表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/100

やめろ先輩!それヒュドラっすよ!?──暁の幻影団、沈黙(6)

私はふと、胸の奥にひっかかっていた疑問を口にした。


「……そんなすごい冒険者が、

 なんで森の中にいるんすか?」


――空気が、凍りついた。


カインたちの顔が、一斉に強張る。


さっきまでの和やかなムードが、

嘘みたいに色を失っていく。


……あっ。これ、完全に地雷っす。


カインは、ゆっくりと息を吐いて答えた。


「……俺たちは、“オリハルコンの箱”を護送してたんだ」


意外なほどあっさり教えてくれた。


もっとこう……国家機密とか、古代兵器とか、

そういう派手な展開を想像してた私としては、

ちょっとだけ肩透かしを食らった気分だ。


「けど、謎の集団に襲われてな。

 逃げ込んだ先が、

 この魔境――エルムルケンの森ってわけだ」


そこで、カインの声が止まった。

顔から色が抜ける。


目の奥が、遠いどこかを見ていた。

……記憶の底に沈めたはずの光景が、

無理やり引きずり出されてるような、そんな顔。


隣のライラが、はっとして視線を伏せる。

唇を噛む音が、やけに耳についた。


他の仲間たちも……誰ひとり、口を開かない。

場に、重たい沈黙だけが落ちる。


そして。


ようやく絞り出すように、カインが言った。


「……昨夜、俺たちは……

 森の奥で……モンスターに出くわした」


喉の奥で、短く息が詰まる音がした。

それでも、なんとか振り絞るように続ける。


「……森の闇の中で……見えたんだ。

 十四の、光る眼が」


握りしめた拳が、震えている。

カインはかすかに首を垂れた。


「気づいたときには、

 リアの悲鳴が聞こえて……

 振り返ったら、もう……姿がなかった」


小さく、浅い呼吸が続く。

言葉が、途切れ途切れになる。


「……箱も、一緒に消えてた」


仲間の安否もわからず、任務品まで紛失。


リーダー失格――

そんな言葉を、

誰よりも本人が痛感しているのがわかった。


……誰も、顔を上げようとしなかった。


けれど。


その沈黙を、ライラが破った。


「私たちは彼女の捜索と、

 箱の回収のために戻ってきたの。

 この辺りで……見かけなかった?」


私は即座に首を横に振る。


「私たちは見てないっす。ね、先輩!」


横を見ると――


……あれ?


汗ダラダラ、目が泳ぐ。

挙動不審モード、全開だった。


私はそっと距離を詰め、

ひそひそ声で尋ねる。


「先輩……もしかして、箱のありか……知って……?」

「ぷ、プルル!? 知らないよ!?

 全然知らないからねっ!!」


バタバタと手を振り回し、

声も裏返りまくり。


「そ、それより!

 昨日の夜に出たモンスターって……どんなヤツだったの!?」


カインたちに向き直り、

やたら元気に、声も高めに。

……雑。誤魔化し方が雑すぎる。


「……月明かりで見えた。あいつは――」


カインは言葉を探すように、

一瞬だけ黙り――それから、低く呟いた。


「おそらく、毒液を吐く巨大蛇。

 ギルド記録に載ってる……エルムルケンのヒュドラだ」


その名前を耳にした途端、

胸の奥がヒュッと冷たくなった気がした。


「せ、先輩! やばいっす!

 ギリシャ神話でヘラクレスが戦った化け物っすよ!」

「知ってる知ってる!

 ヤマタノオロチの親戚みたいなやつだよね!」


「いや、全然違うっすけど!!」


そのとき、カインが低く呟いた。


「しかも……通常のサイズの倍はある。

 ……変異個体だ」


その言葉に、場の空気が一気に凍りついた。


だが――

その緊張感すら吹き飛ばすほどの、

強烈な衝撃が、襲いかかってきた。


「ギシャアアアアアア!!!」


空気が振動する。


耳をつんざく咆哮。

地面がビリビリと震え、

足元の小石が跳ねた。


――モモナップルの木がある北側の方角だ。


「今の鳴き声、本能が『逃げろ』って全力で叫んでるっす!」


一斉に視線が向く。


そこから、まるで地割れでも起きたかのように、

木々がなぎ倒されていく。


「……嘘だろ」


カインの声がかすれる。

顔を引きつらせて少しずつ後退していく。


その目には、焦りとも絶望ともつかない、

奇妙な色がにじんでいた。


「全員、下がれ!」


私たちは焚火を残したまま、

炎の輪の外――木々の陰へと、慎重に足を運ぶ。


私たちは焚火から離れた場所に移動する。


ぬるり。


木々の隙間から、一本の首が現れた。


太い。

普通の大蛇でも丸呑みできそうなその太さが、

一本だけでも常軌を逸しているというのに。


……首は、次々と姿を見せていく。


翡翠の鱗は、まるで濡れた宝石のように艶めき、

深緑から黒へのグラデーションが、

体のうねりに合わせて滑るように変化していく。


「ギィ……ギィ……」


鋼の歯が、ぎりりと擦れ合った。

うねる筋肉が皮膚の下で波打ち、

地面を滑るように前進してくる。


そして――姿を現した全貌。


途方もなく巨大な胴体。

その中心から、七つの首が放射状に伸びていた。


……そして、後方へと伸びる尾。

その先端が、地をなぞるように静かに揺れている。


ローブに張り付くプルルも震えていた。


「ププー(あいつ勝てる気しない)」


プルルはさらにローブの奥へ、

ずぶずぶと潜っていく。


最終的には、

背中の生地が小さくポコッと膨らんだまま、

完全に沈黙。


……完全に、現実逃避モードだった。


「ちょっ……引きこもってる場合じゃないっす」


言ったものの――

私の喉も、ひゅっと音が止まる。


ヒュドラが迫ってきている。


体の奥で、どくん、と何かが跳ねた。

鼓膜の奥で、じわりと耳鳴りが広がる。

心臓の鼓動だけが、やけにうるさく聞こえた。


汗が首筋をつたって流れ落ちる。

喉が渇く。

足がすくむ。


頭では「逃げろ」と叫んでいるのに、

体が石みたいに固まっていた。


誰も声を出せない。

瞬きも……息すら――


「ヤマタノオロチだぁ!!」


先輩のアホみたいな叫びが、

空気をぶち壊した。

私は慌てて突っ込む。


「違うっすよ!!

 頭の数、7本しかないっす!」

「えっ!? じゃあ……ヤマタノオロチマイナスワン!」

「そんな分類ないっす!」


息を吸い込み、

一歩、後ずさる。


「先輩!早く逃げ――」


……その言葉が、喉で止まった。


ヒュドラは、こちらを睨んでいない。


七つの首は――

焚き火の周りに散らばったモモナップルの皮へ向かい、

鼻先を、ひくひく……ひくひく……。


しつこく、匂いを嗅いでいる。


その異様な光景に、

私も、先輩も、暁の幻影団も――

ただ、息を呑んで見ていた。


「……これ、もしかして……」


隣で、先輩がぽつりと呟いた。


「……果物目当て?」


それは――

泣きたくなるほどバカバカしくて、

だけど……妙に説得力のある推測だった。


その数秒後。

ようやくプルルが、

ローブの隙間から透明化しつつ顔だけひょこっと出してきて――


「プーププ(え!?草食?)」

「そっちだけは反応するんすか!」


私は思わず突っ込んだ。

ここまで読んでいただき、

ありがとうございます!


もし少しでも「面白い!」と思っていただけたら、

ブックマークと評価☆×5をポチッと

押していただけると嬉しいです!


著者:七時ねるる@7時間は眠りたい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ