やめろ先輩!それヒュドラっすよ!?──暁の幻影団、沈黙(8)
ライラは魔力を込め、
炎魔術の詠唱に入りかけた。
「ファイアー…」
――そこで、事件発生。
「鑑定のスクロールだあああ!!」
「その紙!貸してっす!!」
私と先輩、同時にダッシュ。
ライラの手元に突撃するように飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと待って!?
いま詠唱中――きゃっ!?」
「先輩、左から!」
「了解っ!」
「ちょ、やめてってばああああ!!」
ライラは慌てて両手を引っ込め、
抵抗するけど――無駄っす。
そのスキをついて、
私はスクロールにかぶりつく勢いで覗き込んだ。
「これが……鑑定結果っすか……!」
「ステータスや才能がまる裸だ……!
これぞ異世界!」
ライラは怒りで耳まで真っ赤。
「そんなに珍しがらないでよっ……!」
でも――よく見ると、怒りの奥に、
ほんのちょっとだけ……楽しそうな色も混じってる。
「こ、これは目安だからね!あくまで参考程度に……って――」
言いかけたそのとき。
「見とる場合かァァァ!!!」
――バンッ!!!
カインの怒声が森に炸裂。
スクロールが、彼の怒りの拳で打ち上げられ、
宙を舞い、地面にバサッ。
私と先輩、完全にフリーズ。
「え……」
「お、落ちた……」
「まだ半分も読んでないっすけど……」
恐る恐る視線を上げる。
そこには、顔を真っ赤にしたカイン。
ピキピキと額の血管が浮き、
口元が引きつってる。
「……ふざけてる暇はないだろ……!!」
声、低っ!!
ていうか、めっちゃ怒ってる!!
「全力で逃げるぞ!!」
カインは即座に詠唱を開始。
黒と白の煙が私たちを飲み込んだ。
「インビジブル!」
瞬間、視界がぐにゃりと揺れる。
空気に溶けるような感覚。
体が、スーッと透けていく。
「わ……わわわっ!? えっ、これ、透明化魔術!?」
「後輩ちゃんが……消えたぁぁぁ!!」
……でも、隣を見て、私は絶句した。
「先輩、普通に……丸見えっすよ……」
先輩、胸の前でわたわたと手を振って、
いつものテンションで動きまくってる。
完全に、肉眼で見えてる。
カインも二度見した。
「……なんで君だけ透明になってないんだ……!?
二人同時にかけたはずなのに!!」
「えー……私、対象外……?」
先輩、がっくり。
いや、落ち込んでる場合じゃない。
「もういい!とにかく走れ!」
カインの怒鳴りが、森に響いた。
前方を見ると、レオが両手をぶんぶん振っている。
「お前ら!こっちだ!!急げ!!」
私と先輩は顔を見合わせ、反射的にダッシュ。
振り返ると、あのヒュドラがこちらを睨んでいた。
……さっきの騒ぎで完全にロックオンされた。たぶん。
ライラは即座に反応する。
攻撃に転じるべきか迷い、しかし――
陽光にきらめく緑の鱗を見ると、
嫌な予感が背中を走った。
あれは……魔術反射鱗。
「……直撃はまずいわね」
ライラは即座に判断し、咄嗟に唱える。
「ファイアーウォール!!」
大地がびきびきと震え、
真紅の炎が地面から噴き上がった。
ゴウッ――!
まるで生き物のようにうねりながら、
巨大な炎の壁がヒュドラの前にそびえ立つ。
灼熱。轟音。押し寄せる熱風。
空気が焼け、光が暴れ、
森の色が一瞬で変わる。
その向こう、炎越しに見える巨大な影。
ヒュドラはその場で、じり、と足を止めた。
「エリス!!予定通り」
ライラの指示に、エリスがすかさず応じる。
「フロストヴェイル!」
杖の先から、冷気を帯びた霧が解き放たれる。
冷たい銀色の霧が、炎へと一直線に駆けた。
「さぁ、みんな逃げるわよ!」
――バシュッ!!
氷と炎がぶつかり、
爆発的に水蒸気が巻き上がる。
ゴォォッ――!
耳を打つ炸裂音。
音も光も、
すべてを吸い込む濃霧が私たちを呑み込む。
「うわっ……な、なにこれ……!?」
「煙幕っす! 完全に視界ゼロっす!」
息をするたび、肺の奥に湿った冷気が流れ込む。
そのとき、霧の中から低く、抑えた声が聞こえた。
「視界遮断、完了!」
低く、抑えた声でカインが呟く。
その響きに、どこか“手慣れた仕事”の色が混じっていた。
この煙幕。
どうやら、彼らにとっては逃走戦術のひとつらしい。
「フロストヴェイルの効果が持つ間に、
一気に距離を取って!」
エリスの声が霧の中で響く。
ライラは続けて叫ぶ。
「カイン、隠蔽魔術!」
「――インビシブル!」
短い詠唱。二人の体がふっとかき消えるように消失する。
「全員、走れ!!」
カインの号令が白煙に響き渡る。
その声を追いかけるように――
背後の空気が、不穏に唸り始めた。
「ギシャァァァァアアア!!」
地を割るようなヒュドラの咆哮。
空気がビリビリと震え、
皮膚が裂けるかと思うほどの圧力。
耳じゃない。鼓膜じゃない。
心臓に、直接響く。
「声のするほうに来い!!」
誰がどこにいるのかもわからない。
でも、そこだけは――確かだった。
私は、足元さえ見えないまま――
とにかく、声のする方へと、駆け出した。
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著者:七時ねるる@7時間は眠りたい