1話 プロローグ
地軸逆回転によってセイレキという文明が破壊されてから千二百年の時が流れた。未だ人類は混迷の真っただ中にある。
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咆哮を上げて襲ってきたゲキド――イノシシの体にイソギンチャクのような頭を持つ魔獣――を、正面から叩き斬る。突進に特化した魔獣だけあってその迫力は凄まじいものであるが、何十回も繰り返せば慣れもする。
コイツは本当に直線的にしか突っ込んでこないので、武器を落としさなければ勝手に二枚へおろす事が出来る。ただし、逆に言えばその勢いと迫力に押されて武器を落としてしまえば、その凶悪な牙と顎を前に命を散らす事になるだろう。
そして無事に倒したとしても問題は匂いだ。一応は野生動物である筈なのに、コールタールに硫黄をぶち込んだような刺激臭を放つ血にはいつまで経っても慣れない。もっともすぐに揮発して匂わなくなるのだが……しかし、分かりやすい殺傷方法として切断を選んだが、やはり撲殺した方が良かったかもしれない。この匂いに釣られて他の魔獣が寄って来る可能性もある。
俺達は今、ゲキドの群れに追われていた。
定刻までに目的の場所へ着くため、魔獣の森の中を突っ切ろうという相棒の甘言に乗せられてしまったのが運の尽きだ。森の外縁部なら大した魔獣はいないだろうと思って足早に突き進もうとしたらまさかゲキドの群れと遭遇するなんて誰が予想できただろうか。
遂に追いつかれて一匹を殺してしまったが、それに怒りを覚えたのかゲキドの群れが咆哮を轟かせる。
「あー、もう、やっかましいわねっ! シグ、私たちの他には誰も居ないし魔法でやっちゃうわよ!?」
「いや、まてアルマ、森の中で大規模な魔法を使うのはリスクが高すぎる。ドラゴンが怒って大型魔獣を差し向けて来る可能性が……ひいては次の仕事場に迷惑をかけるかもしれない」
「そんなの知ったこっちゃないわよっ、うねうねぐちゃぐちゃと見てるだけでこいつら気持ち悪いんだから! 森を傷つけないよう手加減はするわ」
「……ならいい、よろしく頼む」
「オッケー、散弾式火炎弾……発射ぁ!」
宙に浮く相棒の掌から幾多の火の玉が生み出され、今にも俺達に飛び掛かろうとしていたゲキド達に襲い掛かる。その青い火の球は正確に全てのゲキドへ着弾し、その身を燃え上がらせた。
先ほどの勇ましい咆哮とは逆の、痛ましい咆哮がこの地に満ちる。
全身を炎で包まれたらそうなるのも当然か。命を狙われた身としては同情する余地はないが、その魂が地獄に落ちない事だけは祈ってやっても良いかもしれない。
青い炎がゲキドの群れを焼き尽くすまで十数秒もかからなかった。そしてその場に残ったのは炭と化した遺骸のみ。何度見ても魔法の力は恐ろしく……掌にじっとりと汗が滲む。
「どうよ、うまく行ったでしょ。私に任せておけばいいのよ!」
「魔獣に追われる原因を作ったのも君だけどな……まあいい、流石は『辺境の魔女』だ。見事な魔法だったと褒めさせてもうらうよ」
「あれま。シグが私を素直に褒めるなんて、明日は雪が降るかもしれないわね……」
「はいはい」
そんな遣り取りをしながら、俺達はその場を後にして目的の場所へと向かうのだった。
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世界の東に位置する弓状列島、その中央部に魔獣が生息する巨大な森がある。
森の中には凶悪な魔獣が生息しており、立ち入った多くのヒトの血を吸ったことから『魔獣の森』という名前で呼ばれている。
魔獣の森は他の森と比べて明らかに成長速度が速く、それはヒトの生息域の侵食に他ならない。単純に平地が減るし、生息する魔獣が餌を求めて出てくる頻度が増える。
それを防ぐために『防衛局』という組織を時の政府は立ち上げた。定期的にクロモリの木々を伐採し、森から出てくる魔獣を処理するのが主な仕事だ。
しかし近年、魔獣の森は植生域の拡大を続けており、それに比例して森から出て来る魔獣の数も増えてきている。防衛局も八面六臂の活躍を見せているが実際には人手が足りない状況だ。
そんな中、民間で魔獣退治を請け負う者達がぽつぽつと現れ始めた。
武器の扱いが上手い者、単純に身体能力が高い者、仲間を作って狩りの指揮する者もいれば、異能の力を用いる者さえもいる。そんな彼らは『魔獣の狩人』と呼ばれ、いわゆる傭兵として防衛局に雇われ、活躍している。
彼ら『辺境の魔女』と呼ばれる者達も、そんな魔獣の狩人と呼ばれる者達の端くれだ。
そんな彼らが向かう先は『クロモリ防衛局』。二百年以上の歴史を持ち、かつて英雄と魔女が活躍したと言う伝承が残る防衛局である。