11話 キョジン
ここで一つ、魔獣の森に関する秘密を話しておこうと思う。
魔獣の森――それは一個の生命体であると言う話だ。直径50kmを超える巨大な森が一個の生命体と言われても俄には信じがたい話だと思う。しかし、これは確かな説であり、『上』の連中であるなら誰もが知っている話だ。
頭脳体は森の深部に居座り、地下からは龍脈という名のマントルエネルギーを吸い上げ、地上においてはヒトを始めとする全ての有機生命体の血肉を喰らい成長する巨大生命体であり、アギトやゲキドをはじめとする魔獣全てを作り出し、送り出してくる元凶だ。そして森と言う自身の体を傷つけられれば今みたいに巨大な守護者を送り出してもくる。
その神の如き強大な魔獣の名は『ドラゴン』。
地軸逆回転以降、誰も退治した事が無い神魔獣である。
そして今、魔獣の森を――自らの体を傷つけられた報復として、ドラゴンは三体の大魔獣『キョジン』を差し向けて来た。
30メートルを超える巨体は、ほぼクロモリ防衛局の城壁と同じ高さを誇り、ずんぐりむっくりとした重厚な体躯はどんな攻撃を受けても全て受けきって前に進みそうだ。恐ろしいのは体中の至る所に開いている口で、特に腹に大きく開いた口は嫌悪感をこれまでにないくらい感じさせる。
事実、今まで勇敢に戦ってきた正規兵や傭兵さえも戦意を喪失して武器を落としているくらいだ。
そんな化け物が一歩一歩着実に歩を進めて来る様相は、死神の歩みに見えただろう。
しかし君たちは忘れていないだろうか? こちらには先ほどの大破壊をもたらした魔法使いが二人も居る事を。魔獣の森の裾を単なるクレーターに変えた魔女と魔人がいることを。
「アルマ、そして、エレノア。まだ魔法は使えるか? あんなのが出て来たのなら、君らの魔法に頼るしかない」
「うーん、一体だったら間に合わせるんだけどね、私の戦術級魔法はあと一回が限界ってところかな」
「同じくワタクシもあと一回の行使が限界ですわ。流石にあんなのが三体も出て来るなんて想定外もいいところです」
「そうなると……残りの一体は俺が何とかするしかないか」
正直、魔法無しの剣技だけであの30メートル級の化け物に戦いを挑むなんて馬鹿げている。しかし、やらなければ砦を破壊されて多くの人が死ぬだろう。せめて他の兵士や傭兵が使い物になればいいんだけれど、あの威容を見て戦意を奮い立たせられる者はこの場にはいないようだ。
そんな勘定をやっている間にも巨人は歩を進め、完全に森から出て来た。砦までそう距離が無い所まで来ている。
「アルマ、エレノア、時間が無い。俺が正面のヤツを叩くから、君らは両脇のキョジンを討伐してくれ!」
「あらあら、久しぶりにアナタ様の本気が見られるのですね」
「今後に影響するから、あまり見せたくないけどな。命あっての物種だろう? とにかく両脇の巨人は任せたぜ!」
「了解了解……お仕事の時間と行きましょうか」
その言葉だけを聞くと、俺はいつもの黒木刀だけを持って砦から飛び出した。
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さて、あの大魔獣を殺るには準備が必要だ。流石に30メートルを超える化け物を相手にするにはいつもの木刀形態では頼りない。俺は祖霊に祈りを捧げ、黒木刀の真の力――神魔刀を解放した。
この神魔刀、抜けば天をも引き裂く力を秘めており、普段は固い鞘で覆われている。すなわち俺は今まで鞘で魔獣を撲殺したり、斬り殺していたりしていたわけだ。そして真の姿を見せたソレは――虹色の刀身をしていた。
正直なところ、何故に虹色? 子供のおもちゃじゃあるまいし、なぜビカビカと余計に光る仕様になっているのか理解に苦しむ。
しかし、その切れ味は本物だ。
真正面に立ったキョジン、ソイツが俺を叩き潰そうと大きな拳を振り上げたその隙を逃がさず、真正面から右膝を横一文字に切り裂いた。
そう、文字通り、傷つけたのではなく切り裂いたのである。
片足を失ったキョジンはバランスを崩し、拳を振り上げた態勢のまま後ろへ倒れ込んだ。
それによって振動が伝わり、一瞬だけ宙に浮いたがここで攻撃の手を休める訳にはいかない。ヤツが戸惑っている間に、もう片方の足を、両腕を――そして、ずんぐりむっくりした頭を作業的に切り落としていく。
因みに巨人の本体は同体で、そこに止めを刺さなければ四肢も頭も再生してくるという厄介な性質をしている。
他二体のキョジンの状態は如何だと見れば、アルマとエレノアの魔法によって、瀕死の重傷を負っていた。俺としても、彼女たちに負けてはいられない。此処は一つ、奥義というヤツをお見せしようではないか。
俺は精神を集中させると、あるイメージを頭に浮かべた。この巨体を一刀の下に切り裂くイメージを。
普通の刀になら不可能なそれを、この神魔刀は可能にさせるから恐ろしい。
「奥義・真一文字」
大上段から下段まで、全くブレの無い一撃は、キョジンの巨体を一刀の下に切り裂き、両断した。




