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その27 騎士叙勲式

 ──グラスヴァル家の騎士見習い・セドリック、山間の村を滅ぼした魔物を退治!


 その噂は、またたく間に街道を駆け巡って各地に伝わっていった。


 ユージンがグレンデルの首級を持ち帰り、立ち寄った街で役人に提出した結果である。


 もっとも、その辺りの顛末をセドリックはよく覚えていない。


 グールの毒による高熱がぶり返してしまった彼は、その間ずっと馬車の荷台か旅籠の寝台で伏せりきっていた。魔物を倒した勇者としては情けない体たらくだが、口の上手いユージンは、それほどの激戦であったのだと喧伝してくれたらしい。


 実際、体調が悪化した原因は、聖鎧の力を借りて無理をして戦った反動なのだから、あながち嘘ともいいきれない。


 ただ、グレンデルとの戦いだけでは、これほどの後遺症に悩まされることはなかったことも事実だ。グールの群れとの戦いの方が問題で、一匹一匹は小物とはいえ、群れをなすとなかなか侮れない魔物だと──そして、毒というのはかなり厄介なものだとセドリックは身にしみて感じていた。


 彼がようよう起き上がれるようになり、故郷・レイヴィルに戻ってみると、”グラスヴァル家のセドリック”のお手柄は、すでに誰もが知るところになっていた。歓声と賞賛の声と共に迎え入れられ、セドリックは何だか歯がゆい心持ちに陥った。


 彼に騎士叙勲を授けると王都から連絡が来たのは、そのすぐ後のことだ。


 魔物が跳梁跋扈する”黒い森”で消息を絶った聖騎士アゼルスタンの“遺品”を持ち帰り、街道沿いの村を襲った怪物を退治した勇者であるから、国王直々に叙勲を受ける実績としては十分すぎるほどである。


 レイヴィルからグラスヴァル男爵領の祖父の元に戻っていたセドリックは、知らせを受けてすぐにまた王都へ旅立つこととなった。


 とはいえ、今度の旅は男爵家の紋章がついた仕立て馬車で、侍従や侍女も引き連れての優雅な旅である。


 グラスヴァル家は、王都キャムロットに続く街道沿いの街の防衛を担っていたから、その街の中心を貫く道をずっと進んでいけば、自然と王都にまで行き着く。


 ただセドリックは、実は王都に赴くのはこれが初めてのことであった。


 今まで見たこともない巨大で壮麗な街に、セドリックは完全に圧倒されていた。


 本来の”市街”を囲う城壁はまだ遙か先に見えるのに、すでに馬車の窓から見える街の賑わいは、グラスヴァル男爵領の首都・インヴァーネス以上だ。


 人口が増えて城壁内が手狭になり、その周りに住むようになった人々だけでも、セドリックが今まで見たどんな街よりも大きな都市を形成している。


 市壁の外にこれほど大きな街を作ることができるのは、周辺地域をぐるりと直属の騎士や諸侯に守らせ、魔族や他国の侵攻の脅威がない王都ならではの光景だった。


 貴族特権で優先的に市門をくぐり、本来のキャムロット市街に入ると、道行く人々の姿は、ほとんどが平民のはずなのに、その服装は何だか下手な騎士以上に洗練して見えた。


 爵位があるとは言えグラスヴァル家は、所詮は騎士に毛が生えた程度の小貴族、自分が如何に田舎者にすぎないかをセドリックは痛感してしまう。


 そうして馬車が辿り着いたのは、一軒の大きな旅籠だった。セドリックたちのような、地方からやって来て王都に別宅を持っていない貴族や上級騎士専用の旅籠である。


 この旅籠からして、グラスヴァル領にあるどんな屋敷よりも大きくて立派なものだった。


 部屋の中は剥き出しの石壁などではなく、きちんと壁紙やタペストリーが施され、セドリックのような無骨者には、むしろかえって落ち着かない。


 ただ、その部屋の様子は、いまの彼の服装には合致していた。


 セドリックはいま、国王オズワルド三世から直々に騎士叙勲を受けるための準備を行っている。いつもの薄汚れた甲冑姿から、儀礼用のきらびやかな甲冑に着替え終わったところだ。


「お似合いですわ、セドリック様」


 常とは異なる装いに些かの戸惑いを覚えていた彼に、エルマがそう声をかけてくれた。


 儀礼用の甲冑には一応兜もあるが、叙勲式では頭には着けずに左手に持つことになる。剥き出しになった少し癖のついた髪を、エルマが櫛でとかしてくれている。


 彼女はいま、グラスヴァル家の使用人としてセドリックの侍女兼薬師として働いていた。


 レイヴィルに帰還した際のセドリックは、すでに自分の足で歩ける程度には体調が回復していたものの、それでもまだ不安があるからと、エルマは、店を開くためにレイヴィルに残った両親と別れ、グラスヴァル男爵領までセドリックに付き添ってくれた。


 その彼女の献身的な姿勢が、老グラスヴァル男爵の目に留まったのである。


 折しも次期当主となる孫のため、新たな居室や使用人の手配を進めていた男爵は、正式にエルマをグラスヴァル家の使用人として雇い入れた。


 そして、王都に向かうセドリック一行にも、彼女は使用人団の一員として、こうして同行してくれているのだ。


「ありがとう、エルマ」


 叙勲式に臨む準備をかいがいしく手伝ってくれた彼女に、セドリックがそう礼を言うと、なぜだか頬を上気させていたエルマは、


「いえ……」


 と、少し小さな声で応えた。


 脇に置いてある兜を取って、彼女に全身の装いを確認してもらうべくセドリックが立ち上がったとき、ガチャリと部屋の扉が開く音がした。


「おお、セドリック。よく似合っているじゃないか」


 ノックもせずにそう言って部屋に入ってきたのは、ユージンだった。後ろには、セドリックの両親であるケアードとシャーリーの姿もある。


 老グラスヴァル男爵の名代としてセドリックの叙勲式に出席する彼らは、三人とも仕立ての良い礼服に身を包んでいた。セドリックが初めて見る上等な衣装で、聞けば、今日の叙勲式に合わせてロランドとパオラが調達してくれたものであるらしい。


 ロランドはケアードの御用商人、パオラは夫と領主の連絡役も兼ねて、ケアードの居館で通いの使用人として働くことになったと聞いている。


「馬子にも衣装というやつだな。そうしていると、随分と立派な騎士様に見える」


 ニヤニヤと笑いながら、ユージンが近づいてきた。


「お互い様だろう」


 笑って、セドリックもそう返した。


 いまのユージンは、どこに出しても恥ずかしくないほど気品ある貴族の御曹司に見える。黙ってさえいれば、きっとご婦人方が放ってはおかないであろう貴公子だ。


 このいかにも高級そうな衣装を、ロランドは破格とも言える安値で入手してきたという。優秀な人材を登用することができて、ケアードもさぞご満悦だろう。


「いってらっしゃいませ」


 エルマや他の使用人たちに見送られながら、セドリック一家は王宮に向かう家族水入らずの馬車に乗り込んだ。


 騎士叙勲を受ければ、セドリックはグラスヴァル男爵家の正式な跡取りとして認知される。


 今後は国王直属の騎士として王都に詰めるか、そうでなければ領主としてグラスヴァル男爵領で暮らすことになろうから、こんなふうに家族四人で過ごす時間は、もうそんなにないだろう。


 そう考えると、一抹の寂しさをセドリックは覚えた。


 彼は、黒い森で竜ファブニールや湖の魔女エレインから聞いた話を両親にはしていない。ケアードとシャーリーの前では、あくまでも彼らの息子・セドリックとして今後も振る舞っていくつもりだ。


 両親も──彼らがどこまで真実を知っているのかは分からないが、あくまで息子としてセドリックの凱旋と騎士叙勲を喜んでくれている。


 ただ、もしも自分が全ての記憶を──イーヴァン・ホーとしての記憶を取り戻したときには、彼らとのこの関係性もまた変化してしまうのだろうか。


 その不安と寂寥感を、晴れの日である今日ぐらいは封印しようと心に決めて、セドリックは王宮へと続く城門をくぐった。


 ユージンたちと別れ、本日の叙勲式の控え室に案内されると、不思議なもので、初めてやって来る豪勢な宮殿、初めて通されるはずの部屋なのに、セドリックには部屋の位置関係や配置がなんとなく分かる。


「──陛下の隣にはダーズリー王子殿下が、お二人の後ろで起立して控えていらっしゃる方が近衛騎士団長のファイレフィッツ卿です。陛下の前まで進まれましたら、セドリック殿はまず──」


 城の侍従が、儀式に列席する者の席次や、式の手順を説明してくれている間も、セドリックは侍従の言葉の先がすんなりと予測できてしまう。


 初めて臨む儀式のはずなのに、儀式の()の様子や、そこでどう振る舞うべきかが克明にイメージできて、「聞かなくても分かっているよ」と、ついそう言ってしまいそうになる。


 おそらくそれは、彼が騎士叙勲を受けるのはこれが()()()()()()()からだろう。少なくとも、二回目だ。


 儀式の間に関して言えば、他の者の叙勲式に参列した際も含めれば、もう何度でも足を踏み入れている。


 前の肉体の──イーヴァン・ホーであったときに。


 明確な記憶として、自身の過去の思い出として想起することはまだできないが、聖鎧を自由に纏えるようになったのと同じで、イーヴァンとしての記憶が少しずつ蘇り、セドリックの思考や行動に影響を与えるようになってきている。


 儀式の説明に対して特に質問も返さず、訳知り顔で頷いているセドリックに、侍従が少し不思議そうな顔をした。


 それで慌ててセドリックは、


「祖父から、他の方々の叙勲の時の様子を詳しく聞いて参りました」


 と、その場を誤魔化す。


 さいわい、侍従はすぐに納得した顔になってくれた。


(危ないところだった……)


 心の中で、セドリックは冷や汗をかいた。


 これからも”セドリック”として暮らしていくつもりなら、こういったところは、よくよく注意していかねばならない。


「それでは、こちらへ」


 侍従に促され、セドリックは一人で通るには大仰すぎる扉の前へと案内された。分厚い両開きの扉の向こうから、かすかに自分の名を呼ぶ声が聞こえてくる。


 ギギイィィーーッ。


 少し軋んだ音を立てながら、扉が開いた。


 目の前に広がる巨大な空間。


 城で最も大きな広間に、たくさんの人々がひしめき合っていた。


 いま王都・キャムロットにいるほとんどの貴族や騎士が、今日の叙勲式に参列しているという話だった。中には、普段は王都の外で暮らしている地方貴族や騎士なんかもいるらしく、一人の騎士の叙勲式としては異例の規模である。


 それは、昨今まれに見る名声を得て騎士叙勲される若者に対する期待の表れであろうし、セドリックが騎士の名門・グラスヴァル男爵家の出身ということも大きかっただろう。


 噂の若者を一目見てやろうという野次馬根性もさることながら、彼のことを今後、共に手を取り合って王国を守っていく仲間と見なすか、ライバルや政敵と見なすのかを見極めようという意図もあるに違いなかった。


 剣一本だけではどうにもならぬ魑魅魍魎が、この参列者の中には含まれている──。


 いまのセドリックにとっては、彼らはグレンデルなどよりも遙かに厄介な相手である。その伏魔殿に、これから自分は足を踏み入れていく。


 そう考えた途端、掌に汗がにじむのをセドリックは感じた。


 母も祖父も、剣の技は教えてくれたが、宮中の身の振り方まではあまり教えてくれなかった。母にはまったくその経験がないし、武人肌の祖父も、この辺りははっきりと苦手分野だ。


 ──宮廷勤めの経験がある者に、もう少し話を聞いてくるべきであったかもしれない。


 チラリとそう後悔しながらも、セドリックは精一杯に胸を張って居並ぶ騎士貴族の間に進み出た。


 ここで臆しては、かえって相手の思うつぼだ。


 いまはただ、自身の中にある騎士道を信じ、堂々と進んでいくより他はない。


 そう考えて前を向いたセドリックは、そこでふと列席者の前方で、珍しくしゃちほこばって座っているユージンの姿に気づいた。やはり緊張した顔でこちらを見ていた彼の顎が、セドリックに頷きかけるように動く。


 思わず、セドリックの顔に微笑が浮かんだ。


 ユージンも口の端を曲げ、小さく笑うような表情を見せてくる。


 目だけでユージンに頷き返し、セドリックは大股で歩きはじめた。


 このときのセドリックの微笑が、列席していた騎士や貴族に与えた影響は大きかった。


 荘厳にして異例の規模の式の際にも、笑みを浮かべられる余裕。


 セドリックの名声がまぐれや誇張などではなく、この若者ならばそれぐらいはこなすだろう、と。今後、安心して王国を守る役を任せられる者だという印象を、この時の微笑は見る者に与えていた。


 セドリック自身も、ユージンとの短いやりとりで落ち着きを取り戻すことができた。


 広間の奥で彼を待つ王の方を真っ直ぐに見据えながら、その周りにいる者たちの様子も冷静に確かめることができるようになる。


 その彼の意識が、王の隣に座る巨漢の男の方に向けられた。


 扉をくぐった直後は、緊張からその存在をまったく意識していなかったが、今ははっきりとその顔を観察することができる。


(間違いない……)


 表情を崩さずに、セドリックは考えた。


 そこは確か、王の嫡子であるダーズリー王子が座っているはずの場所である。


 将来のこの国の王。


 セドリックの、未来の主君だ。


(そこに、なぜこの男が座っているのだ……)


 王族に謁見するのは初めてのはずのセドリックだが、この王子の顔だけは以前に見たことがある。


 それは、”イーヴァン・ホー”の記憶ではなく、”セドリック”としての記憶だ。


 黒い森に入る前、街道でエルマたちを襲っていた野盗の首領らしき巨漢の男──。


 いま、ダーズリー王子の席に座っているのは、間違いなくその男であった。


 肘掛けに片腕を置いて頬杖をつきながら、ダーズリーは冷ややかな視線をセドリックに向けている。口元にかすかな笑みを浮かべてはいるが、それは獲物を前にした野獣の笑みであるように思えた。


 王子を守るように左右に控える近衛騎士の中には、森の中で戦ったジェラルドの姿もある。彼が言っていた”主君”とは、ダーズリー王子殿下のことであったのだ。


「グラスヴァルのセドリック──」


 王の前に跪いたセドリックに、国王・オズワルド三世が立ち上がって口を開いた。


「黒い森より聖騎士の盾を持ち帰り、民を苦しめた魔物・グレンデルを討ち倒した貴殿の功績、まことに見事である──」


 彼を賞賛し、その武勇を見込んで騎士叙勲を授けると宣言した国王の言葉が、セドリックの耳を素通りしていく。


 叙勲の儀式として王が持つ剣に肩を叩かれている間も、セドリックは奥歯を噛みしめる思いで、王の隣の席に座るダーズリーの方に注意を向け続けていた。

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