2話 傭兵
しばらく前から見えていた巨大な城砦は、遠目では荘厳な雰囲気を醸し出していたが、近くで見ればあちらこちらに補修跡がある古めかしい砦だった。
幻滅したわけではない。長い間、魔獣との戦いを経て補修と増築を重ねてきた城塞の歴史には尊敬の念を捧げたく思う。また、同じくしてこの地を守り続けたクロモリ防衛局の方々には感謝しかないだろう。しかし今、その防衛の歴史が破られようとしている。だからこそ俺達が呼ばれたのだ。
まあ、千人以上の兵士が存在する防衛局にたった二人が加わったところで大勢に影響はないと思うが、稼げるのであればどこでも行く。そして、必ず生き残るのが俺達の傭兵の信念だ。
しかし、どうやら俺達以外にも呼ばれた傭兵は多くいるようで、似たような恰好をした連中が集い、先ほどから探るような視線を飛ばしてきていた。
「……煩わしいわね。吹っ飛ばしてやろうかしら」
「我慢してくれ。恐らく、同じ傭兵仲間だろうから。それに注目を集めているのは君の所為だぞ、アルマ」
我が相棒――『辺境の魔女』殿は、宙に浮いて移動していた。正確には俺の肩くらいの高さで、胡坐を組んで飛んでいる。それだけでも目立つと言うのに、彼女は控えめに言っても美人である。長い銀髪を後ろで束ねてポニーテールにしており、それがやや褐色の肌と調和している。細長い眉と勝気そうな瞳、さらには不敵な笑みを浮かべるピンク色の唇が彼女の魅力を引き立てていた。残念ながらその体形は厚いローブに隠されて伺い知れないが、抱き着かれたことがある俺はそのローブの中の肢体が魅惑的なものであることを知っていた。
「それって私が美人だからかしらん?」
「そうだよ。君が綺麗だから見る人の注目を集めている。注目を集めるのが嫌ならフードを被って宙に浮くのを止めればいい」
「いやよ。そんな野暮ったい真似したくないわ。ま、有名税だと思って我慢してあげましょう」
からからと笑う彼女に釣られて、俺も苦笑を浮かべた。
我慢と言う感情が最も似合わないのがアルマだ。その開けっ広げな性格は余計なトラブルを持ち込むこともあるが、全て自分で解決できる実力を備えている。彼女の実力に比べれば、俺は所詮、交渉役でしかない。これでもアルマと組むまでは凄腕の魔獣の狩人と呼ばれていたんだけどなぁ……。
そんな事を思っていたら近づいてきた奴らがいた。
数は3人で、服装というか、装備は俺に近しい。腰に剣を吊るし、背には槍、又は弓を背負っている。その武器からはわずかに硫黄とコールタールの匂いが漂ってきており……やはり俺達と同じく、魔獣の狩人だろう。
そのうちの一人、リーダーと思われる禿頭の男が俺に話しかけて来た。
「アンタ達も呼ばれたのか『辺境の魔女』さん。今回の仕事はエライことになりそうだな」
「ああ……魔獣の狩人がこんなにも呼ばれるって事は、相当な苦戦を強いられているらしいな……悪いがアンタ達は?」
「オレらは『天懲組』よ……アンタらほどじゃないが、魔獣の狩人の中じゃ中堅てところだな」
「ン……いや、聞いたことがあるよ。いま、売り出し中の……そうか、アンタ達が『天懲組』か」
傭兵と一言に言ってもその実力は玉石混合だ。飢えて一人でやりだした駆け出しから、稼いで大金を得ていても引退を許されない大ベテランまでその実力は多岐に渡る。
魔獣を相手に戦うとなると、多くの新人は最初の戦闘で命を落とす。その死線を潜り抜けて中堅とも呼ばれるようになれば立派な実力者だ。
「『辺境の魔女』に名を知られているとは光栄だ。どうだい、今回の仕事はオレたちと一緒に組んでやらないかい? 他の中堅連中も呼ばれているみたいだが、どうせなら実力的に突き出ているアンタ達と組みたい」
「その申し出は有難いが遠慮するよ。うちのお姫様は誰とも組みたくないみたいでね……ああ、アルマ、そう機嫌を悪くしないでくれ。俺達は今まで通り、コンビで仕事をする。それを違えるつもりはない……ってワケで悪いな」
「いや……噂は聞いていたから気にしないでくれ。オレたちも『辺境の魔女』を敵に回すことはしたくないんでね、単なる社交辞令だ」
「了解だ……ま、お互い上手く生き残ろうぜ」
そんな事を言いながら、天懲組の3人は俺達から離れて行った。そして、十分に距離が離れるとアルマが俺に後ろから抱き着いて来る。抱き着くと言うよりは首を絞めると言う方が正しいか。
「ちょっと、なに私を無視して話してんのよ。私よりあの禿親父の方が魅力的ってワケ?」
「いや、そんな訳ないだろう。ただ単に傭兵仲間として話していただけだって。どうもアイツら以外にも中堅以上の魔獣の狩人が呼ばれているみたいだ。クロモリ防衛局が提示する内容によっては、断るって選択肢もあるかもしれない」
「ふぅん、そうなの?」
「今回の仕事がいつもより危険てことは間違いなさそうだ。それで俺達を使い潰すみたいな提案をしてきたら、まあ逃げるしかないと思っている」
「私ならどんな敵が来ても問題ないわよ。いつも言っているようにカズラやトンビ、キョジンみたいな大魔獣でも私の魔法に掛かればちょちょいのちょいってね」
「……それに巻き込まれる俺の事もちょっとは考えてくれよな。毎回毎回、それで死にかけてんだから」
「アハハ、シグルズなら生き残るって信じているわよ、ダーリン!」
コイツと関わってからこの方、魔法で吹き飛ばされたことは数えきれないほどある。それで死なないから相棒を務められているのだろうが……。
俺は腰に下げた唯一の武器に視線を落とした。そこには真っ黒な木刀が強烈な存在感をもって、そこに在った。