といったものはほとんどない。彼自身が大学生だからというのもないわけではない。全く金がないとか世間的に見る大学生たちと違って彼は実家の援助はないもののそれなりの金はもらっている。むろん違法的なことではない。少し考えれば少ない時間を積み立てて資金を手に入れる手段だってあるのだ。

「……」

 盟が近くにあったミス印刷の紙を引き寄せて絵を描き込んでいく。美少女が海辺にたたずんでいるどこか幻想的な風景。絵を描くということは彼がだいぶ前に始めた趣味の1つでもある。いつから始めてかは定かではない。それでも彼が憶えている絵を描いていた一番古い記憶。小学校に上がる前に色鉛筆を駆使して当時好きだったキャラクターを描いたものだったはずだ。当時はうまく書けたと思ったがあと後で見るとさほどない。絵を描くといってもロマン派だとか印象派だとか言うようなたいそうなものでは決してない。趣味で書いているのであって仕事としてやっていくかといえば到底無理なクオリティ。落書きもいいところだがなんて言われようと気にはしない。それでも時々新聞やら雑誌に投稿すれば時々は掲載してもらえる。普通より少し上くらいとみられているのだろうか。

「めいくんの絵、私は好きだよ」

 クッションを抱えてユカがこちらに顔を向けて微笑んでみせる。雑誌に投稿しているものを別にすれば絵を見せたことがあるのは彼女だけだ。盟はユカに対してはたいていのことは話す。それだけ深い仲ではあるのだ。ユカと盟、この2人は髪の色も違えば顔だって似てない。育ってきた環境だって少し違う。そもそも血のつながりすら存在していない。戸籍上の兄妹でもなんでもないのだ。じゃあ2人の関係性は何か。端的に表すならば

 恋人同士

 そう呼称するべきだろうか。しかし盟はこの呼び方が好きではない。恋愛だとかそういったことに結び付けられるのは吐き気がする。そんなぬるい関係ではないのだから。ユカが盟のことを「お兄ちゃん」と呼んでいるのは兄に対する相性のようなものではない。周囲に大して関係性を欺くためのカモフラージュなのだから。普通に考えた場合、大学生と中学生が付き合っているというのはあり得る話ではない。そういったうわさが立ってしまえば結果的に今の関係は維持できなくなる。ならば必死になってでも隠さなければならない。ただ家に入ってしまえばその限りでもない。

「ねー。めいくん」

「なに」

「めいくんってさ、いつもつまらそうな目で周りのこと見てるよね。どこか諦めている感じっていうか無気力っていうか」

 ソファで寝転がったまんまのユカが見つめながら彼の人となりのようなことを述べる。盟自身否定するような気もなかった。間違ってもいなかったから。いつからだったかは覚えていない。気が付いたときには既にそう感じていた。矛盾に満ち溢れて言ってることもやってることもみんな違う。自分ももしかしたらそういう面があるかもしれない。

「本当に退屈な事しかないからね。飽き飽きするくらいにさ」

 微笑んでいたが無表示になり窓の外へと目を移して独り言のようにつぶやいた。かっこつけたようなしぐさではあるが元の顔つきが美しい分、それなりに様になっているのだ。おまけに足も長いときている。

「だから中学生相手に邪な感情を抱いて手を出しちゃうんだ」

「もっと別の言い方してほしいな、否定はしないけどさ」

「でもなんで私とは付き合ってるっていうか他とは違う関係にしてくれたの」

「考えが一致したし、一緒にいて楽しいからだよ。ユカちゃん以外はもういらないくらいにさ」

 心の中で思っていたことを淡々と告げる。ユカは中学生だが盟の中では普通の大学生、特に彼が通う大学の学生たちよりも考えもしっかりしていて大人びているのではないかと感じるときもどこかあった。全部が全部そうというわけでもない。

 日が立ち並ぶマンションの向こう側に完全に沈んだことで外は真っ暗になった。カーテンと雨戸を閉めるべく盟が立ち上がる。窓へと向かおうとした矢先ユカに動きを止められた。何が起きたかと思えば彼女が服の裾を引っ張っただけであった、何か言おうとするも腕を引っ張られてバランスを崩しソファへと倒れてしまう。当然のことながらユカが下で寝ているので押し倒したような形に見えてしまうわけでもあるが。

「何さ」

「しよーよ。ね?」

 いたずら娘っぽくユカが微笑んでみせる。彼女の意図していることが分からないほど盟は馬鹿ではない。それでも彼は曖昧にはぐらかそうとする。

「するって?」

「わかってるんでしょ、めいくん」

 核心をつかずはぐらかそうとする青年に、若干不服そうな様子を見せる。なぜだかはぐらかしてみたくなってしまうのだ。

「そりゃね。初めてじゃないし。けど……」

「いけないことだっていうんでしょ。それは行為そのもののこと?それとも付き合ってること自体かな。でもおにーちゃんはさ」

「思うだけだよ。それにユカちゃんをからかってみたくなったっていうのも」

 この程度のことは半分くらい日常的になってる。最初の頃はどこか後ろめたい思いもあった。別に今もないわけじゃない。ただその時よりは薄れてきてはいる。なれというものはつくづく恐ろしいものだと盟は感じた。

「してもいいけど、あとでね」

「約束だよ」

 確証が取れたのか彼女が立ち上がって盟のことを解放した。彼女の方は彼女でソファにちゃんと座ると机の上に置かれていた雑誌に手を伸ばす。自由になった盟は金色の髪をゆらしながら窓の方へと近づき当初の目的を果たそうとした。

「明日も晴れそうだな」

「じゃあお外イケるね」

「ユカちゃんさっきから遊ぶことばっかり考えてるね」

「ダメ?」

「ダメってわけじゃないけど。遊んでばっかりで勉強してませんでした。ってなると成績にも響いてくるから」

「すぐなにもしてないことがばれちゃうってことね」

 実際それは結構な死活問題でもあった。奇怪な関係性のことは彼ら以外の誰も知らないし知られても行けない。周囲には仲のいい兄妹かなにかのようにごまかしているが、ユカの両親などになってくればそんな嘘は通用しない。盟の自室に出入りできるような、違和感のない理由。彼女に対してはユカの家庭教師という扱いにしてある。実際人並より勉強ができるということがこんなところで役に立つということは盟自身思ってもみなかった。

「分かったなら、教科書もっておいで」

「えーやっぱり、まだ早い」

「ダメよ、ユカちゃんこここれ無くなっちゃう」

「それは困る」

「なら持っておいで。どうせすぐごはんの用意もしないといけないからそこまで長いことやらないから」

「はーい」

 観念したのか不服そうな様子を若干見せながらもユカが自分の使っているバッグのもとへと向かって教科書を探し始める。盟はといえば外を見ておりまだカーテンを閉めてはいなかった。ビルの向こうに沈む美しい夕陽をその青く染まった動向に移す。その夕陽を見てかれは明日も晴れると考えたわけだが。盟はその景色を見ながらもどこかうかない様子ではあった。普通は晴れだと思えば少しは気分も上を向く。しかし彼の中では天気でどうこうなるほど簡単な心情なんてものはなかった。

「一緒だと思うんだけどな」

 むろん自分が置かれた状況、ユカとの関係でもある。彼は世間の価値観に納得しているわけではないのでユカと交際する道を選んだといってもいい部分があった。少女が称した無気力感、つまらなそうに世間を見る感じ。そう思う理由は周りの馬鹿さ加減に呆れているというのが大きい、と彼自身はあるとみていた。やってることが低レベルで辟易するんであれば同じくらいの精神年齢だったユカと付き合ったところで何ら悪いところはない。その逆もまた然りで自分の精神年齢が低かった場合。ユカは多分年相応の精神をもっているということになるわけだ。盟とユカは精神年齢は常に同じくらいだからこの図式が成り立つ。つまり世間と違う点、それはこの2人が肉体的な年齢よりも精神年齢に重点を置いて付き合う道を選んだということ。だから相手が中学生だとか大学生だとしても気にせずに付き合ってしまったのだ。盟もユカも別におかしいと思ってはいない。なのに世間は肉体年齢に重点を置いている。年の差結婚だともてはやすが未成年同士でそういうことをすれば風紀が乱れるなどと騒ぐ。今までの経験則やそういった人間たちの意見もあって盟の中ではすっかり人間が嫌いという気持ちが根付いていた、

「めいくん」

 金髪の青年がユカの一言で我に返った。振り変えれば机上にはノートと教科書が拡げられていた。あとは盟が彼女の隣に座れば勉強が始められる状態である。参考書の類は見当たらない。というかなくても何ら支障はないのだ。なぜなら彼がいればそれだけで十分な勉強を教えることができるから

「準備したよ」

「ん、じゃあはじめようか」

 カーテンをすぐに閉めて盟が彼女が座っている隣に腰かける。ペンを握り問題の内容を頭に入れていきどうやって解説するかを考えていった。その作業と並行して盟は別のことも考えないといけない。夕食のこともそうなのだが、これからのことでもある。 

―いつまでユカと付き合っていくという贅沢な時間を続けて行けるということを。

「大体こんなもんかな」

「授業もこの辺までだったし」

「これだけできてれば十分」

 家庭学習はここまで。くたびれた。立ち上がろうとするより早く、ユカが盟に飛びついた。金色の髪がユカの黒髪と混じる。羨ましいと彼女の言った鮮やかな色。そのユカの瞳に金色と盟の瞳が写った。形容しがたい色。

「離れて」

「やーだ」

「困った子」

 仕方ないという具合で、彼女の髪をなぜて体をひねって抜け出した。遊びたいがやることが多い。いえばユカも手伝ってくれるのではあるが。

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