4話 防衛局
一仕事を終えた俺達は砦の裏側に回り、待っていた担当者に叩き殺したアギトと、氷の刃に貫かれて絶命したアギトの二匹を引き渡した。
「流石は『辺境の魔女』とその相棒だ、君たちにとってこの試験は軽すぎたかな?」
「試験に軽いも重いもないさ、やるべきことをやるだけで……それでこの通りアギトを一匹ずつ倒したけれど合格ということでいいのかな?」
「ああ、問題ない。本来であれば無試験で登用すべきところだが……周りの目もあるし、本当に噂に聞く実力があるか確かめたかった事もある。その様子からするに余計な心配だったな。それにしても、もっと大量の死骸を持ってくるものだと思っていたが」
魔獣の死骸はあれで大層な金になるらしいのだが、今回の目的はあくまで登用試験に合格する事だったので、余計な死骸は持って来なかった。
こういった欲のない所は傭兵らしくないと言われるが、魔獣相手に下手に欲を掻くと命を落とす事になる。それに、今日以降の戦闘で嫌と言うほど魔獣と戦う事になるのだ。いやでも稼げることになるだろう(回収する暇があればだが)。
「それでは明日から君達には戦闘に参加して貰いたい。今日の所は砦の中の案内をするから、それを覚えて明日からの戦闘に向けて準備を整えて欲しい」
「それはいいが……俺達の働きどころというか、どのような部隊に組み込まれるかとかを教えて貰いたい。場合によっては受けられない仕事もある。報酬の話もしておきたいな」
「ん、ああ、そうだな。その辺、しっかりしている所は流石は大ベテランだ。詳しくはこれから話すが――」
クロモリ防衛局の担当者が示すところによるとこうだ。
俺達傭兵は砦の外に出て、囮、兼、遊撃として動いて欲しいとのこと。俺達が囮となって引き付けた魔獣を砦の上から防衛局の舞台が石や矢を降らせて退治するから、巻き込まれないようになんとか逃げる事。そして、もし、砦に取り付いた魔獣がいれば最優先で除去して欲しいとのことだった。
つまりは、使い捨ての便利な道具として、戦場を駆け巡れという事だ。これには流石に文句の一つも付けたくなったが、俺が口を開くより先にアルマが口を開いた。
「それで? そんな無謀な作戦に私達を駆り出すっていうのなら、ギャラは相当弾んでもらわないと引き受けられないわよ。そこのところはどうなの?」
「無論、危険な任務に従事して貰う事には相応の報酬を用意している……こんなところでどうか?」
「ふぅ~ん……なるほどね。シグはどう思う?」
担当者から提示された報酬はかなりのものだった。明日から満月が過ぎ去るまでの日給としてこれ以上は望めないだろうという金額だ。危険な目に遭うのも込みで、これなら文句を飲み込むしかないだろう。
そう思ってアルマの方を見ると、『これだけのいい話、なかなか無いわよ! 受けるのよ、受けなさいっ!』と、強烈な無言の圧力を発していた。
まあ、相棒がこの調子なら断る理由は無い。
「了解だ。条件は過酷だが、その報酬であれば引き受けることに支障はないよ」
「それはよかった。では、改めてようこそクロモリ防衛局へ。君達の参戦を我々は歓迎する」
---
砦の中は思った以上に快適な空間だった。というか、一つの村、いや、町が丸ごと入っていると言って良い。千人以上が暮らしているのだから当然かもしれないが……広い訓練場に、いくつかある食堂、清潔な医務室、散髪する場所もあれば、日用品を売る場所もある。
驚くべきは色を売る場所もあって、早速登用された傭兵たちがお姉様方の色目に鼻の下を伸ばしている光景が見られた。残念ながら俺はまだそんな年齢ではないし、お目付け役である相棒がいるから通う事はできない。
「全く男って馬鹿よねー、明日から魔獣と死闘を演じるってのに、今から生気を吸い取られてどうしようってのかしら」
とは、アルマの談である。
確かにぐうの音もでない正論だ。しかし、人肌の温もりを再び味わうために明日も頑張るという傭兵が一定数以上いるのも確かだ。つまるところ、生き延びるためのモチベーションは人それぞれで……いや、決して彼らの弁護をしているわけではないので、そう睨まないで欲しい。
「シグは絶対、あの界隈に近づいちゃダメだかんね。もし、私が知らないうちにそういうことをしてたら……燃やしちゃうよ?」
そういう彼女の声には本気の色が見えており、思わずキンタマが縮み上がった。
「心に留めておくよ。さて、それよりは食事にしよう。この場所に来るまでずっと保存食ばかりだったんだ。暖かい食事で英気を養いたい」
「色よりは食ね……了解、私も魔法を使ってお腹が減ったわ。此処の料理がどんなものか試してやろうじゃない」
結果的に言えば、クロモリ防衛局の食事は量も質も満足できるモノであった。恐らくは娯楽も兼ねているのだろう。暖かい食事に満足して十分に英気を養えたのであった。