7話 掃討戦
満月が近いときの魔獣の習性として、恐怖心や警戒心を持たないと言うのがある。
通常時では野生動物と同じくして臆病で狡猾なのだが、満月が近いときは理性を放棄して何が何でも俺達を喰らおうと襲ってくる。故に一般人にとっては恐怖の時期なのであるが……対抗する術を持つ者にとっては条件が揃えば魔獣を狩り放題のボーナスステージと相成る。
例えば今の状況がそうだ。
これまでの戦闘で魔獣が多きく数を減らしていること、砦からの弓矢や投石による援護があり、またアルマからの魔法援護があること。そして、俺に魔獣の集団を相手取れる技があることだ。
以上の条件が揃った事により、囮役を使った防衛戦から、掃討戦に移る事が出来る。
俺が再び放った十二神将は、アギト、ゲキドを構わず蹴散らした。そこへアルマの魔法爆撃がズンドコ炸裂すればもう魔獣達の息は絶え絶えだ。わずかに生き残った魔獣も砦の上から射掛けられる矢や投石によって絶命していく。
しかし――
「あれま、今日は大漁ね。まだ、魔獣の森から魔獣が出て来ているわ……って、アレはカズラじゃない! ちょっと、あのうねうねが出て来るなんて聞いてないんですけど!?」
アルマの声に魔獣の森の方を見やると、確かに30~40体のアギトやゲキドと共に一際大きな魔獣、カズラの姿があった。
カズラは巨大なウツボカズラに十数本もの触手を生やしているような魔獣で、生理的に嫌悪を感じる魔獣No.1だ。
丸く膨らんだ袋が本体で、野生動物にも拘わらずに目立つ極彩色仕様だ。そこから生えている細長い数十本の触手は何故かパステルカラーであり、視覚を含む全ての感覚器を兼ねると同時に獲物を捕らえる捕獲器官でもある。
そしてその触手の先端は名状し難きアレな形状をしており、これ以上は俺の中にある語彙では表現しきれないが、男女共に大顰蹙な感想を持つに違いない。
機能としても恐ろしく、触手の先端にある小さな牙には麻痺毒があり、一噛みでもされたら全身麻痺となる。動きを封じられた獲物は穴という穴に触手を突っ込まれて内部を食い荒らされたり、本体の袋に格納して繁殖の苗床にされたりと、想像するだけで吐いてしてしまうような凄まじい未来が待っている、らしい。
そんな凶悪な攻撃手段があるため、職業的な軍人であっても中隊規模であれば壊滅させられるらしく、一個体の生命体としては破格の戦闘力を持つと言えるだろう。
あと、厄介なのが本体の袋に溜めているだろう体液だ。
捉えた獲物を逃がさないように催淫効果があるらしく、アレをぶちまけたら魔獣が集まってきたり、その……交尾を誘発させたりと凄いことになるらしい。
要するに、戦っては攻略が難しく、勝っても負けても酷いことになる、災厄のような魔獣なのだ。
事実、砦の上からはカズラの出現に対して混乱するような声が聞こえてきている。ここは、俺達が何とかするしかないか?
「アルマッ、魔法でアイツを根こそぎぶっ飛ばせないか!? 周囲の魔獣は俺が何とか押させてみせる」
「時間を貰えたら行けるケド……本当にシグ一人で時間稼ぎができる? 他の魔獣を従えたアイツってば尋常な戦闘力じゃないのよ」
「俺一人じゃ無理だ。だから、今の距離があるうちに砦の連中に矢を放ってもらって数を減らして貰う。アルマはあくまであのカズラを倒すことに専念してくれ!」
それだけを言い捨てると俺は、砦の方へ声を張り上げた。
「おい、見ての通りだ、カズラが来ているぞ。ウチのお姫様がデカいのを一発かますから、アンタ達は周囲の魔獣に矢を射かけて数を減らしてくれ、数が減れば減るほど直接カズラにダメージを与える事ができるからな、わかったか!?」
「りょ、了解だっ、弓兵第二部隊、カズラ周囲の魔獣に対して射掛けろ、構え……撃て!」
号令と共に多くの矢が魔獣に向けて飛んで行く。その矢に刺さって絶命する魔獣も居れば、傷を負って怒る魔獣もいる。その傷を負ってこっちに向かってくる魔獣が俺の相手だ。
向かってくる魔獣の数は十数匹といったところか。やはりクロモリ防衛局の弓兵の練度はかなり高い様だ。思ったよりも数を減らしてくれた。
残り十数匹であるなら、俺の『十二神将』の出番だろう。『面』で襲ってきた魔獣に対しては『面』の剣戟で対応するのが有効なれば――
俺の放った1秒に3閃の剣戟は襲ってきた魔獣を悉く打ち倒した。残るは森から出て来た巨大な触手付のウツボカズラだけだ。
「アルマッ、どうだ? 準備は出来ているか?」
そんな俺の問い掛けに、任せなさいといった感じでアルマが応じる。
「みんな頑張ちゃって、コレは私も張り切るしかないわね。元エレメント、炎のアルマが決戦魔法――無限炎獄!」
彼女の手から放たれた黄金色の火箭は、うねうねと触手をうねらせているカズラへ直進し、接触。
巨大な爆発と共にキノコ雲を作り出した。当然ながらその爆心地にあったカズラはこの世に塵も残さず消え去った。
巻き上がった土砂や、折れ飛んだ木がバチバチと飛んできているのを見ながら、コイツはやり過ぎたかな?という表情をしているアルマの頭を軽く小突くのだった。