21話 大戦
俺に予備の服を投げつけられたアルマは、きゃーきゃー騒ぎながら服を着ると涙目で睨みつけて来た。しかし、『精霊』から『魔神』になる際に素っ裸になるとは全く以って知らなかったのだから何ともしようがない。むしろすぐに服を渡した事を褒めて貰いたいくらいだ。
「……私の裸は安くないんですけどー」
「知らん! それよりもだ。君らエレメント階級の魔女は知っていたようだけど『魔神』とはなんなんだ? 見た目はちょっと前の『魔人』の時と大きな違いは無さそうだが」
「あー、そっか、そっか。シグは元魔女の騎士だったけど、魔神に関する情報はエレメント以上の魔女しか知らない情報だったわね」
「まあ、今は詳しく聞く気はない。ドラゴンと戦っているエレニアに加勢できるかどうかだけを教えてくれ」
「それだったら問題無いわよ。今までの状態と比べると魔法を行使する力は段違いと考えてくれていいわ。丁度いいから魔神の力、とくと見せて上げる」
そう言うと、アルマはいつもの火炎弾を体の周囲に浮かべた。しかし、確かに彼女の言った通り、今までであれば西瓜大の大きさだったものが、なんと直径10mを超える大きさになっていた。それが、エレノアに気を取られていたドラゴンに向かって次々と飛んで行く。
驚いたのは俺だけでなくドラゴンも同じだろう。いや、自身に火炎弾改め、とんでもない大きさの火球が飛んできたのだから驚きは俺を超えていたに違いない。
全長300mを超えそうなドラゴンであるが、火球の大きさが10mを超えるとなると脅威を感じたのか、全身から変な触手を生やし、そこから怪光線を発射して巨大火球を撃ち落としていく。
「へーえ、やるじゃない。これが事前資料にあった触手ビームってぇやつね! 面白わ、私の大火球とどちらが威力が上か比べてあげようじゃない!」
そう言ってアルマは宙に浮かぶと、次々と巨大火球を自身の周りに生み出し、ドラゴンに向かって放っていく。それに対してドラゴンも負けじと触手から怪光線を放つ。
もう周囲は破壊の渦がぶつかり合って何が何だか分からない状態になっている。ただ分かるのはアルマの後ろから離れたら、力のぶつかり合いに巻き込まれて死ぬという事だけだろう。
時折飛んで来る怪光線の余波を必死で避けながらアルマとドラゴンの戦いの推移を見ていたら、いつの間にか俺の後ろにエレニアが立っていた。
「酷いことになっておりますわね!」
「ああ、こりゃあ想像以上だっ、魔神ってヤツはこれまでの形態とは段違いの力を持っているらしいな! しかしどうする。どうやらドラゴンと魔神の力は完全に拮抗してるみたいだ。このままじゃ、エネルギー総量が大きいだろうドラゴンに押し負けちまうぞ、そうなったら俺達もお陀仏だ!」
「そのためのワタクシ、そしてアナタが手に持つもう一本の虹色の枝ですわ!」
「? ……そうかっ、君もまた魔神になるというのか!?」
「いいえ、ワタクシはまだその時ではありませんの。虹色の枝には魔人化の進行を食い止める力がありまして、それがあればワタクシも薬なしで魔法打ち放題となりますの。それを使ってこの場を切り抜けます。渡して頂いても?」
「了解だ! コイツで、この世の地獄を終わらせてくれ!」
俺が手に持っていたもう一本の虹色の枝をエレニアに渡すと、彼女はそれを魔法使いの杖のように構え、ドラゴンに向かって白銀色の水箭を解き放った。
ドラゴンはアルマの火球を対処するので精一杯だったところを、エレニアの氷結魔法で急襲されて氷の彫像と化した。しかし完全に凍り付いたわけではなく、その大きな瞳が憎々しげにこちらを睨んでいる。
「さあ、今のうちに逃げますわよ! ワタクシの魔法もドラゴン相手にどれだけ保つかわかりませんから」
「何よエレニア、いい所で出番を掻っ攫って行っちゃって!」
「話はあとだ、アルマ! 虹色の枝を得るって目的は果たした。もうこんなところに用はない、ドラゴンが魔獣を召喚し始める前にとっとと退散するぞ!」
探索資料によれば、ドラゴンの攻撃手段は三つ。
その大きな口から発射されるエネルギーの奔流、体のいたる所から生えた触手から出される怪光線、そして自身の眷属たる魔獣の召喚だ。このうち前者二つまでは対処出来たが、この上でキョジンやらの大魔獣を召喚し始めたら勝機どころか逃げる事もままならなくなる。
「んー、もう、しょうがないわね、分かったわよ。来るときに使ったブランコはちゃんと回収した?」
「無茶を言うなっ、こんな状況で回収も何も出来る訳がないだろう! 体に捕まらせてもらうぞ。可能な限り安全運転で頼む!」
「魔神となって身体能力もかなり上昇しているはずでしょう? 文句を言わずにとっとと飛んでくださいな」
「シグはともかく、アンタを抱きかかえる事になるなんてね……ま、いいでしょ、今は逃げる事に集中しましょう」
アルマは俺を背中に背負い、エレニアを両手で抱きかかえると、重力の存在を忘れたかのように宙に舞った。
そして未だ氷の彫像と化したドラゴンに見守られる中、無事空を飛び続けてクロモリ防衛局に帰還したのだった。




