8話 事後清算
やり過ぎだと小突いた頭を押さえ、アルマが涙目で俺を睨む。
「なによ、痛いじゃない。シグのいう通り、あの気色悪いカズラをこの世から塵も残さず消し飛ばしたんだから文句を言われる筋合いは無いハズだけど?」
「いや、どう見たって過剰だよ。カズラと一緒に消滅させたのは森の裾部分だからドラゴンは怒らないかもしれないけど、周りの連中に君の本当の力が知れ渡ってしまった。その力を利用するってんならともかく、迫害の対象にもなりえる。下手をすると報酬無しで逃げることになるかもしれないぞ」
「ええぇー、嘘でしょう? 私、頑張ったじゃない!」
「嘘というか、どうなるかはクロモリ防衛局次第だけどな。しかし、これだけ大きな防衛局だったら他の魔女の助力を受けているかもだ。案外、すんなりと受け入れられるかもしれない。なんにせよあれだけの大爆発を起こしたんだから報告しないとな」
「……なるほどね。ついでにとんずらする準備もしておきましょう。拘束されたら堪ったもんじゃないわ」
幸いなのは、あの大爆発によって魔獣が恐れをなしたのか森から出て来なくなったことか。少なくとも半日は猶予の時間が出来たのではないだろうか……あくまで希望的観測だが。
なんにせよ、隙間時間が出来たいのは有難い。休憩を兼ねた報告をしてしまおう。
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報告の為に担当者の下を訪れた俺達を待っていたのは、意外にも歓迎の言葉だった。
「いや、素晴らしいな! 『辺境の魔女』の実力は凄いと聞いていたが、これ程とは! 以前、この砦にエレメント階級の大魔女が滞在した事はあるが、彼女と何ら遜色ない魔法だった。満月の時は常に滞在してもらえると有難いがどうだろう。専属契約に興味は無いか?」
「いえ……今回はたまたま、カズラという化け物が出て来たから、大魔法を使ったまでよ。アレはそうそう簡単に使えるモノじゃないから、頼りにされても困るわ」
「それに俺達は、一か所に留まる性質じゃないんでね、防衛局の討ち漏らした魔獣を殲滅して旅するのが性に合っている。今回は、まぁ、運が良かったと思ってくれ」
「そうか……ずっと滞在しれくれたら、あんな大魔獣が出て来た時に、とても心強いんだけどな」
「カズラがわんさか出てくるような場所だったら、ワルプルギス機関からそれなりの実力を持つ魔女が常駐するよう送られて来ている筈だろう? 適所適材ってやつだよ」
「なるほどな……ちがいない。しかし残念だな」
「少なくとも今回は満月が過ぎるまでは滞在するつもりだから、その日までこき使って貰って構わない。それで勘弁してもらいたいな」
「うむ、まあ、しょうがないか……了解した」
そんな感じで、俺達をクロモリ防衛局に縛り付ける交渉は何とか回避した。
安定収入は大きいが、俺もアルマも同じ場所に定在する性質ではないので、この手の専門用心棒の依頼は多いが全て断らせてもらっていた。
それにしても少し気になる言葉があったな。
エレメント階級の大魔女が滞在したことがあったとかなんとか……つまり、ここへ来るルートは確立されているわけで……今、この国に滞在する『四精霊使い(エレメント)』は水のエレノアだった気がする。
彼女とアルマは水と油と言って良いほど相性が悪い仲だ。しかも仲が悪い割にエレノアはアルマに突っかかるので始末に負えない。今日の大魔法で恐らくは俺達の居場所は把握されただろう。満月が過ぎるまで滞在するとなると、確実にエレノアに遭遇する事になるだろうな……。
思い切って逃げるか?
しかし、いまクロモリ防衛局から離れると違約金を支払わねばならなくなって、路頭に迷う事になる。旅をずっと続けている俺達の手持ちは、常にぎりぎりなのだ。
しょうがない。アルマの機嫌は何とか俺が取ろう。全てが取り越し苦労で済めばいいんだけどなという想いを抱きながら、その日は過ぎて行った。
ちなみに本日囮役を務めた『天懲組』をはじめとする傭兵仲間は全員無事だった。
あの大魔法を見た所為か、アルマの事を『姐さん』呼ばわりして崇め始めたのは想定外だったが、これもクロモリ防衛局に居るだけの間だ。アルマは「好きでもない男に崇められてもうれしくなーい!」といって逃げの一手であるが、有名税だと思って諦めて貰う事にした。