猿の手 リバース
ああ、頭が痛い。割れそうに痛い。
驚いた事に気がつくと墓場にいた。なんでこんなところにいるのか思い出せない。確か仕事をしていた筈なんだが……
着ているものも制服ではない、見慣れない服だった。いつの間に着替えたのか、そもそもこの服は僕のではない。それなりに立派なのに何故か泥だらけだ。良く見ると両手も泥や土にまみれていた。
さっぱり分からないがとにかく家に帰ろう。
幸い帰り道は分かる。ここは家の墓地だ。子供の頃から両親につれられてお参りに来ていたのだ。
ま、家まではかなり遠いのだけれど、ぼちぼちと歩いていくさ。墓地だけに。
つまらないオヤジギャグが妙にツボにはまって何度か思い出し笑いしながら僕は夜道を歩く。途中、人とすれ違ったが、何故かみんなぎょっとした顔で立ち止まるか、回れ右をして逃げていった。全く失礼な連中ばかりだ。
まあ、泥だらけの格好で夜道を1人で笑いながら歩いてる奴をみたら、みんなそんな反応だろうか……
てなことを考えている内にようやく家についた。玄関を開けようとしたけれど鍵がかかっていた。
鍵、鍵と……あれ? ないや。
ポケットをまさぐったが鍵はどこにもなかった。
困ったなと思いつつドアに耳を押しつけると家の中からボソボソとヒトの声が聞こえた。
なんだ、父さんや母さん、いるじゃないか。
ドンドンドン!
おーい、母さん、ドアを開けてくれないか
ドンドンドンドン
僕だよ。帰ってきたよ。
ドアを力任せに叩いたけれど誰も開けてはくれなかった。
もう一度ドアに耳をつけると、声がした。どうやら母さんの声のようだ。
「あなた、あなた! あの子が、あの子が帰ってきましたよ!!」
続いて父さんの声がした。
「ば、ばかな、願いが叶ったというのか!
いや、まて、開けるのはやめろ!
ああ、神様、私達はなんと罪深い願いをしてしまったんだろう」
父さん……、ちょっとなにを言っているのか良く分からないな。そんなことはどうでもいいからここを開けてほしい。
ドンドン ドンドン ドンドンドンドン
困ったな一向に開かないや。もう一度、ドアに耳を近づけて中の様子を伺ってみた。
「ダメだ、ダメだ。ドアを開けてはダメだ!
そうだ、猿の手よ! 3つ目の願いだ! 息子を共に戻してくれ!!」
うわっ、急に肩を捕まれてずるずるとひきずられていくよ!
どうなっているんだ?!
後ろを見ても何もないのに、ぐいぐいとひきずられていく。凄い力だ。全然抵抗できない。どこへ向かっているんだ? え? 墓地だ、墓地!
なんだあの穴は、真新しい墓石?!
墓に刻まれた名前は……名前は……僕のだ!!
ああ、助けてくれ! 母さん!!
嫌だ、嫌だ、あんな穴になんて入りたくない。助けてくれ! 父さん! 母さん!
嫌だ 嫌だ! 嫌だ!!
助けてくれ―――――
屋敷のリビングで老夫婦がぐったりと項垂れていた。
「ねえ、あなた、本当にこれで良かったのかしら?」と女が言った。
「もちろんだ。死んだ人間を甦えさせるなんてあってはならないのとだ。きっと、ひどいことになるに決まっている」と男は弱々しい声で答えた。
2人の間にあるテーブルにはシワのよった醜い猿の手が一つ、何も語ることなく静かに横たわっていた。
2023/08/24 初稿