3幕 門出
正直言って、何が起こっているのか全く分からない。
足の感覚はすでになくなっている。
自分の人生に波のように襲い掛かる不幸を嘆く余裕もなく、僕は白い息をきらしていた。
でも、僕は立ち止まるわけにはいかない。
母さんと約束したんだ。
逃げ延びた子たちを守るって―
孤児院から脱出した僕は、必死に自由連邦内部へ夜通し走った。
朝日が1日の始まりを告げていた。
だが、僕の足は小さな丘の上で、止まっていた。
目の前で、大軍が行進していたのである、
「これは、一体…」
「自由連邦の正規軍だな。」
驚いて声のするほうを見ると、赤髪の可憐な少女がこっちを向いていた。
フロシアの街にいたあの奴隷だ。
「あなたはこの前の…」
「ああ、はじまして、ではなくひさしぶり、アオイ。わたしはネリス、よろしくな」
「なぜ僕の名前を?」
「母さんから聞かなかったのか、わたしは8年前あの孤児院にいたんだ。あなたは覚えていないかもしれないけど」
「どうやって奴隷から抜け出したの?」
「帝国が街に攻めて、私の主人は死んだ。あのクソ野郎が死んだおかげで、私は解放された。実はこう見えて剣の腕には覚えがあるんだ。帝国軍の将軍にだって引けを取らない自信がある。それから帝国兵を蹴散らしてここまで来たってわけ」
「じゃあ、ネリスは僕の姉になるってことか…」
「そうだな、ところでお母さんは?」
僕は、ネリス姉さんに孤児院のことと母さんとの約束を話す。
「そんな、じゃあもう二度と母さんとは…」
「ごめん、姉さん」
「いいのよ、あなたが謝ることじゃないわ」
「でも…」
「もういいったらいいんだ!アオイ。生き残ったお前を母さんの代わりに守る。ほかの子たちも見つけ出してまた幸せにあの孤児院で暮らす!」
再び戻った外は、想像以上に過酷だった。
何度、あの孤児院に戻りたいと思ったことか、
正直、僕は、もう二度と母さんのように頼れる人と出会えないと思っていた。
だが、現実は塞翁が馬。
こんなにも早く。孤児院の生き残りである姉さんに出会えた。
僕ははじめて、目に涙を浮かべて運命の悪戯に感謝し、おもわず姉さんにだきつく。
「ありがとう」
「しかし、ものすごい大軍だな、これは。大方、フロシアの街を奪還にいくんだろう。まあ、これでしばらくは帝国軍の侵攻も止まる。で、アオイ、この後はどうする?州都にでも行って仕事を探すか?」
「州都?どこにあるのか分からない」
「大丈夫、わたしは奴隷の時何度か行ったことある。道案内は任せろ」
◇
へレス少尉は帝国軍の強襲後、前線都市フロシアの街から市民を護衛して撤退し、ガウェン将軍が率いる前線都市フロシアへの援軍に参加していた。
「ガウェン大将軍、敵軍は、フロシアに籠城するのではなく城から打って出るようです」
初老の参謀が報告する。
「妙だな、この場合籠城して前線に圧力をかけつつ、帝国からの後続軍を待つのが定石だが。指揮官が無能なのか、或いは…」
「どうなされます?」
「魔導偵察隊をだせ。敵の情勢を把握する。」
「了解です」
ー魔導偵察隊ー
その名の通り魔導士で構成された偵察隊である。魔導士とは、この世界の中で魔法を行使できる数少ない存在で、どの国でも重宝される。ゆえに魔導偵察隊は、軍の中でも大変貴重な存在で、五雄剣の軍のみに従軍する。
「中央の第2大隊を中心に方陣を敷く。敵の攻撃に備えろ、後方に第3中隊を配備せよ」
「後方ですか?」
「ああ、敵がこの大軍を破るには奇襲攻撃しかない。奇襲するなら後方を狙うはずだ。故に後方に軍を配備する」
「了解です、閣下。」
「報告です!後方に敵影を発見しました。」
「ガウェン様が想定したとおりになりましたな。で、数は?」
「参謀閣下、それが…」
「はやく言え」
「ガウェン将軍閣下、誤報の可能性が疑われますが申し上げます。敵は少数ですが人ではないようです。」
「人ではないだと?それは、騎馬兵ということか?」
「いえ、魔物です」
「魔物だと!」
参謀が声を荒げていう。
「何か知っているのか。」
「はい、閣下。伝説上の話で、わが国でももう失われつつある話ですが、魔物は約1500年前に地上に現れ、その後突然姿を消したそうです。また150年前にも、地上で蜘蛛のような魔物が目撃されたという逸話もあります。」
「なるほど、そうか…」
「どうなされます?閣下。」
「魔導大隊を後方に配置換えしろ、第3大隊も後方へ回せ」
「承知しました、閣下」
へレス少尉は、魔物の登場に不安を抱いていた。
だが動じることのない五雄剣ガウェンへの信頼が揺らぐことはなかった。
◇
僕とネリス姉さんは、州都オリンピアスへ途中で馬を借り。馬で走っていた。
「アオイ、日が傾いてきたな。今日はここまでにするか。」
「そうだね、姉さん」
僕たちは、自由連邦内部にある中央都市フロンティスで一晩過ごすことになった。
フロンティス内の大きめの旅館を選んで入ると、受付には老婆が座っていた。
「何名様ですか?」
「こいつと私で二人だ」
「どこの部屋にしましょう」
「この少し大きい部屋を1つ貸してくれ」
まさか、ど、同部屋?
「一つでいいんですか?」
僕の方をジーーっと見てくる老婆の視線が痛い。
「姉さん一応別のへ
「ああ、こいつとは家族みたいな仲だからな」
僕の言葉を無視して姉さんがそう答える。
「承知いたしました。」
「って姉さんー-!」
姉さんから、帝国や自由連邦の英雄の逸話を聞いたり、明日からのことを話したりしながら僕は眠りにつく。
こうして僕の激動の1日は、幕を閉じた。