やめろ先輩!それヒュドラっすよ!?──暁の幻影団、沈黙(4)
ほぼ悲鳴だった。
耳を澄ませば、粉の隙間から、
吐息のような音が漏れ聞こえる。
まるで……笑ってるみたいに。
粉の隙間から、ぽっかりと空洞。
目の部分だけ、黒くえぐれた二つの穴が、
じっとこちらを覗いていた。
もう、半泣きどころか、
あと一秒で失神コース。
――そのときだった。
「……おい、カイン」
黒装束の男が、
ぼそっと呟いた。
一瞬、空気がピタリと止まる。
え……今、名前……呼んだ?
まさかの、めっちゃ身内ノリ。
この極限状況で?
え、仲間……?この怪異が……??
混乱でぐちゃぐちゃな思考回路に、
さらに追い打ちがくる。
「お前……姿、見えてんぞ?」
沈黙。
え?
何それ。
どういう意味――?
私が困惑するのと、ほぼ同時だった。
「……え? 見えてんの?」
ぽかんとした声が、
粉まみれの空間から返ってきた。
今、普通に喋ったっすよね?
次の瞬間だった。
「……カイン、なにその片栗粉仕様!!」
「無理無理無理、笑いこらえられないって……!」
「粉怪人、爆☆誕!!」
誰かが吹き出したのを皮切りに、
場の空気が一気に崩壊した。
腹を抱える者、涙を拭う者――みんな、止まらない。
……何これ。
さっきまで、あんなに張り詰めてた空気が、
嘘みたいに一変している。
ついさっきまで……私は、
本気で怖い思いしてたんすけど?
耳を疑うような、
腹の底からの大爆笑。
涙流して転げ回る人までいる。
「なんで笑ってんすか!
この透明のやつ、何なんすか!?」
「……まさか見破られるとはな。」
ぽかんと立ち尽くす、“粉まみれの男”。
――カインが、ようやく状況を把握したらしい。
そして、小さく肩を震わせ――
勢いよくローブをバサァッと脱ぎ捨てた。
バチッ!!
激しい静電気が空気を裂き、
まとわりついていた粉が、
一気に全身に張りつく。
一拍遅れて、まとっていた“気配隠しの魔力”が――
ふっと、霞みのように消えた。
黒一色だったはずのコートが、いまや真っ白。
……もう、完全に「粉まみれの怪人」だ。
「……最悪だ……俺のブラックコートが……」
かすれた声でつぶやくその背中が、
やけに哀愁を漂わせている。
「カイン、さすがにそれはダサいわ……!」
「え、なんで見えてるの?俺、透明だったよね?」
「なんだ……化け物じゃなくて……よかった……っす……」
胸の奥に張りついていた緊張が、ふっと溶けた。
肩から力が抜けて、
足の震えも少しだけおさまっていく。
呼吸が荒いままなのに、不思議と涙が出そうになった。
……怖かった。ほんとに。
でも――
いま、目の前にいるのは、ただの「粉まみれの男」。
透明な怪異でも、森の魔物でもない。
「……もう……びっくりさせないでほしいっす……」
気づけば、泣き笑いみたいな声で、
私はカインに詰め寄っていた。
「ごめんごめん、最初お前ら魔族かと……つい職業病で」
「いやほんと……
人生で一番、寿命縮んだっす……!」
やれやれ、みたいに肩をすくめるその態度は――
“飄々系お兄さんリーダー”。
そういうタイプだった。
「隠密で近づくとか!!
その時点でアウトオブアウトっす!!」
カインは頭をかきながら、苦笑い。
ぺこっと軽く頭を下げる。
「了解了解」
どこか人懐っこいその笑顔。
けれどその目だけは、ずっと――
まるでハンターが獲物を観察するみたいに、
私たちを鋭く見据えている。
肌に刺さる、獣の目。
「――狩る側の目だ」
本能がそう囁いていた。
私はそれが地味に怖くて、
咄嗟に片栗粉の袋をぎゅっと握りしめた。
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著者:七時ねるる@7時間は眠りたい