EP0:ワールドエンドラーの継承者
二つの満月が、赤く咲き乱れる花々を淡く照らしていた。
風がサラサラ枝葉を揺らし、
地面に落ちた影が、ゆるく踊っている。
だが、その幻想的な風景を――破る者がいた。
ボロボロの外装をまとった“それ”は、
草をかき分け、もつれる足で必死に前へと進んでいた。
「……しつこい奴だな!」
顔も身体もヒビだらけ、
魔力はスッカラカン。
その名は、《ワールドエンドラー》。
異界を7000ほど滅ぼし、
全次元の七割を灰にしたという、超ド級の化け物。
――かつては、だ。
最後の決戦で、
体の九割を消滅させられた彼は、
今や満足に動くことすらできない。
身を縮め、最低限の魔力だけで命を繋ぐ、哀れな亡骸。
そんな化け物が――今、逃げていた。
「キャキャ! ダーダー!」
追いかけてくるのは――
這うように草原を進んでくる――赤子。
生まれたての裸の幼体。
頭頂に、つぼみのように跳ねた三本の茶色いくせ毛。
手にはなぜかクルミを握りしめ、
はいはいで、しつこく迫ってくる。
「なんなんだよコイツぅぅ!!」
ワールドエンドラーは、
半狂乱で咆哮した。
「次元ゲートを越えて、
ようやく逃げ切ったと思ったのに……!
なんで俺が赤子に追われてんだよぉぉ!!」
一応、反撃しようとする努力は見せた。
崩れかけた外装の奥で、
かろうじて魔力が蠢く。
震える手で黒い魔刃を生み出し――
「――《ブラックブレード》!」
どぉん。
闇の刃が空を裂き、赤子めがけて一直線!
斬れば済む――はずだった。
だが。
「ウー!ウー!」
赤子の頭からぴょんと飛び出た三本毛が、
まるで触手のようにブレードをキャッチ。
「は……? 毛で刃を止めた……!?
何だそれ……!?」
距離があるうちに、
とにかく逃げなければと判断したワールドエンドラーは、
急いで詠唱に入る。
「くそっ……逃げるしかねぇ……!
《界門――ポータルゲート》」
詠唱しかけたところで、
邪魔するように
赤子は“はいはい”のスピードを倍加させる。
「ダダー!」
そして――“むぎゅっ”と、
ワールドエンドラーの顔面を鷲掴みにした。
「……うぐっ!? こ、こいつ、
鼻を……鼻を潰すなぁぁああ!!」
その叫びが終わるより早く、
腕が、脚が――ずしりと沈んだ。
全身から、力がズルズルと抜け落ちていく。
「な、なんだ……? これは……
魔力の増強も……肉体制御も……全部、
“触れた”だけで……消された……だと!?」
魔王級の化け物が、赤子に怯えていた。
そして彼は、最後の手段を選ぶ。
――《継承》。
存在すべてを、他の生命体に“押しつける”異能。
魂、記憶、力、その全てを新たな器に封じ、転生する禁断の術式。
「あと一回しか使えないが、
……こいつでいい。消えるよりマシだ……!」
そう呟いたその瞬間。
空間が歪み、ポータルが開いた。
そこから現れたのは、
猫族のニャンタと黒いローブをまとった魔法使いのウィズ――。
「――間に合えッ! その赤子を、乗っ取らせるな!!」
だが、間に合わない。
黒い霧が、赤子の口から体内に吸い込まれていく――!
「これで……俺の勝ちだッ!」
そう思った、ほんの一瞬。
「な……っ!?
なんでだ……取り込めない……!?
いや、違う……俺の“本体”が……喰われて……るッ!?」
叫びとともに、災厄の存在は消えた。完全に。
「……終わった、のか?」
「いや、あれは――取り込まれたんだ。
この赤子に、ワールドエンドラーの全てが……」
赤子は、
何事もなかったようにクルミをころころ転がしながら、
ニャンタに這い寄る。
「ニャン、ダダ~♪」
そして――そのまま、
ニャンタの背中によじ登り、
髪をぐいっと引っ張った。
さらに、尻尾を掴んでしゃぶり始める。
「おい、毛を食うな。
つーか……握力強すぎるだろ」
傍らには、ぽつんと置かれた古びた揺りかご。
おそらく、捨てられたのだろう。
ニャンタはふと赤子の瞳を見つめ、ぽつりと呟く。
「……育ててみるか、こいつ」
「おいおい、本気かよ!?
もし将来、ワールドエンドラーよりやべぇ奴に成長したらどうすんだよ!」
「その時は、俺が始末する。
……それまでは、試してみようぜ。
このサルが、正義を選ぶか、それとも……」
赤子は、ぺちぺちとニャンタの顔を叩きながら笑った。
「ニャンタッタ! タッタ!」
「名前は……そうだな。
クルミを持ってたし――《クルミ》でいいか」
「安直だねぇ」
そう言ってウィズが開いたポータルの先には――
月夜に静まり返る、現代の住宅街。
表札には「水落」と記されていた。
「ここなら……モンスターの気配もない。安全だろう」
門を勝手に開け、玄関へと進んでいくニャンタ。
だが、その背中を見つめながら、
――ウィズは、呟く。
「……もし、この子が間違った選択をしたら――
世界は、今度こそ終わるわね」
――そして、十二年後。
朝起きると――家が半壊していた。
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著者:七時ねるる@7時間は眠りたい