先輩はスライムを飼いたいそうっす(8)
鳥リスの襲撃は、
禁断の果実「モモナップル」に手を伸ばしたのが原因だった。
疲労困憊。
スタミナは完全に底を突き、
立つこともできない私は、
近くの岩の上にどかっと座り込む。
「少し、休むっす……」
そこへ、両手いっぱいに果実を抱えた先輩が駆け寄ってきた。
「後輩ちゃんとプルルが一緒にいる!」
「……私がリスに襲われてるとき、
果物集めてたんすね?」
「お詫びにモモナップル!」
「ありがたくいただくっす……エネルギー補給っす」
甘くみずみずしい果実に癒やされながら、
私はプルルにもひとつ渡す。
「プルルもどうぞっす」
するとプルルは手のような形に体を変え、
ちゅるんと吸い込んだ。
「……もしかして、人間のマネしてるっすかね?」
「かわいい~!」
そこへニャンタも果実を受け取ると、
なぜか真顔で言い出した。
「なあ、もしこれ、猛毒だったらどうする?」
「……そう言われると、甘すぎて毒に感じるっす」
冗談のような会話をしながら、
ニャンタが落ちていた枝で黒い実に近づく。
一閃し、毒々しい塊がポトリと落ちると枝で串刺しにした。
「これがモモナップルの本当の姿だ。
さっき、お前の浄化の波動で見えてたんだろう?」
「……ってことは、私、覚醒してたっす!?」
「よかったな、今後も命がけだ」
そこへ先輩が目を輝かせて叫ぶ。
「つまり!後輩ちゃんがいればモモナップル食べ放題ってことだね!!」
言うが早いか、砂煙を巻き上げて猛ダッシュ。
数分後。
「後輩ちゃーん!ただいまーっ!」
――その声とともに、
森の奥から颯爽と現れた先輩を見て、私は絶句した。
「向こうに生えてた実、ぜーんぶ取ってきたよ!」
両手には、槍のような枝が六本。
そこに黒モモナップルがズラリと串刺し。
しかも、そこから――
ドロッ……と黒色の液体が滴り落ちている。
「どんだけ取ってきてんすかぁ!?
っていうか、それ毒液ダダ漏れっすよ!?」
ぽた、ぽた……。
地面に落ちるたびに、
草がジリジリと焦げて煙をあげる。
さらに――
先輩はクルッと回って、得意げに背中を見せた。
そこには、植物のツルでぐるぐる巻きにされた鳥リスが、
六匹ぶら下がっていた。
「気にぶつかってお亡くなりになったみたい
焼いて食べよっ!」
「いや、モンスターっすよ!?」
「でも、お肉があれば栄養バランスも取れるし……」
するとニャンタが、ニヤリと笑って魔道具を差し出す。
「俺のファイヤーロッド、
錆びないナイフ《エターナル・シャープ》、
永遠に水が湧く《無限水筒》だ」
次々と、私の手のひらに魔道具が乗せられていく。
「え、こんな一気に!?
なんか急に支給品ラッシュきたっす!」
私は、改めてそれらをじっと見つめた。
……ありがたいはずなのに、
名前がアレすぎて微妙に信用できない。
試しに水筒のフタをひねると――
「ゴボゴボッ……」
冷たい湧き水が、音を立ててあふれ出してきた。
「おお、これはマジで使えるっす!」
テンションが一気に上がる。
だがその矢先――
すぐ隣から、ちょっと拗ねた声が飛んできた。
「ニャンタ、私には何もくれないの!?」
「ったく……しょうがねぇな。
クルミにもこれをやろう。マジックバッグだ。」
小さな肩掛けバッグが二つ、
ポンッと投げられる。
「もしかして、物いっぱい入るやつっすか!?」
「その通り。どんだけ食材詰め込もうが、
重量は変わらん優れモノだぞ」
「わーい! バッグもらったー!」
先輩は満面の笑みで、
マジックバッグをぎゅっと抱きしめると――
さっそく、モモナップルを串から引き抜きはじめた。
「ずぼっ」「ずぼぼっ」
変な音を立てながら、
実をどんどんバッグに詰め込んでいく。
その様子を見て、
私はそっと肩を落とした。
「……よし、準備も整ったし――血抜き開始っす!」
私はナイフを手に、意気込んで言った。
「え、血抜きって何?そのまま焼いたらダメなの?」
「お肉が美味しくなるんすよ」
興味津々の先輩のため、
私は血抜き講座をスタートすることにした。
「まず、喉元を切って血を流すっす」
「なるほど、頸動脈をぶった切る!」
「元気よく言わないでほしいっす……」
その後も、逆さ吊り、
内臓取り出しと工程を進めるたびに、
先輩の「ふむふむ」が止まらない。
私は丁寧に血抜きを進めていった。
「後輩ちゃん、なんか……職人みたいだよ」
「そ、そうっすか……?」
先輩の感心ぶりにちょっと照れつつも、
私はラスト工程として冷たい水で肉を洗い流す。
ふと、手を止めて空を見上げる。
頭上には、さっきまで鳥リスが暴れていたとは思えないほど、
静かで、澄み切った空が広がっていた。
風が、焚き火用に集めた木の葉をやさしく揺らしている。
火にかける肉を並べながら、
私はふと、胸の奥にぽつりと灯るものを感じた。
――なんだろう。今だけは、ちょっとだけ“楽しい”って思える。
こんなふうに、みんなで笑って、料理して。
……できることなら、
この時間が、もっと続けばいいのに。
プルルはローブから顔を出し、
まるで同じ空を見上げているように静かに震えていた。
「よし、血抜き完了っす!
あとは焼くだけっすよ」
私はファイヤーロッドを手に取った。
妙にスイッチ付きのその杖は、
見た目も中身も“怪しさ”満点。
「押すなって言われても……
こういうの、押したくなるのが人情っすよね?」
――カチッ。
ボオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
轟音とともに、
ドラゴンの如き業火が噴き出した。
「火力ッ!強すぎるっすぅぅ!!」
焚き火どころか周囲の葉まで燃えかねない勢いで炎が噴出。
ようやく止まったときには、
立派なバーベキュー会場が完成していた。
「……と、とりあえず焼くっす。いっちょ焼いてみるっす!」
見事に燃え上がる焚き火を前に、
私はそっと串を手に取った。
こうして始まった、
鳥リス焼き肉パーティ。
「塩ないけど、
モモナップルの果汁が良い仕事してるっす」
「果汁の酸味が脂を中和して……後輩ちゃん天才!」
プルルも美味しそうに食べ、ニャンタは言う。
「肉がうまく焼けてるの見たら、
リスたちも移住考えるだろうな」
「それ移住って言わないっす」
みんなの笑い声が森に響く。
「……なんか、悪くないっすね」
「ねー、キャンプみたいで楽しいよね!」
食後、私は木の枝で肉をくるくる回しながら、
保存用の鳥リス肉をじっくり焼いていた。
「でもさっきから、
妙な視線を感じる気がするっす」
「気のせいだよきっと」
耳を澄ましても、
焚き火のパチパチという音だけが、
森に優しく響いているだけだ。
そんな中、ニャンタがぽつりと呟いた。
「そういやお前ら……
ステータスって、叫んでみたか?」
「いや、それゲームだけじゃ……」
思わず返そうとしたけれど、
ニャンタは急に真顔になって言った。
「いいから、ポーズ付きで魂込めろ。
世界が答えるかもしれん」
なんでそんな真剣なんすか……。
とは思いつつも、
空気に押されて私は立ち上がる。
胸を張り、足を広げ、拳を天に突き上げ――
「ステータス!!」
……沈黙。
焚き火は元気に燃えているけれど、
私の心はすこしだけ燃え尽きた。
「後輩ちゃん!私もやる!
合わせてダブルステータスだよ!」
「なんすかその戦隊みたいなノリ」
「せーのっ」
「「ステータス!!」」
私たちは意味もなく息を合わせ、
しかもバカみたいなポーズで叫び続けた。
それはもう、全力で。
「ステータスったらステータス~♪」
「フリつけるのやめてくださいっす……!」
とどめに、プルルまでテンションが上がってきた。
私の肩でぷにぷにと踊りながら、
リズムに合わせて全身を揺らしている。
焚き火の上では肉が香ばしく焼け、
地面にはモモナップルの食べかす、
そして脱ぎ捨てられた鳥リスの毛皮が、
カーペットのように散乱していた。
どう見ても儀式。
しかも陽気で怪しい、やたら本気のやつ。
「うはははっ、何その動き!腹いてぇ!」
ニャンタがついに堪えきれず笑い出した。
その声に私は我に返る。
「まさか本気にするとは思わなかった。
ステータスなんて、
ゲームじゃあるまいし出るわけねーだろ?」
「それを早く言えぇぇぇっす!!」
顔を真っ赤にしてツッコんだそのとき――
ふっと、森の空気が変わった。
どこかで、枝がバキリと折れる音。
つづけて――
ザッ、ザザッ!
茂みから、誰かが飛び出してくる。
地面を蹴り、こちらに向かって一直線。
私が声を上げる間もなく――
「……貴様ら、一体何をしている?」
ゾクリと背筋が凍る。
振り返ると、
黒装束の三人が、いつの間にか、すぐ後ろに立っていた。
全身を布で覆い、顔すら覆面。
大剣に手をかけた戦士、魔杖を構える魔術師――
どう見ても、物騒な連中。
しかも、こっちをジロリと睨んでいる。
「焚き火の前で踊り狂い……なにかの儀式か?
こいつら……魔族の使いかもしれん」
あああああ――!!
完全に誤解されてるっす!!
「ち、違うっす! これはただのステータスごっこであって、
本当に魔術儀式とかじゃなくて……ああもうダメだコレ!」
ついさっきまでの“ステータス・ダンス”を披露していたせいだ。
よりによって、
あんな儀式じみたノリを見られてしまうとは……。
「一休みしたばかりなんすよ!
なんでトラブルばかり起こるんすかっ!?」
私はその場にただ立ち尽くしていた。
ここまで読んでいただき、
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著者:七時ねるる@7時間は眠りたい